見出し画像

希望の暗号(インド・シュリナガル3/7)

「絶対に許さない!」
インドのシュリナガルで「ぼったくりツアー」に参加しながら、心の中で唱え続けていた。ここを脱出したら、自分を騙した奴らに痛い目に合わせてやる。騙した相手が悪かったと思い知らせてやる。しかし、ツアーの最中にドライバーから、こそっと言われていた事が気になる。
「ツアー代金の支払いを拒否しないほうが良い」
「値段が高いと口にするな」
「それが自分のためだ……」
そのため、移動する車内や寝る時など、常に“殺されるかもしれない”という恐怖を感じていた。しかし、僕は冷静になり手段を考えた。何としても奴らに仕返しがしたいのだ! そして、一つの答えを導き出す。
奴らに関する情報を集めて日本領事館に伝える!
この計画をクリアすることが出来れば、お金が返ってくるかもしれない。
何より、奴らは逮捕されるであろう。
シュリナガルの警察に伝える事も考えたが、言葉の壁や奴らの仕返しにリスクも感じていたため、これが最善の手段に間違いないと思った。

今回のツアーの拠点は、ダル湖に浮かぶボートハウスと呼ばれるホテルだ。各地へ観光した後、必ずこの場所へと戻り、また新たな高額ツアーを組まされるという事が続いていた。その容赦ない仕打ちに、僕の怒りは沸点に達していた。
そして、奴らの懐も満足したのか「次が最後のツアーだ」と言われて参加をした、ヒマラヤの山中に住む現地家庭への宿泊から戻る車内で、計画の実行を決めた。

夕方、ボートハウスのオフィスエリアに誰もいない事を確認し、車両ナンバーなど、目にする情報をメモに取りつつ、棚という棚を開け、奴らの証拠を集め始めた。
しかし、様々な書類に目を通すと、記載されている文字はヒンドゥ語で、全く理解することが出来ない。早くも計画が崩れていくのを感じつつ、別の棚を開け始める。
すると、A4サイズの“誰かの領収書”を見つけることが出来た。これまで、自分の領収書は一切渡されず、手に出来ていない。これこそが僕の光り輝く希望だと感じ、ポケットに仕舞い、部屋へ戻る途中、従業員とすれ違う。
「今日の夜はよく寝むれそうかい?」
「疲れているから、熟睡出来ると思うよ。ありがとう」

部屋に戻り鏡を見ると、真っ青な顔をした自分がいた。そして冷静になり考えた。この領収書が無くなった事に気づいた奴らが、だれを最初に疑うだろうか。間違いなく自分だ!
もはや鼓動は部屋の外にも聞こえるのではないかと思うくらい、重低音となり、鳴り響いている。
この証拠を隠滅しないと、さらに命のリスクが高まると感じ、元の棚に戻すことも考えたが、誰かに見つかるかもしれない。とすると、
ゴミ箱に捨てるか! 部屋を漁れたら終わりだ!
バックパックに隠すか! 荷物検査されたら最後だ!
食べるか! 紙が大きすぎて不可能だ! んっ、紙……
「そうか! 紙だからトイレに流そう!」と閃き、トイレへと向かい証拠隠滅を図ろうとするが、再度冷静になる。奴らが領収書の紛失に、今すぐ気づくわけがない。
僕は考えた。この“宝物”をリスクなく保持し続けるためには、どうすれば良いのだろうか。誰にも気づかれず、自分だけが理解できる魔法のような方法。

その夜、疲れた体に“復讐”という名の毒薬を染み渡らせることで、思考が閃き続け、人生初の“オリジナル暗号”を完成させた。
誰もいない事を見計らってトイレへと向かい、役目を終え、輝きが失われた宝物をトイレに流した。これで未来は希望に満ちるだろう。

翌日、僕はインド第3の街「カルカッタ」へと脱出した。
そして、暗号を翻訳し、書類へとまとめた後、日本領事館へ届けた。このトラブルが二度と繰り返されないよう、奴らの逮捕とお金の返却を願い、事件の全容を職員に説明した。何か進展があれば、連絡すると言われた。
僕は今も連絡を待ち続けている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?