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五十四歩のイッチャーディー

五十四歩の中に「イッチャーディ(ー)」という技法がある。イッチャーもしくはウィッチャーは沖縄方言で酔っ払い、ディーは手(ティーの濁音化)の意である。したがって、「酔っぱらいの手」という意味になる。

ただ手といっても手首から先の手ではなく、技法の意味の手である。ゆえに酔っぱらいの技法という意味になる。前回紹介した花城長茂系の名嘉真の五十四歩や松林流の五十四歩には片足を高く上げたあと、横に進む技法がある。これがイッチャーディーである。

イッチャーディー。演武者:長嶺将真。『史実と伝統を守る 沖縄の空手道』(1975)より。

要するに、酔っぱらいがふらふらと足元がおぼつかないような歩き方をするがそれに似ているという意味でイッチャーディーと呼ばれるようになったのであろう。

中国武術には様々な門派に酔拳があり、日本でもジャッキー・チェン主演の『ドランクモンキー酔拳』(1978)で広く知られるようになったが、五十四歩のイッチャーディーは映画公開以前から存在する。

このイッチャーディーについて、前回紹介した名嘉真朝増の弟子の仲村安吉氏が興味深いことを発言している。

他の五十四歩との違い? いっぱいあるけど一番の違いはね、五十四歩の中に「イチャママイディー」という技がある。飲んだくれの技。酒に酔って相手と戦う技さ。そう言っているわけさ。それがね、よそでは本当に酔ったようにやってる。イチャイディーだから、酔ってる真似をする。こっちはそんなことしない。それは名前だけであってね、映画、芝居では酒を飲んで人と戦うとか、勝つとかあるけど、それは映画の話。

『月刊空手道』2007年10月号、50頁。

つまり、沖縄のイッチャーディーは名前だけであって、本当に酔ったようにしてはいけない。映画とは違うのだという。

実は空手や琉球古武道には、ブルース・リーやジャッキー・チェン主演の映画の影響が1970年代から入り込んでいる。これについてはまた別の機会に論じるが、歴史的に受け継がれてきた本来の空手の技法と映画の中のアクションとを混同してはいけないと、仲村先生は警鐘を鳴らしているのであろう。


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