心が壊れて、「カムイ」が遊びに来た
メンタルが壊れた。高層ビルが巨大怪獣になぎ倒されるみたいに、派手な壊れかたをした。自覚するかぎり、人生で初めての経験だ。
涙があとからあとから溢れてきて、そのうちどうして泣きはじめたのか分からなくなっても、止まる気配すらない。泣き慣れていないから、過呼吸になるんじゃないかというぐらい何度も何度も大きくしゃくり上げて、安物の手触りの良くないティッシュで目や鼻を擦りまくる(おかげで目や鼻周りがすごく痛い)。
一通り泣き終えたと思うと、いつも通り下らない漫画や動画なんかを観て笑ったりする。今日はこの後どこに出かけようかな、なんてのんきに食べ物屋を検索したりもする。
なのに、ふとなにかの拍子にまた涙が溢れてくる。このときにはもはや、一体どうして自分が泣いているのか分からない。
これが「メンタルがやられる」というやつなのか、と思った。同時に、ここ最近、自分ではコントロール出来ていなかった言動が一気に思い出されて、あれらはこの予兆だったんだと知る。考えごとをすると首を横に大きく振ったり、意味のない言葉を大きな声に出したり、手元を乱暴に動かして音を立てたり、そういったことたちが。
こんな状態、いくら大好きな親友でも見せたくないなと思った。友だちや家族にも弱みは見せたくない、と言う人たちの気持ちが、分かった気がする。こんなところがあると知られたくない。
これは恥ずかしい、という感情なんだろうか。
そうして何度も泣いて止んでを繰り返すうちに、分かった。人になにかを話すこと、外に出ることを考えはじめると涙が溢れてくる。
つまり、人と話すことが怖い。外に出て人目につくことが怖い。話して理解してもらえなかったらどうしよう、泣き出して変な目で見られたらどうしよう。理解できない気持ちも、突然泣き出す人に驚く気持ちも、想像できてしまうからこそ、怖い。
怖い、というのはオバケや犯罪者につかう言葉だと思っていた。それだけじゃないんだ、新しい「怖い」を私は知ってしまったんだ。
この怖い、という感情はどうしてやればいいんだろう。この涙は、どうしてやればいいんだろう。こういうときは、自分ごととして考えるよりも、誰かの悩み相談を聞いてやるつもりで考える。
とにかく、否定をしないこと。怖いと思う自分と、涙を流す自分を、許してやる。怖いと感じることは悪いことじゃない。涙を流すことは悪いことじゃない。
そして、無理に忘れようとしないこと。まずは自分が事実を認めて、心にとどめてやる。そして自分がそれらに向き合うことを、許してやる。
もう少し具体的にイメージできるよう、例え話をしよう。
私のこの怖いという感情も、涙も、私の手に及ばないものを「カムイ」としよう。カムイたちが、私のなかへ遊びにきたのだ。
自分の手に及ばないことを「カムイ」と呼ぶのは、アイヌの人々の考えかただ。カムイとは、私たちの言う「神様」のことで、主に私たちが自然と呼んでいる、川や動物たちのことを指す。アイヌたちはカムイのことを自分たちと同じ人間のようにとらえていて、だからカムイに感謝することもあれば、寄り添いあったり、怒ることもある。
だから私は、この遊びにきたカムイたちを、もてなしてやろうと思う。
早くあっちへいけ、なんてしない。そうしたらカムイも意地悪な気持ちになって、意地でも居座ろうとするかもしれない。むしろ嫌がらせをしてやろうというカムイも、いるかもしれない。そうなってはいけない。
美味しいご飯、あったかい布団、優しい音楽や、愉快な言葉たち。ぞんぶんに時間をかけて、カムイたちと一緒にめいっぱい楽しんで。するとカムイたちは、そのうち満足するなり飽きるなりして、どこかへ旅立っていくだろう。
ほら、せっかく来てくれたカムイと、ゆっくり休もう。きっとカムイは去った後に、私の成長という、大きなお土産をくれる。
あとがきと補足
人に話すのは怖いけれど、自分の気持ちを受け止めるために整理するために、なにより忘れて同じことを繰り返さないために……メモ書き程度のつもりで書き始めたら、いつの間にか夢中になって仕上げてしまいました。
今までも何度か辛い場面には出会ってきたんですが、いつも先に身体が壊れてしまって、自分の感情に向き合うことはありませんでした。そもそも自分の感情に対する理解がなく、向き合う以前の問題だったかもしれません。
だから、散々身体は壊して治してを繰り返してきましたが、こうして心が壊れてしまったのは初めてでした。
今回私が経験したことと、アイヌの考えかたが結びついたのは偶然、思いつきです。
アイヌとは、北海道などに住む少数民族のひとつです。私は『ゴールデンカムイ』という漫画でその存在を知り、少しだけアイヌの言葉や文化を勉強しました。
自分たちの手に及ばない自然を神と呼びながら、同じ人間のように接する、というアイヌの考えかたが、私はすごく好きです。ただ、アイヌについてはまだまだ勉強不足な部分が多々あるので、見当や解釈が違っている部分もあるかもしれません。そこだけはご了承ください。
この文章は、私の中にきたカムイをもてなすために書きました。まだカムイは旅立つ日程を決めていないようなので、これから存分にもてなしたいと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。