円尾坂の仕立て屋

 『円尾坂の仕立て屋』は元は悪ノPによる同名のボーカロイド楽曲であり、今回紹介するのはそれを小説化したものである。
 元になった同名の楽曲は、『七つの大罪』をモチーフにし中世から近代をモデルとした世界『エヴィリオス』で悪魔と契約した主人公が破滅するまでの物語を描いたシリーズのうちの一つであり、『円尾坂の仕立て屋』は『嫉妬』の位置に当たる。
 物語の舞台は鬼ヶ島という島の中心にある街『円尾坂(えんびざか)』。
 そこに暮らす仕立て屋を営む女性首藤禍世は夫と幼い息子と幸せに暮らしていたが、火事により夫と息子を失ってしまう。
 体の傷は癒えたものの禍世の心の傷は癒えず、周囲の人間を夫や息子だと思い込んだり未だに自分の体には火傷があると思い込むようになる。
 そんなある日宣教師として鬼ヶ島に訪れた魔術師の女性エルルカに禍世は出会い、エルルカの魔術で肉体を交換する事で平穏を取り戻したかのように思えた。
 しかし円尾坂で次々と呉服屋の一家が殺されていく謎の殺人事件が発生し、時を同じくして禍世は謎の夢を見るようになる。
 この作品を読んだきっかけは元となった楽曲が好きで、小説化していた事を知ったから。
 感じた事は展開自体は楽曲の時点で知っていたが、大筋を楽曲と変えることなくその上で『楽曲を聞いている事を前提にした』どんでん返しを仕掛けてきていた事が衝撃的だった。
 そしてこの話は登場人物の大半が報われず、特に禍世の最期は余りにも悲しすぎる。
 しかし悲劇でこそあるが、どこか希望を残すような終わり方になっているためそれが唯一の救いとも言える。
 バッドエンドやどんでん返し、ファンタジー好きな人は是非読んでほしい。
 この作品は(というよりもシリーズ全体を通してのテーマだが)『悪』とは一体何なのかを徹底的に描いているので単純な勧善懲悪には飽きたという人にもオススメだ。
 難点を挙げるとするなら、元になった楽曲がシリーズものである以上書籍もシリーズものとして刊行されており一部設定や登場人物などは他の楽曲や小説を履修しておかないとわからないところがある。
 だが『円尾坂の仕立て屋』の物語を理解する分には小説だけで完結しているのでそこまで問題ではないが出来る事なら最低限楽曲の『円尾坂の仕立て屋』を聞いておく事をオススメする。
 この楽曲を聞いておくかおかないで、主人公首藤禍世の印象が大幅に変わるからだ。
 彼女の『嫉妬』は何だったのか、是非その目で確かめてほしい。

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