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7/19(火) 部屋に「侵入」されるとき-悪夢と親密さ

10代から20代にかけて、週に一度は見ていた悪夢がある。

自分が家の中で1人過ごしていると、強盗だったり、ストーカーだったり、ゾンビや幽霊といった人型の怪異が、外から勝手に侵入してきてしまうのだ。

深夜自分の部屋で目が覚めて、鍵を閉めているはずの玄関から「ガチャリ」とドアが開く音がする。
街にゾンビが大量発生してしまって、「この家の扉や窓を全部閉めなきゃ」とわかっているのに、あと一歩のところで間に合わず、ゾンビたちが入ってきてしまう。
居間でくつろいでいるといつの間にか知らない人が部屋の片隅にいて、「刺激しないようにしなきゃ」と息をひそめる。気づいていることに気づかれないように、どうにか穏便に逃げられないかと、一挙手一投足に気を遣う。

そういった夢を見る日は、あまりの気味の悪さによく中途覚醒してしまう。深夜、真っ暗な部屋の中で目を覚ますと、また玄関から「ガチャリ」とドアが開く音がするのではないか(したのではないか)、と夢との境目がわからなくなって、二重三重に嫌な感覚だった。

* * *

今年の2月にセラピーを受けた。

おそらく「安心・安全な感覚」の追体験をするためだろう。セラピストに「体を楽にして、あなたが子どものころ、安全だった場所を思い出してください」と問われて、私は沈黙して、頭が真っ白になってしまった。
何も答えられない私にセラピストが優しく「自分の部屋とか、どこでもいいですよ」と問いかける。何故か思いつかない。沈黙が続く。
「自分の部屋も安全ではなかったですか?」と問われて初めて、「ああ、そうだった」ということに気がついた。

部屋の前まで誰かが歩みを進めてきた時の気分の悪さ。
足音に続くのは扉をガンガンと強く叩く音。または前触れもなく乱暴に扉を開ける音。または怒鳴り声。または泣き声。いずれも私の生活に、私の人格に、嫌疑をかけて追及する物音だった。私は問い詰められ、責を担えと要求される。

問いかけてくるのに、その物音たちは私の返事を待ってはいない。どんな対応をしても激しくなるだけで、止みはしない。それがわかっているから、私はいつも机の前でじっと座って、何も起きていないかのように本を読む。あるいは布団の中で寝ているふりをして、時間が過ぎ去るのを待つ。まるで『クロックタワー』の主人公のように、怪異に見つからないように硬直している。

「どうか気が済んで帰ってくれますように」

儀式のように、そっと祈る。
静かに帰ってさえくれればいいのだ。きっとタイムオーバーさえ迎えたら帰ってくれるのだ。今日は違うかもしれないけど。もうダメかもしれないけど。だからといって、何も打つ手はない。何も打つ手はないのだ。ただ私が何かを感じ、生きているということすら気づかれないように、息をひそめるしか。

…私にとって、「自分の部屋」というものは、侵入者の危険に晒されることと離れがたく結びついていたらしい。侵入者に対抗することも、拒絶することも、そこでは無意味で、許されていない。

* * *

セラピーを受けたあとにふと思いついて、夜寝る前にチェーンをかけるようにした。(今まで、現実の自分の家においても防犯はおざなりで、チェーンなどほとんどかけたことはなかった)

夜、鍵を閉めて、チェーンをかける。「ここは私の家で、誰も入ってこない。」と心の中でつぶやく。儀式のように。

それきり悪夢を見なくなった…とまではいかないが、侵入者が扉の前で立ち往生する夢は見た。侵入者は扉の前で大声で叫び、インターフォンを連打するが、しかし私の家に入ることは叶わない。

家の中で侵入者にドキドキしながら、その人型の怪異を少し滑稽だとも感じる私が、夢の中にいた。

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