Interview vol.3 鳥飼りょうさん(楽士) 「SILENT FILM LIVE」の楽しさは想像以上!
vol.3はサイレント映画ピアニストである楽士の鳥飼りょうさんにお話を伺います。11月に1週間開催する「SILENT FILM LIVE vol.21」の見どころもいち早くご紹介します!
■今年増えた野外上映、NIGHT PICNICでの手応え
―――鳥飼さんは元町映画館をはじめとする関西を拠点に、今や日本全国に活動の場を広げておられ、まさに「旅する楽士」ですね。
鳥飼:ありがたいことに関西以外のお仕事も増えてきました。でも僕自身、東京の仕事を増やしたい気持ちはあまりなくて。サイレント映画の上映って関東と関西に集中してるんですよ。でも「こんなに面白いものを地方で上映しないなんて勿体ない!」と思っていて、少しずつ種を蒔いていたのが、徐々に実ってきた実感があります。
―――この夏は神戸の東遊園地で月に1度開催中のNIGHT PICNICで8月19日に「公園でクラフトビールとシネマ」と題してサイレント映画の伴奏付き上映を行い、元町映画館もそれに先立つトークで参加させていただきました。日ごろ映画館の人はなかなか外でお話する機会がないので、映画館としてもいい企画に参加させていただいて喜んでいるのですが、鳥飼さんも野外上映に手応えを感じているのでは?
鳥飼:野外上映とサイレント映画ってとても相性が良い。外でピアノを弾く機会も増えましたね。今までだと天王寺のてんしば、梅田のうめしば、他には城崎温泉の神社の境内や海岸でも。東遊園地はリニューアルされてイベントがやりやすくなった。野外上映にもピッタリでしたね。
―――23年4月にリニューアルした東遊園地でのNIGHT PICNICは、いわゆるスケジュールや注意喚起のアナウンスをあえてせず、なにげなくはじまり、幅広い年齢層のお客さまに楽しんでいただけ、自由に飲食や映画を楽しめる本当に良いイベントになりましたね。
鳥飼:企画運営のリバーワークス、稲葉滉星さんからお話をいただいたとき、野外上映でよくやる定番作品をご提案すると、「もう少し哀愁のあるものや、ぼーっとしながら見ることができるものが増えてもいいかも」というご意見をいただいたんです。これが非常にありがたくて、確かにビールありのイベントなら大人向けの実験映画やメロドラマを出してもいいなと思い、マン・レイが監督した『サイコロ城の秘密』やD・W・グリフィスの『不変の海』など普段の野外上映ではかけない作品を入れた結果、今までには得られなかったお客さまの反応があった。他にも、短編映画が始まる前にそれぞれ解説を入れるというのはあまりやりたくないという話を稲葉さんがされていたので、上映の始まりを知らせるにはどうしたらいいかと考えた結果、自前のベルを持参し、休憩終わりごとに鳴らして上映スタートの合図がわりにしたんです。今回、大まかなビジョンが見えている方とお仕事ができ、とても良い刺激になりました。ざっくりとでもいいので「こんな感じのものがあれば」と言ってもらえると、こちらも提案しやすいですし、お互いにアイデアを出し合うことでイベントのレベルアップにつながる思うんです。もう一つ、NIGHT PICNICはInstagramをメインに情報発信をされていて、僕自身はX(旧Twitter)をメインにしていたので、新しいお客さまを獲得するにはこういう発信の仕方をすればいいのかと学びになりました。告知に関しては、今回は完全に先方のお力をお借りしました。
―――参加した映画館スタッフとも、続けてやれたらいいねと話していたんです。
鳥飼:映画館は自分の場所を運営する責任があるので、音楽や演劇など他のアート分野と比べるとアウトリーチは弱くなってしまう。でも、劇場を飛び出して上映会をすると、例えば野外だと通りすがりに足を止めて観てくれたり、お子さんと一緒に観てくれる人が結構いることに気づく。自分たちが良いと信じていたもの(映画)が間違いではないと確認できる場にもなりますよね。この辺りに、映画館に来てくれるお客さまを増やすヒントがある気がします。
■初参加のお客さま多数の7月開催「SILENT FILM LIVE vol.20」
