四十二歳の戯れ言を、いつか真実にすることが楽しい道。
息子が干支にちなんだ龍を、樹脂粘土で作ると言った。
「お父さん。隣で見ていて欲しい。誕生日だからあげるよ」
と言いながら、新聞紙の上に材料を広げている。私は促されるように向かい合う形でテーブルに座り、小さな手で黄色の絵の具を粘土に混ぜ込む姿を、薄ぼんやりと見ながら思量することにした。
息子は自分の軀の中に外見上では全く判断出来ない「あるもの」を抱えている。それを「病」だとか「疾患」と表現したくないのは、私の得手勝手な振舞いかも知れないが、言葉として発するだけで覆われる気持ちになってしまうのでなるべく使いたくない。
それが何の結果を持たないとしても、私には意味があると考えている。
十にも満たない年齢で、思い詰めたように負けそうになる発言を時々する。本心からそう思っている訳ではないのかも知れないが、「あるもの」のせいで折れそうになっている自分の子供を見るのは、「代われるものなら代わりたい」と普段絶対に他人にはかけられない言葉が真っ直ぐに浮かんできてしまう。
善人でもないのに。
有限な時間に私は娘や息子に、本質を伝え残せるのか。それを考えながら生きなくてはならないと感じている。
「自分達なりのエンターテイメント人生を全うする」
これは、ずいぶん前に友人とした継続中の約束だ。
久しぶりに親友と呑む時間が出来た。
神奈川県伊勢原市が私の地元になる。子供を伊勢原市の学校に通わせている友人ポップは、子供の数が少なくなっていることを私達に伝えた。
今年から再び家族を連れて、三年間の海外赴任が決まっているヨーヘーは、自分の話よりも私達の話を聞きたがっている。
お互いに好き勝手に過ごした二十代を越え、必死に世間に溶け込もうとした三十代を過ぎ、今また何を考え、生きることにどう向かうか思慮する四十代を迎えた。
それぞれがそれぞれの事情を抱えている。
今まで話に出たこともない、終わることへの漠然としていたものが、そこに輪郭を帯びて形成されているのを実感しながらも大いに笑いあった。
「で、これから何やりたい?」
ヨーヘーからの質問だった。彼は明確に自分の仕事に於ける目標や、達成したその先の姿を私達に教えてくれた。それは私達を刺激するものであり、どこかお前なら当然と言い切れるものだった。
何よりも、楽しそうで面白そうだった。
「この先、自分の仕事で出た利益を少しずつ貯めて公園に遊具を寄付したい」
ポップはこう言った。それは、今のポップの目標であり夢だ。私は、何度か彼からその話を聞いている。
彼は本気でやりきると思う。
会うたびに変化する夢や目標は、私達を取り巻くものの変化の過程では、当然のことだと思っている。昔は、「一度思ったら貫けよ」と言い争ったりもした。
だけど、私達がより大事にしているのは、楽しいか、楽しくないかだ。それが私達を支える昔からのぶれない指針だ。
私は、友人達に何度か感じたことがある劣等感にも似た感情を素直に吐露した。
「お前らは、主人公感が強いのよ」
ずっとそう思っていたことを伝えた。私は自分の人生が主人公であることを望んで十代を生きてきたが、光が当たる人間とそうではない人間がいることを挫折から学んだ。
それでも、少しでも自分の人生を楽しくするために必死にしがみついて来た。
私が彼らと違うのは、彼らは自然に、行動の根が誰かのために動くということにある。
分け与えたその結果、皆と一緒に楽しめれば良いという気持ちだ。
それを自然に行動出来ない私は、それが「普通に出来ることではない」ということだとよく知っている。
そういう場面に遭遇し、自分本意に考えてしまう人間だと自覚するたびに嫌になる。
楽しいか、楽しくないか。
この選択にずっと揺さぶられている。楽しむ反動の裏には、それぞれ事情を隠してバランスを取りながら皆生きている。
私は、自分が楽しむために彼らからは逃げないことにしている。それが何よりも楽しく生きることになると思っている。
彼らといれば楽しいの回数が増やせる。本当にそう思っている。
「俺は、お前らを書き記してやるよ。もっと街のことも書いて、街に生きる人や物。そしてお前らのふざけた生き様を書いて、それで得た利益を遊具に寄付することにする。要するに、その遊具は俺達全員の連名だ。ふざけたことを書いて、遊具になるなら最高だろ」
私は、主人公にはなれないが主人公を創ることは出来る。そう思った。何かに形を残すのならそれは一番楽しいと思ったことをする人を応援しながら、自分も参加することだ。
「それは楽しいな。読まないけどな」
二人にそう告げられたが、その方が都合が良い。それこそ私であり、それが私の物語だ。
そこにたっぷりの虚構とユーモアを乗せて書いてやる。
ポップは最後にこう告げた。
「妻が今年の忘年会や新年会は、女子がすごく増えてきたって言ってたんだ」
私は、そっと話に花を添えてあげた。
「それはな、いよいよ一段落ついて、心も軀にも余裕が出来てきたという女心の埋めて欲しい魅惑の隙間ではなかろうか」
盛大に頷くポップを見ながらヨーヘーがまとめた。
「三年後はセカンドパートナーか、ハニートラップの話で盛り上がりたいわな」
私達は、やはり「女性が大好きだ」ということで友情よりも強固に繋がっていることを再認識した。
なんのはなしですか
子供が作った龍を見ながら、いつか私達はくだらないけど楽しく生きてたんだと笑ってバカにして欲しいと願った。
生きるのは重くない。絶対軽くていい。
そう感じて欲しい。
それが私に出来ることであり、私が楽しませることが出来ることだと思った。
いつか寄付をするのなら、絶対にスベらない遊具にしたい。
いつか、君と君の友人達と、一緒にお酒が呑みたいよ。