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国産メーカーはなぜMotoGPで低迷しているのか?後編
後編ではヤマハとホンダ、各社固有の問題について考察していきたいと思います。ホンダについては特にマルク・マルケスに批判的な内容となっております。ファンの方は気分を害されるかもしれませんのでご承知おきください。
ヤマハ固有の問題・多勢に無勢
サテライトチームの不在
ヤマハが現在劣勢を強いられている原因の一つとして、サテライトチームの不在が大きいのではないでしょうか。ヤマハのサテライトチームは長年テック3が担ってきましたが、テック3は2018年限りでヤマハとの契約を終了し参戦車両をKTMに変更してしまいます。代わってセパンレーシングがヤマハのサテライトチームになり、2020年にはワークスチームを上回る成績を収めますが、2021年限りでメインスポンサーのペトロナスが撤退、2022年にはRNFレーシングとして参戦を継続するも2023年から参戦車両をアプリリアに変更してしまいました。これによりヤマハは2023年と2024年をワークスチームの2台のみで戦わなければならなくなりました。サテライトチームが無いのは現在MotoGPに参戦する5社中ただ1社だけで、ヤマハのGP参戦の歴史の中でも極めて特殊な状況だと言えるでしょう。
現在のMotoGPは国産勢が低迷しているのと同時に、ドゥカティの一人勝ち状態だとも言えます。このドゥカティの一人勝ちには1社で4チーム8台という他社の2倍以上の参戦台数が寄与していることは想像に難くありません。8台の車両からもたらされる走行データはセッティングを進める上でも車両開発の上でも大いに役立っているでしょう。それに対し、わずか2台の車両を走らせているヤマハは極めて不利な状態です。
ただ、このサテライトチーム不在も今年が最後で、これまでドゥカティのサテライトチームだったプラマックが2025年からヤマハのサテライトチームになることが発表されています。逆に、ドゥカティはプラマックが陣営から抜けたことで3チーム6台体制に縮小されます。これはヤマハにとっては間違いなくプラスに、ドゥカティには多少なりともマイナスに作用するでしょう。
直列4気筒は不利なのか
ヤマハが勝てないのはエンジンがグリッド上ただ1社のみ採用している直列4気筒(直4)だからではないかという声があります。過去にもV型4気筒(以下V4)と直4、どちらが優れているのかという議論は度々起こっていましたが、ヤマハが不振に陥るとエンジンが直4だから良くない、V4にするべきだという声ばかりが上がり、一方、ホンダやドゥカティが成績不振でも直4にすべきだという声が上がることはありませんでした。少なくとも私はそのような記事は見たことがありません。これは、ヤマハ以外に直4エンジンを採用するメーカーが少なく、いたとしてもタイトルを狙うには戦力不足だったためでもあるでしょう。
過去のチャンピオンマシンを見ても、必ずしもV4だから有利という印象はありません。2002年のMotoGP元年から2023年までの22年間では、V5が3回、直4が9回、V4が10回とそこまで圧倒的とは言えず、参戦車両の割合から見ればむしろ互角以上だと言えるのではないでしょうか。エンジン形式よりもむしろ、ライダーの能力によって左右されることの方が多いようにも思えます。言い換えれば、ライダーの能力次第で覆せる程度の差しかないということになります。
直4とV4にはどのような差があるのでしょうか?一般論として、出力についてはV4が有利だと言われています。これは、V4の方が構造上メカニカルロスが少ないためです。特にV4の方がクランクシャフトの軸受が3箇所と直4の5箇所より2箇所少ない分軸受の摩擦による損失が少ないのでその分出力は大きくなります。カムシャフトの駆動系についてはV4は前後バンク2組になるので1組で済む直4より損失が大きい部分もあるのですが、クランクシャフト軸受の損失の方がそれ以上に大きいので全体のメカニカルロスはV4の方が少ないのです。もう一つ、直4が出力で不利な点としてはバランスシャフトの存在があります。これまで直4エンジンでMotoGPに参戦してきたヤマハ、カワサキ、スズキは皆、最終的には90度位相のクロスプレーンクランクシャフトを採用しています。これは、一般的な180度位相のフラットプレーンクランクシャフトでは、高回転になればなるほど燃焼トルクよりもアクセル開度に関係なく生じる慣性トルクの方が遥かに大きくなり、エンジンがどれだけのパワーを発生しているのか、ライダーが認識できず思うようにスロットルを開けられなくなってしまうためです。WSBKではヤマハ以外のメーカーは採用していないのでスーパーバイクの回転数ではそこまで問題にはならないようですが、19,000rpmに達すると言われるMotoGPではクロスプレーンでなければ使い物にならないのかもしれません。クロスプレーンクランクシャフトはいわゆる味噌擂り運動の振動を起こすため、これを打ち消すためのバランスシャフトが必須です。このバランスシャフトを回すためにも出力の一部が消費されてしまうので、最終的な出力はさらに少なくなってしまいます。一方、V4はシリンダーのバンク角が90度ならバランサーは不要です。現在V4を採用しているドゥカティ、KTM、アプリリア、ホンダの4社は全て90度V4エンジンです。これはバランサーによる損失を避けるためでしょう。純粋に出力の面だけを見れば、V型を選択しない理由はありません。