―――ぜひ継続していただきたい、希望が見えるイベントでした。ここからは、本題の「SILENT FILM LIVE」のことを伺いたいのですが、まず、7月に開催したvol.20について振り返りましょうか。
鳥飼:初めて「SILENT FILM LIVE」を体験いただいたお客さまが多かったのは嬉しかったですね。番組編成の石田さんのアイデアで、名作かつキャッチーさのある作品をメインとして1本選び、残りの2本で他ジャンルの映画も楽しんでもらえるように作品選定をしたんです。6月末に情報番組「よ~いドン!」の「となりの人間国宝さん」コーナーで取り上げていただいたことも追い風となり、1週間で200人弱と、今までにない動員数になりました。
―――上映作品はアクションコメディの『キートンの大列車追跡』、ジョン・フォードの西部劇『三悪人』、戯曲を映画化したホラー『猫とカナリヤ』の3本でした。
鳥飼:大きな柱となった『キートンの大列車追跡』、初めて伴奏する『三悪人』、そして『猫とカナリヤ』という3本は、ジャンルはバラバラだけどどれも満足度の高い映画。それこそ「よ~いドン!」で知ってお越しいただいたサイレント映画初体験のお客さまが、「とりあえず1本だけ」と思ってたのに、結局3本とも足を運んでくださったのは嬉しかったですね。
■コロナ下のことを忘れる前に上映したかったF・W・ムルナウの『吸血鬼ノスフェラトゥ』
―――vol.21のラインナップも、サイレント映画時代の巨匠や名優の作品が揃いました。
鳥飼:F・W・ムルナウの『吸血鬼ノスフェラトゥ』、エルンスト・ルビッチの『山猫リュシュカ』、グレタ・ガルボ主演の『肉体と悪魔』の3本です。柱となるのは『吸血鬼ノスフェラトゥ』。しばらくアメリカ映画が続いていたので、今回はヨーロッパ映画を中心にセレクトしています。「SILENT FILM LIVE」を2階イベントスペース(現在閉鎖中)で開催していたころに、ムルナウの『サンライズ』(vol.8)、『ファウスト』(vol.11)を上映したので、それ以外のムルナウ作品を上映したいという想いがありました。あと、『吸血鬼ノスフェラトゥ』はコロナ下のことを忘れる前にやっておきたかった。
―――というのは?
鳥飼:これぞ緊急事態宣言!というようなシーンがあるんですよ。ドラキュラ映画なんですが、吸血鬼がペストに感染したネズミと一緒に船で到来する描写があります。強い伝染病が船で感染拡大し、日本にやってきたというのはコロナ初期と被るんですよ。33歳のムルナウが撮った101年前の映画ですが、コロナ前に観るのとコロナ後に観るのとでは、迫ってくる感情がまるで変わるのも面白いところです。
―――『吸血鬼ノスフェラトゥ』はトランシルヴァニアが舞台となっていますが、10月に当館で2週間上映する『ヨーロッパ新世紀』(クリスティアン・ムンジウ監督)もトランシルヴァニアを舞台にしたヒリヒリする群像劇で、時代を超えての繋がりがあるんですよ。
鳥飼:それは知りませんでした!ぜひ観たいですね。『吸血鬼ノスフェラトゥ』以前もムルナウは作品をもちろん撮っているのですが、現存しているフィルムが少なくて、彼の幾つかある代表作の中では初期の作品なんです。ドラキュラのホラー映画なので、ノイズ系ミュージシャンが現代的なサウンドを付ける機会も多い作品ですが、僕自身は骨格がしっかりした上質な古典映画と捉えています。なので、不気味さを醸し出しつつも、作品が本来持っている魅力が浮き立つような伴奏をしたいですね。
■グレタ・ガルボ、ラース・ハンソン、ジョン・ギルバートに注目のメロドラマ『肉体と悪魔』
―――『肉体と悪魔』はハリウッドに招かれたばかりのグレタ・ガルボの魅力全開のメロドラマですね。
鳥飼:『肉体と悪魔』は8月に北海道で無声映画を上映する会「キタ・キネマ」で、そして9月に舞鶴のシネマ・カフェ「シネ・グルージャ」でも伴奏した作品です。同じ作品を近い時期に何回か伴奏すると新たな発見がありますし、それは伴奏にも反映されていきます。自身の楽士としてのスキルアップにもつながりますよね。この作品は、まさに当時のザ・ハリウッド映画。グレタ・ガルボの美しさが際立っています。男女の三角関係だけでなく、ブロマンス的要素も楽しめます。個人的には主演3名のうちのひとり、ラース・ハンソンが大好きなんですよ。
―――ラース・ハンソンの魅力は?
