マージナル・ライフ
夕焼け空の下、そよそよと揺れる稲穂の海をアキアカネが飛んでいた。俺は思わず足を止め、その羨ましいほど調和の取れた光景を眺めていた。
「東くん」
振り向くと中年の女性。藍沢さんだ。
「その、置いていかれちゃいますよ」
「あ、すみません」
軽く会釈し、再び歩き出す。道なりに2人の男の背中。道場さんと隆彦だ。俺は歩幅を狭めた。雑音のないあぜ道では、他人の会話がよく聞こえてきた。
「だからね、故郷ってのはいいんだよ。昔はスマホなんかなくて、みんな自然と一体で……」
「今はどこでも同じッスからね」
「そう! そうなんだよ。君は若いのに……」
道場さんが嬉しそうに笑う。隆彦は昔から目上に好かれる男だった。俺とは正反対に。後ろからは藍沢さんと雪ちゃんの声。
「雪ちゃんはこういう景色、好き?」
「いえ、あまり」
「そうなんだ……」
そこで会話は途切れた。それでも一拍置くと、話題を変えてまた繰り返された。雪ちゃんも素っ気ないようで遮ることがない。親子ほど年が離れていても、気が合うものがあるらしかった。昨日6人が出会ってから、もう自然にグループが出来ている。
「寂しい?」
ぬ、と榊さんが下から顔を覗き込んで来る。俺は見返そうとして、大きく開いた胸元に視線を吸い寄せられ、慌てて目をそらす。榊さんはくすくす笑った。
「ね。隆彦くん、友達なんだよね。普通はみんな他人なのに」
「……ええ。でも俺、あいつとは高校以来もう10年も」
「あっ、トンボだぁ」
榊さんは目を輝かせ、俺のことなど忘れたように追いかけていく。俺は慌ててその後を追った。それを藍沢さんと雪ちゃんがおずおずと見ていた。道場さんと隆彦はだいぶ先に行ってしまっていた。
俺たちはレミングだ。だからその人生に、もうじき幕を引く。けれどもその前に、それぞれ思い残すことくらいはあった。
「おおーい、見えてきたぞぉ」
道場さんが呼ぶ声が聞こえた。1人目の目的地が遠くに見えてきていた。
【続く】