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2回のカウントダウン(アメリカ・ニューヨーク)

「参加したい気持ちは分かるけど、やめたほうが…」
「なんで?」
「あれは地獄だ! もし行くなら、オムツが必要だね」

オムツという言葉を聞いた瞬間「なぜ?」が、頭の中を巡り続ける。でも、現地に長年住むルームメイトの話を聞いていくうち、その過酷な状況を理解することが出来た。氷点下近い真冬の寒空の下、ベストスポットを確保するため長時間エリア内に待機し、トイレに行きたくても、エリア外に出ることを許されないのであれば、確かにオムツが必要かもしれない。でも…オムツはしたくない。誰に見られるわけでもないのだが、装着した自分がどこか恥ずかしい。それなら、朝から水分を摂取する量を控えた方が良いのではないか? そう無理やり自分を納得させ、年内最後の一日を過ごす事に決めた。

巨大なビル群の上空には、雲一つない夜空が広がっている。周囲を見渡すと、ニューヨーク「タイムズスクウェア」で行われる、世界一有名なカウントダウンに参加するため、国籍問わず多くの人々が集まっている。

時計を見ると、18:00を過ぎたばかりだが、カウントダウン60秒前に上空から落下する「ボールドロップ」が見えるエリアを、何とか確保する事が出来た。昼間は太陽が出ていたため寒さは抑えられていたが、夜になると、マンハッタンのビル群を吹き抜ける風もあり、まさに底冷え状態だ。今日一日、水分摂取は最低限にしてきたが、この環境に身を置いたことで、未来が心配になってくる。

案の定「タイムズスクウェア」に到着した直後こそ、高揚感もあり無心で時間は過ぎていくが、景色の目新しさもなくなると、徐々に心の余裕も減少をはじめ、身体に黄色信号が灯し始めていく。トイレに行きたくても、周囲に配置された警察官がそれを許さない。カウントダウンまで残り2時間あるが、耐える事が出来るであろうか?

でも、耐えるしかない。1生に1度の可能性もある、この体験を自らの手で放り出すことは出来ない! 周囲の外国人に話しかけたり、写真を撮るなどして気持ちを紛らせ続けるが、無情にも尿意の勢いは僕の体を駆け抜け、これ以上我慢すると、身体がオカシクなりそうなレベルまで到達してしまった。もはやこれまでか…オムツをしてこなかった自分を激しく攻め立てていると

「一生の思い出を一瞬の恥で捨てるのか?」

誰が問いかけてきたかは不明だが、突然、その言葉が心の中にこだまし始めた。
そうか。ここで恰好を付けても仕方ない。今から出来る最善策を考えよう。ただ、エリア内は大勢の人がいるし、死角もないため、スタンドプレイをする事は不可能だ。当然ながら、誰かに迷惑をかけることもできない。何より、その対応をしたら無事に新年を迎えられない気もする。

自分だけが被害を受ける手段で解決策はないか、必死に考えていると、道路の縁石に数人が座っていることに気づく。その光景を見た瞬間「これしかない!」と、そのスペース目掛けて足早に進み、座り込む。周囲を見渡しても、誰も自分に注意を払っている人間はおらず、ただの「疲れたジャパニーズ」としか見られていないはずだ。
最後の決意を固め、背負っていたリュックを目の前に置いて周囲からの視線を遮り、わずかに残る羞恥心をポイっと捨て、深呼吸をした後、世の中より一足先に自分だけのカウントダウンを開始する。3・2・1・0…
自然のまま身体を解き放つと、冷えたマンハッタンの夜空の下で、少しの温もりが生まれ始め、気持ちに余裕が生まれてくる。

ゆっくりと立ち上がると、誰かに触れてはいけない! と、集団から距離を取りながら腕組をし、堂々と足を広げながら、今か今かと新年の訪れを待ち焦がれる。
そして…年明けまで残り1分! 大型ビジョンにカウントダウンが表示され「ボールドロップ」が始まった。皆の大歓声と物凄い熱量を感じながら、本日2回目のカウントダウンを口ずさむ。5・4・3・2・1・0…

「HAPPY NEWYEAR」

紙吹雪がドカンと放たれ、皆で抱き合いながら、新年の幕開けを盛大に祝っている。僕はその景色を遠巻きに眺めながらも、この場所で、世界中の人々と一緒に新年の幕開けを過ごせたことを素直に喜ぶ。
あの時の判断が、正しい行為だとは思わない。でも、一瞬の恥を捨てるだけで、得られる経験や感動が待ち受けている事もある。きっと、それはこの先も重要な事だと思いながら、誰かに迷惑をかけないよう、年明けのマンハッタンをいつまでも歩き続けることにした。

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