鳥飼:現代的な顔だちをした、線が細い感じの美形俳優です。2階イベントスペースで上映した『真紅の文字』(vol.5)では、主演リリアン・ギッシュの相手役として悩める神父役をしているのですが、同じくリリアンとのタッグで出演の『風』(ヴィクトル・シェストレム監督)では、全く違う男臭い雰囲気を出していて、役によって全く雰囲気を変えてくる。役者としての懐の深さがすごく魅力的なんですよ。でも当時は『肉体と悪魔』でトップにクレジットされているジョン・ギルバートの方が大スターで、人気がありました。ただ声が高かったことからトーキー時代に入ると世間が持つイメージと合わず仕事が激減。サイレント俳優の典型的なパターンをたどっています。サイレントからトーキーへ移り変わる映画業界を描いた『バビロン』(デイミアン・チャゼル監督)で、主演のブラッド・ピットが演じたジャック・コンラッドは、このジョン・ギルバートがモデルになっています。
―――なるほど、ジョン・ギルバートが一番輝いていた作品とも言えますね。
鳥飼:そうですね。でも、そんなジョンやラースを完全に圧倒する存在感を見せるのが、グレタ・ガルボ。彼女が世界的女優になる決定打になった作品です。
■エルンスト・ルビッチの『山猫リュシュカ』は、アメリカコメディとは違う軽妙なタッチに注目
―――エルンスト・ルビッチの『山猫リュシュカ』も、渡米前のドイツ時代の初期作品です。
鳥飼:僕が初めてこの作品を観たのは、愛媛県のミニシアター、シネマルナティックで行われた2019年の松山無声映画上映会(年に1度、秋開催)なんです。僕らのようなサイレント映画専門の楽士ではなく、ギターの大友良英さんやサックスの坂田明さんらが伴奏されていて、一度行ってみようと足を運んだときに上映された作品の一つが『山猫リュシュカ』。メチャクチャ可愛い映画で、その魅力にやられた!ってなりました。ずっといつかやりたいと機会を伺っていたので、今回ようやく紹介できるのが嬉しいです。
―――映画冒頭部分を観て、何が起こるのかとワクワクしました。
鳥飼:僕自身、ルビッチ作品はあまり触れてこなかったので、これからいろいろやれたらと思っています。サイレントのコメディ映画って、アメリカのスラップスティックコメディ(キートン作品に代表されるドタバタ喜劇)をイメージされることが多いので、違うタイプのコメディ映画も紹介したい。ルビッチ含むヨーロッパ系のコメディ映画って松竹新喜劇のような軽妙洒脱さがあるものが多くて、これもまた良いんですよ。
―――1920年代、ヨーロッパの映画人の多くがハリウッドに招聘される流れも、作品を通してみてとれますが、裏返せば、それだけ当時のドイツ映画界が充実していたということですね。
鳥飼:1910年代の映画産業は北欧のデンマークやスウェーデンの方が盛んでした。演劇が充実していて映画へ展開していきやすかったこともあると思います。そんな北欧に影響を受けたのが、地理的に近いドイツ。なので、初期ドイツ映画は演劇の室内劇の要素が濃い。1920年の『カリガリ博士』もセット撮影ですしね。ドイツでは第一次世界大戦の頃に、プロパガンダ映画を制作する目的でUFA社が設立されて、資金が潤沢になります。その後1921年に民営化されて、フリッツ・ラングやムルナウが登場。ドイツ映画の黄金時代がやってくる、という流れです。
■サイレント映画の魅力や幅広さに触れるプログラム、そのバランスも考えて
―――どれも本当に魅力的なラインナップで、vol.20の良い流れを再び期待したいところです。