出力では不利とはいえ、車両全体で見れば直4にも大きな利点があります。前後長が短いため車体のレイアウトがしやすく、前後方向のマスの集中が図りやすいのは直4最大の利点だと言えるでしょう。また、これによってV型よりもホイールベースを短縮しやすく、前輪荷重を高めやすいため、コーナリングでは有利だと言われています。直線だけのドラッグレースならともかく、クローズドサーキットで1周のタイムを競うMotoGPは最高速を高めるよりもより速くコーナーを走れるようにした方が遥かに効率的です。なので、多少最高速は劣ってもコーナーでより速く走れる直4車両がこれまで互角以上の戦いができていました。
ところが、近年になってこのバランスが崩れてきたようです。ミシュランタイヤがリアタイヤ重視の特性に変わってきたことで前輪荷重の重要性が低下し、直4には不利に働いているのかもしれません。最近のMotoGPマシンのトレンドはミシュランタイヤの特性に合わせてホイールベースを長くする傾向があるのですが、これでは直4の利点が活かせず、エンジンが前後に長くなるというV4のデメリットが問題になりにくくなります。撤退前のスズキが直4でありながらシリンダーを大きく前傾させてあえてエンジンの全長を長くしていたのもミシュランタイヤの特性に合わせた重量バランスを実現するためでした。ミシュランがタイヤサプライヤーでいる間はV型の方が有利なのかもしれません。
最近になってヤマハがV4エンジンへの転向を計画していることが明らかになり、レギュレーションが改訂される2027年より1年早い2026年からV4に切り替えるのではないかと言われています。上記の通り、直4とV4には一長一短があるのですが、直4は現状グリッドにおいて圧倒的な少数派であるため同じヤマハ同士、特に今はサテライトチームが無いのでワークスの2台以外に比較対象が存在せず、開発の方向性が正しいのか判断しにくいという問題もあります。スズキの撤退はヤマハにとっては同じ直4勢が減って比較対象が無くなったことでもあり、開発にはマイナスに働いたと考えられます。構造面の有利不利よりも、こういった問題による不利が今のヤマハにはあまりにも大きいのかもしれません。
V4転向は苦難の道?
直4とV4では形状が全く異なるので車両はエンジンはもちろんフレームも完全な新設計になります。ヤマハはこれまで、なるべく大きな変更を避けて細かい改善を積み重ねる方法で車両を進化させてきました。これにより、前年型のデータを使うことができましたが、V4への転向はこれを完全にリセットしてゼロから全てをスタートさせなければなりません。ヤマハにとって4ストロークV4はあまり実績の無いエンジン形式です。市販車にはV-MAXやベンチャーロイヤルといった採用例もありますが、ロードスポーツモデルでは耐久レーサーのYZR1000等、試作の域を出ていません。このYZR1000も半世紀近くも前の車両なので、ヤマハにとってV4エンジンのGPマシンは未知の領域とも言えます。これまでのノウハウが使えないV4マシンの開発はヤマハにとって苦難の道となるかもしれません。少なくとも、短期的にはこれまで以上に低迷する可能性もあるでしょう。
ホンダ固有の問題・絶対王者の負の遺産
ワークスのエースライダーにあるまじき行為
ホンダの低迷には先に述べてきた事以上に大きく影響したと思われる要因があります。それはマルク・マルケスというライダーの存在です。マルケスは2013年から2019年までの7年間に6回のライダーズタイトルを獲得しており、2019年当時はまさに絶対王者と呼ぶにふさわしい存在でした。個人的にはマルケスのライディングスキルはMotoGP始まって以来、比肩するものは居ないのではないかと思うのですが、反面、開発能力に関しては全く評価していません。信じ難い事ですが、マルケスは自身の意見が開発に反映されるようになった2014年以降、自らのチーム内での地位を保つためにチームメイトが高く評価したパーツを故意に低く評価するということをしています。これは自分だけが勝てれば良く、そのためにはチームメイトやサテライトチームの成績を下げることも厭わないというあまりにも利己的な考えです。レーサーなので少なからず利己的なのはある意味当然なのですが、これはメーカー全体の開発をリードする立場にあるワークスライダーとしてははっきり言って不適格で開発には害悪でしかありません。マルケスがホンダの車両開発が本来進むべきだった道を少なからず誤らせていた可能性は否定できないでしょう。
マルケスは2013年から2019年までの7年間に6回のタイトルを獲得したのでホンダとしてはマルケスを勝たせることを優先するのはわかるのですが、前述の通り、これによってRC213Vはマルケスだけが勝てるマシンへと次第に歪められていくことになります。
マルケス一人に全振りした代償
