ラーメンの湯気はファンタジランドへ通ずる

「女将さん、醤油ラーメン、大盛りで。」
周りの客も同じものを食べている。ここの名物だからだ。ある人は今日の新聞を読みながら、ある人は野球のテレビ中継を見ながら、ゾゾっと麺を啜っている。

隣に座ってラーメンを啜っていたサラリーマン風の男がいきなり、大きな声を出した。
「うわっ、なんだよこれ!」
周りの客は麺を啜る手を止めずに目だけを動かして彼を見た。
「女将さん!これ!入っちゃってるよ!」
そう言うと男はラーメンの中からカネゴンのフィギュアを取り出した。女将さんは、
「いつも来てくれているサービスよ。」
と言って下手くそなウインクをした。その男は
「嗚呼そういう事か」
と言って恍惚な表情をしていた。

私はその男に何故ラーメンの中にカネゴンのフィギュアが入っていて怒らないのかを尋ねた。彼は、
「ここの中華料理屋のラーメンはファンタジランドに通ずるチケットを渡してくれるんだ。君も早くファンタジランドを見れると良いね。」
その目には涙が溢れかけていた。私が唖然としていると、その男は会計を済まし店を出て行ってしまった。

店の女将がその男のラーメンの皿を片付けに来る時に私は、
「ファンタジランドって一体なんなんですか?」
と尋ねた。女将さんは、
「あんたもそのうち分かるようになるよ。」
と言って店の中に戻って行った。まだ半分以上残っている自分のラーメンを見て、もしかしたらこのラーメンにヒントがあるのかもしれないと思い一所懸命に啜った。汗が額や鼻の下から溢れてくるが、このラーメンを一所懸命に啜ることがファンタジランドが何なのかを知る唯一の鍵だと信じて啜った。

しかし、いくら啜っても普通のラーメンであった。残ったスープを何度レンゲですくっても、何も現れないのである。私はあの男のラーメンにはファンタジランドが現れ、私のラーメンには現れなかったことに不満を抱き、女将さんに伝票を渡して会計をした。会計をする間、私は女将さんに
「私のラーメンに特に変わったものは入っていなかったんですけど、なぜあの男性のラーメンには入っていたんですか?」
と尋ねた。すると女将は
「あの人は常連さんだからねぇ、それ以上のことはあんたには言えないよ。はい、これお釣りね。またお待ちしてます。」
とだけ言った。常連になるとラーメンに変なものを入れられるのかと不思議に思い、私は店を出た。店のすりガラスのドアを閉めると、今まで各々の事していたであろう周りのお客が一斉に笑い出したのが聞こえた。それは何に向けての笑いだったのか。私には私への嘲笑に聞こえた。

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