小説①

2年前に書いた小説

『2/1』
  誰も来ない図書室、埃だけが溜まる図書室、薄暗くてなんだか不気味な図書室。
でも、いつの間にか僕にとってはそこが僕の居場所となっていた。

「うう‥寒い」

廊下からヒュウヒュウと吹く風が僕の頬を伝う。
寒すぎる、2月の凍るような風は、しつこく僕らを取り巻いてくる。
クリスマスも正月もとっくに終わったというのに、これ以上冬に何のメリットを見出せば良いのか。

今は本来なら下校する時間だが、僕の足は今日も、ロボットの流れ作業かのごとく図書室に向かう。

「あ、いた」

図書室のドアを開けて左に目を向けると、そこにはいつも、先輩がいる。
目が合うと、いつも彼女が先に会釈を送る。

「やっほ」

「あ、こんにちは、今日、誰か来た?」

「いいや、今日もだ〜れも来てない」

ここまでが僕らの挨拶の決まり文句だ。
こうして僕らの談笑は始まる。

「そういえば先輩、大学受験合格おめでとう!」
「あはは〜ありがとう!まあ私は天才だからな〜、もっと褒め称えたまえ」
「すごいや〜先輩すごい!ほんとにすごいと思うんでお祝いにスイーツ食べに行きません?あ、先輩の奢りでね」
「褒めのボキャブラリー少なくない?あと出たないつものたかり癖、そう言って大抵奢ってくれるのにね」
「あ、バレた?」
「ふふ」

彼女は目を細めながらクスクスと笑っている。それに釣られて僕も笑う。

僕と彼女は図書委員だ。こうして今日も、図書室のカウンターで来るかもわからない来客者を待ちながら、今日の朝ごはんやオススメの漫画、お互いのクラスでのことなどを話している。

まあそもそも、図書委員の仕事なんてサボっている人の方が多いし、別にこうもせこせこと図書室に通う必要なんて無いのだ。
それに、僕は極度の面倒くさがり屋だと思う。夏休みのつまらない作文課題は夏休み最終日に捌くし、面倒なことに巻き込まれようものなら、プライドも私欲も僕なら捨てる。

でも、どうしてこんな僕が真面目に図書委員としての仕事を全うしてるかと言うと、まあ、隣を見れば分かるよね。

「あーあ、2月が終わったら先輩いなくなっちゃうんだなあ」
「え、何、寂しいのかな後輩くん?私が卒業するの」
「うーん、先輩がいなくなると仕事が増えるしな〜心苦しい〜」
「別に大した仕事してないじゃん」

図星を突かれたようなわざとらしい表情をしてみると、彼女はまた笑う。

先輩は僕にないものを沢山持っている。
自分の意思がハッキリしていて、思ったことをズバッと言えるし、誰に対しても同じテンションで接することができる。頭も良い。他の人が思い付かないようなことを言うし、僕が笑って欲しいなと思って言ったことに対していつも笑ってくれる。笑った時は横に細長い目がさらに細くなって、艶のある黒髪が少し前に揺れる。笑い声も、泣いてる顔も、怒り顔も、少し強がりだけど照れ屋な所も、僕は他の人より彼女の色々な所を見てきた。

でも、なんというか、全部良いなあとだけ思う。

「で、ホントのところは〜?」

まるで寂しい悲しいと言え、とでも命令しているかのように、悪魔的笑みを浮かべたまま彼女は問いた。
彼女があまりにも挑戦的だったので、こう答えてみる。

「うーん、寂しいかな〜、僕、先輩のこと好きだし」

一、二秒間の沈黙。

「え、あ〜…え〜っと...どこが?どこが好きなの?私の」

先程の彼女の真似をするように、僕も口角を上げてみると、彼女は明らかに耳を赤くさせて、顔を背けた。これでも平静を保っているつもりらしい。

「どこが好き、かあ〜、うーん…全部かもしれない」
「えー…意味分からない…」

僕はちゃんと彼女を見て伝えているけれど、彼女は一向に目を合わせようとしない、それどころか背中を見せて明後日の方を向いて頬杖を付いている。耳も赤くさせたままだ。そういうところも良いなと思う。

「…強いて言うなら、笑うとき」
「あー…うん、でも、私ダメなところあるよ?割と」
「はは、なんだそれ、アンタ普段は天才だの最強だのと餓鬼じみた自負持ってたんじゃないんすか?弱気だなあ、でも、弱気なのも良いと思う」
「...うーん」

彼女は少し考えてから、やっと僕の方を向いて口を開いた。

「私の話し方は?どう思う?」
「...良いと思う」
「声は?顔は?」
「良いと思う」
「性格は?」
「凄く良いなと思う、さっきから質問ばっかりだね」

今日も図書室は少し薄暗い。それに図書本の棚から少し、埃の匂いがする。こういう話をするのって屋上とか、校舎裏とか、夕日が差す帰り道だとか、もっとロマンチックさ溢れる場所のほうが良いのだろうか。

彼女はまた少し黙って、口を開いた。

「私は、君の感情表現のボキャブラリーが少ないところは嫌いだけど、性格とか顔とか、あと結構機転が効くところとか、まあ、なんか、うーん...1番好きだね、結構」

返事の仕方まで彼女らしいな。と僕が思っていると、僕の恋人は不意に、僕の制服の襟元辺りに顔を寄せ始めた。

「…石けんの匂いがする」
「あ…、え?えっと、うん、あ…うん」
「…」
「先輩の負けず嫌い、でもそれも良いと思う」
「…ふん」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?