ホンダの低迷はヤマハよりも早く、2020年から始まっています。これはもちろん、マルケスが開幕戦で転倒、右上腕を骨折、あまりにも無謀な早期復帰を試みるなどして悪化させ、欠場が長引いたことが原因です。そして、マルケス不在の穴を埋めるだけのライダーが居なかったためでもあります。前年マルケスが圧倒的だっただけに落差も大きかったのですが、その後のさらなる低迷は、それまでマルケスがホンダの開発を誤った方向に導いていたためではないかと考えられます。
マルケスが欠場する以前からホンダはマルケス一人に大きく頼っていた状態が続いており、マルケス以外のライダーの成績はあまり芳しいものではありませんでした。ダニ・ペドロサが勝てていた2017年まではまだそうでもなかったのですが、そのペドロサも引退を決めた2018年は表彰台への登壇は皆無でシングルフィニッシュがやっとの状態でした。さらに決定的になったのは引退したペドロサの後任としてマルケスのチームメイトになったホルヘ・ロレンソが大きく低迷したことです。御存知の通りロレンソはMotoGPクラスで3回のタイトルを獲得したライダーなのでその実力は疑う余地がないのですが、そのロレンソが一度のシングルフィニッシュもできずに引退に追い込まれた事が、当時のRC213Vがマルク・マルケス専用に特化した歪な車両になっていたことを表しているのではないでしょうか。
当時のRC213Vはマルケスの極端にフロントタイヤに依存したライディングスタイルに合わせたものでしたが、ミシュランはそれまでのBSタイヤに近い、フロントタイヤに重点を置いていた特性から本来のミシュランの強みであるリアタイヤ重視の特性に向かっていきます。これが大きく進んだのが2020年と言われており、タイヤの特性と車体の特性が合致していなかったと考えられます。マルケスの開幕戦での転倒にもその影響があったのかもしれません。
前代未聞の失敗作
その後、ホンダは2022年に参戦車両をエンジン・車体共に完全新設計の新型を導入しますが、開幕戦こそポル・エスパルガロが3位表彰台に登壇したものの、エスパルガロはそれ以後は鳴かず飛ばずでシングルフィニッシュすらおぼつかない状態でした。マルケスはそこまで酷くはなかったもののシーズン中盤右腕の再手術のため欠場、復帰後ようやく2位表彰台に立ったものの表彰台はこの1回だけで未勝利に終わります。前年2021年にマルケスは3勝しているのでこの2022年型は明らかな失敗作だったと言えるでしょう。
2022年型RC213Vはミシュランタイヤの特性に合わせて前年までのフロントタイヤ依存だった車体から一転、前後の重量バランスを見直しミシュランタイヤの強みであるリアタイヤのグリップを活かす車体を目指したと言われていますが、実際にはリアタイヤのグリップは不足し、それどころかフロントは全く信頼性が無くコーナー進入はまさにおっかなびっくりでまともに攻めることのできない車両となってしまいました。リアタイヤのグリップを高めた代償にフロントのグリップが低下する、あるいはその逆というのはよくある話ですが、前後両方のグリップが低下するというのですから何か構造的な欠陥があるのではないかと疑いたくなります。
ホンダはマルケス在籍時には基本的にマルケス最優先で開発をしてきたので、2022年型も前年までのマルケスから得たフィードバックに基づいて設計されたであろうことは想像に難くありません。このマルケスからもたらされた情報は前述の通り、必ずしも正しい方向に開発を向かわせていたとは言い難いものがあり、ホンダの車体開発が迷走していることに無関係とは思えません。
迷走の先に光明はあるのか
ホンダはその後も車体開発については迷走を続けており、カレックスに製造を委託したりするなどして新しいフレームを作ってもライダーから良好な評価は得られていない状態が続いています。WGP・MotoGPで何十年も活動を続け、多くのタイトルを獲得してきたホンダが車体開発でここまで迷走しているのには何か原因があるはずです。これには恐らく、マルケスが与えてきた車両に対する歪められたインプレッションが少なからず影響しているのではないでしょうか。低迷が続いているWSBK、今年モデルチェンジしたCBR1000RR-Rの車両開発にも影響が無かったとは思えません。
昨年、2023年もマルケスは未勝利に終わり、ホンダとの4年契約を1年残して解除、御存知の通り今年2024年はグレシーニドゥカティに移籍しています。これまでのホンダの開発をマルケスが歪めてきたのであれば、マルケスという勝てるライダーの離脱はホンダにとって短期的にはマイナスでも長期的には確実にプラスに働くでしょう。最近になってホンダもWSBKでは改善がかなり進んでおり、MotoGPでもわずかながらも改善されているようにも見えるのでマルケスの負の遺産も精算されつつあるのかもしれません。来年からは開発拠点を欧州に移すようなので、これで改善が加速することに期待したいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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