ビターエンドにまだ遠く
銃弾にはあり得ない軌道に、ジェスは目を見開いた。その額に風穴が空き、血飛沫が跳ねた。
やった。ウィルは目を細めた。ジェスの撃ち返した弾がまっすぐに額を捉えたことなど、もうどうでもよかった。
額が熱を帯び、触発されたように走馬灯が浮かぶ。警察の新人研修。最愛の妻と娘。その無残な姿。麻薬。ジェスの下卑た笑み。裏切り者たち。
全てを奪われた。全てを奪い尽くした。奪い返せたものは何もなかった。それでも、ウィルの心は虚な高揚感に満ちていた。
だから、もう、どうでもよかった。
(ごめんな)
末期に浮かんだのは、誰に言うともない謝罪だった。瞬間、激痛が意識を吹き飛ばした。
うらぶれた倉庫街。その小汚い路地裏に、2人の男が倒れた。1匹の鴉だけが、空から顛末を見守っていた。
そして数十分後。
額に風穴の空いたジェスを、ウィルは見下ろしていた。高揚はすでに去り、脳の疼きと猛烈な異物感に代わった。額に当てた手の隙間からは赤黒い血が滲み出ていた。
「何が、起きた」
呆然と呟く。
「何も、起きなかった」
肩越しに返答。思わず振り向く。黒いローブを枯れ木に纏わせたような、異様なシルエットの存在。人間ではない。悪魔だ。ウィルはそれを知っていた。
「だってまだ、終わってませんから」
悪魔がニタニタと笑う。その視線の先にある鈍色のリボルバーを、ウィルはぎこちない動きで拾った。シリンダーを覗くと確かに弾は残っていた。縁あるものの額を確実にブチ抜く、悪魔の弾丸が。だが。
「俺には」
もう誰もいない。そう呟こうとした。だが彼の脳裏には、ある光景が浮かんでいた。復讐の旅路。その中で出会った人々。実利とカネ、そして微かな情で結んだ、縁あるものたちの姿が。
悪魔はウィルの顔を覗き込み、瞳を卑しく歪めた。ウィルの額の肉が隆起し、脳に埋まっていた銃弾を弾き出した。それは血溜まりに落ち、ピチャリと軽い音を立てた。
「あと2発。誰に使います?」
ウィルの瞳が揺れた。
【続く】