一本の電話(インド・シュリナガル4/7)
どこにあるのだろうか。僕が探し求めているモノは。
日本とは違い、インド北部のシュリナガルでは、なかなか見つける事が出来ない。祈るような気持ちで探し続けるうち、僕の心に焦りの色が出始めていた。
初の海外一人旅に旅立つ前、インドに到着したら、連絡する事を両親と約束していた。しかし、シュリナガルは、電話回線が通っていないエリアが多く、携帯電話も役に立たない。入国して1週間以上が過ぎているが、未だに連絡する事が出来ておらず、「ぼったくりツアー」の最中、常にその事が気がかりであった。
このツアーには、僕をニューデリーで騙した旅行会社にはじまり、宿泊しているボートハウスの従業員、ツアーガイド、ツアー先のスタッフ、ドライバー、など、多くのインド人が関係している。しかし、彼らは、別々の土地ごとに住んでいるし、一回も会った事もなく、名前を知らない者同士もいる。この状況だけを考えると、全員が悪者ではない気もしていた。誰か一人くらい、信用出来る人がいるのではないか!
ボートハウスを拠点に、各ツアー先へと向かう時は、必ず車で目的地まで向かう。その際、ドライバーとは二人きりなので、一緒にいる時間が多い。車内でコミュニケーションを取り、仲を深めていくと、次第に彼は、仕事の不満を口にしたり、「身体は大丈夫か?」など、他の関係者からは、聞いた事もない言葉を口にし始めていた。その言葉を聞くうちに、彼の事を信用してみようと決心し、ヒマラヤの山中への宿泊後の車内で、思い切って、国際電話がしたい! と切り出してみると
「おれが、おまえを助けてあげる」
と言い、商店や知人の家など、様々な場所に立ち寄り、国際電話が出来る電話機を一生懸命に探し始めてくれた。これで、ようやく両親との約束を果たす事が出来るかもしれないと、期待に胸も躍り始める。しかし、現実は厳しく、電話機を見つける事は出来なかった。言葉少なになり、落胆の表情を見せる僕に見かねたのか、彼は、このトラブルの確信をつく、情報を密かに教えてくれた。
「ニューデリーの旅行会社は、とても悪い奴らだ」
「でも、この事は秘密にしてくれ。そうでないと、おれが…」
ボートハウスに戻り、部屋で考え事をしていると、「ドンドンッ」と、ドアをノックされた。おそるおそる開けると、目の前に、悪の総本山ニューデリーの旅行会社のボスが立っている。目を見開き驚く僕に、一枚の紙を渡してきた。
「カルカッタ行きのチケットだ」
見かけ騙しの感謝を伝え、チケットを受け取るが、まだ安心は出来ない。無事に脱出が出来るのか、何も確証はない。現に、チケットと引き換えに、またもや高額のお金を要求してきた。しぶしぶ、お金を支払いながら顔を見ると、どこかニヤついている気もする。「腹立つなぁ」と思いつつ、お願いするなら今しかないと考え、祈るような気持ちで聞いてみた。
「日本にいる家族に、国際電話をかけさせてくれないか?」
彼は、僕の目をじっくりと見つめながら、何かを考えるようにゆっくりと、「いいだろう」と言い、認めてくれた。そして、近くの商店へと一緒に向かい、店の主人にお金を渡し、受話器を手に取り、ゆっくりとボタンを一つ一つ押していく。両親に、この1週間をどのように言い訳しようか考えながら、呼び出し音を聞いていると、「ガチャン!」と音がして、通話が始まる瞬間、横から受話器を誰かに奪われた。目を向けると、ボスが受話器を握っている。
「MOSHI MOSHI」
突然、日本語を話し始めた! 状況が理解できない!
ボスは、すぐに受話器を戻してきた。軽いパニック状態の中、電話に出た母親と話をする。事態を整理できず、何を話せば良いのか分からないが、一つの疑念が残る。もしかしたら、彼は日本語を理解できるのかもしれない。余計な事を話しすると、危険だと思い、身の安全だけを伝え、すぐに電話を切る事にした。母親の声は少し泣いている気がした。
おそらく彼は、僕が自宅以外の場所に電話をしていないか、確認をしたのだろう。万が一、インドの警察などに電話をしていたら、そのまま電話を切られ、誰もいない場所で空を見ながら、横になっていたかもしれない。
でも、ようやく念願の電話も出来たし、明日にはこの場所から脱出する事が出来るはずだ。ボスが悪者である事は、もはや間違いない! ここで仕返しをしないで、いつやるのか! 僕の心に、赤い炎がメラメラと燃え始めていた。
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