鳥飼:前回の「SILENT FILM LIVE vol.20」では初めて観に来て、魅力を感じてくださるお客さまが多かったので、そのみなさんに再び来ていただけるよう、今回はよりキャッチーさを意識しました。『肉体と悪魔』は宝塚歌劇的な豪華絢爛がありますし、『吸血鬼ノスフェラトゥ』はスチール写真だけでもゾクゾクするドラキュラ映画。vol.21も続けて来てもらえたら、vol.22は少し挑戦的なプログラムを組むかもしれません。
―――vol.20で初めてサイレント映画に触れたお客さまに、サイレント映画の世界の広さや面白さを訴求するためのスペシャルプログラムですね。
鳥飼:そうですね。でも熱心な映画ファンのことも忘れてないですよ!『山猫リュシュカ』は、関西では2015年にシネ・ヌーヴォで開催された「エルンスト・ルビッチ レトロスペクティブ」以来8年ぶりの上映となるので、この機会にぜひ楽しんでほしい。そのあたりのバランスも考えています。
―――バランスといえば、11月からは第七藝術劇場/シアターセブンでも1週間連続のサイレント映画上映がはじまるそうですが、上映館どうしの作品のバランスも重要です。
鳥飼:実は、十三では今回ムルナウ特集をやるんですよ。元町映画館で『吸血鬼ノスフェラトゥ』を上映した後、11月下旬に第七藝術劇場とシアターセブンで同作以降のムルナウの代表作『最後の人』『ファウスト』『サンライズ』を上映する予定です。劇場間でお客さまが相互行きするキッカケづくりは意識していますね。
―――ありがとうございました。最後にメッセージをお願いします。
鳥飼:生演奏付きのサイレント映画上映って、ミュージカルやオペラをライブで観る感覚に近くて、メチャクチャ面白いんです!「難しそう」「堅苦しそう」というイメージはひとまず置いて、一度お試し感覚で観に来てほしいですね。「SILENT FILM LIVE」は劇場さんと僕とで「面白い!観てほしい!」という映画を厳選し、上映後には毎回トークも行っています。まずは気になった1本を観てもらって、それが良かったら他のジャンルや監督の作品にも手を伸ばしてみてください。ピアノの生音で観る映画体験の楽しさは想像以上だと思います!
(2023年9月4日収録)
<鳥飼りょうさんプロフィール>
1981年、京都府出身。サイレント映画の楽士。ピアノ、打楽器を演奏。
2012年、Planet+1で大森くみこが活動弁士を務めるユニット「深海無声團」の打楽器奏者としてデビュー。その後2015年に、神戸映画資料館でピアノのソロ伴奏デビュー。全ジャンルの映画に即興で伴奏をつけ、これまでに伴奏した作品数は700以上。国内外の映画祭や劇場等での伴奏付き上映に多数出演している。2018年、神戸発掘映画祭でフィルムアルヒーフ・オーストリア(オーストリア国立アーカイブ)が修復した『オーラックの手』デジタル復元最新版のワールド・プレミア上映で伴奏を担当。2021年、ピアノを常設する映画館を巡る全国ツアー「ピアノ×キネマ」を開催。同年より、国立映画アーカイブ主催の「サイレントシネマ・デイズ」にも出演を重ねている。定期上映としては、Planet+1の「映画の樹シリーズ」(2015年~)、元町映画館の「SILENT FILM LIVE」(2018年~)、第七藝術劇場・シアターセブンの「アフター・リュミエール」(2021年~)でそれぞれ伴奏を担当(いずれも現在継続中)。さらに、キネプレと連携した上映イベント「キネピアノ」にも積極的に取り組んでおり、現在最も上映会で演奏する楽士のうちの一人として関西を中心に活動している。無声映画振興会代表。
X(旧Twitter): @ryo_torikai
Instagram:ryo_torikai
Facebook:ryotorikai.music
Text江口由美