【再改稿済み】第4話 ダメ出しを食らう白雪さん
「――え?」
白雪さんは僕の率直な感想を聞いて、信じられないといった、そんな顔をしたまま固まってしまった。でも、これは伝えておかないと。嘘を言っても、オブラートに包んでも、意味がない。辛い現実かもしれないけれど、受け止めてもらいたい。
そうしないと、前には進めない。
「ごめんね白雪さん。でもさ、こればっかりは濁して言っても仕方がないんだ。どう? 続けても平気?」
「はい、大丈夫です。ちょっとビックリしちゃいましたけど、私なりに覚悟はしていましたので。ぜひ、続けてほしいです」
白雪さんの言葉、そして表情を見て安心した。さっきまでの不安そうな曇顔は消し飛び、瞳には輝きが戻っている。うん、やっぱり大丈夫そうだ。この子は強いと、そう感じた僕の直感は当たっていたようだ。
現実を突きつけられて受け止めてこそ、作家さんは伸びる。
「ありがとう、白雪さん。それじゃ続けさせてもらうね。まず、一番重要なこと。読ませてもらったこの作品、コマ割りが全くできていないんだ。ひとつひとつのコマが繋がっていなくて。これは漫画の構造を理解できていない証拠でもある」
「コマ割り、ですか? でも私、昔から漫画が大好きで。たくさん読んできました。だから漫画の構造はちゃんと理解しているつもりだったんですけど……」
「うん、そうだろうね。でもね、白雪さん。それはあくまで読者としての目線で読んでいただけ。理解したと勘違いをしていたと言えば一番分かりやすいかな。作家としては理解はできていないんだ。これはなかなか気付きにくいことでね。だけど無理もないよ、漫画を描き始めてまだ一ヶ月だもん」
「じゃ、じゃあ、これから私は一体どうしたらいいんでしょうか?」
よしよし、ちゃんと前向きに捉えてくれているな。これなら冷静に、僕の話なりを聞いてくれそうだ。若い子はスポンジみたいなもので、どんどん吸収していくことができる。もちろん無理な子もいるけれど。
「うん、そこは最後に解消法をしっかり教えるね。まずは問題点から上げていこうと思う。それでいいかな?」
「はい! それでお願いします!」
「ありがとう、じゃあ続けるね。これはストーリーについて。描きたいことは伝わってきた。だけどリアリティをちょっと感じることができなくてね」
「リアリティ、ですか?」
「そう、リアリティ。漫画はたくさん読んできたと思うけど、想像力が追いついていない感じ。でも、これはすぐに解消できると思う。経験をするのが手っ取り早いけど、他の方法もあるから」
白雪さんは小さく独り言を繰り返す。「リアリティ、経験。リアリティ、経験」と。なんだろ? そこをやたらと気にするのは。
念の為、ちょっと付け加えておこうかな。
「あ、別に経験するのが手っ取り早いけど、別にそれが最適解というわけじゃないよ。経験だけ重ねて知識をつけてストーリーを考えても、頭でっかちになりかねないし。想像や妄想を爆発させる方にシフトすることをオススメするかな」
「白雪嬢! 芸術は爆発だー! ですよ」
「小林、お、お前なあ……」
全く……僕も白雪さんも真剣に話しているというのに、どうしてこのタイミングで入ってくるかなあ。というか小林の存在をすっかり忘れていたよ。
「げ、芸術は爆発だー!」
バンザイをするように両手を掲げ、小林の真似をする白雪さん。いやいや、白雪さんさ。真似をするならもっとマシな人間の真似をしなさい。
「あのー、白雪さん? つ、続けていい?」
「はい! 続けてください!」
うーん。白雪さんのキャラが今ひとつ掴めない。漫画家あるあるではあるけれど、ちょっと変わっているというか、感化されやすいというか。まあ、それってとても大切なことでもあるんだけどね。
「こほん。じゃあ続き。と、言いたいところではあるけど、ちょっと気になることがあってさ。先に訊きたくて。やたらと画力が高いし、空間パースもしっかり取れてて。それが不思議でさ。で、絵柄を見ていて気付いたんだけど、白雪さんってもしかして美術部だったりしない?」
「あ、そうです。中学時代だけですけど美術部でした。でも、そっか、画力は高かったんだ私って。えへへ、ちょっと嬉しいです」
ここで初めて笑顔を見せてくれた。白雪さん、笑うと余計に可愛く見えるな。この子の笑顔、それはまるで太陽みたいだった。いつでも平等に、皆んなに光を与えてくれる、太陽。そういう魅力を兼ね備えている。
あー、僕も学生時代に白雪さんみたいな子と知り合えてたらなあ。あんな暗黒な学生生活を送らずにすんだかもしれないのに。
「ちょっと兄さん? どうしたんですか? なんかボーッとしちゃってますけど。余のことでも考えてるんですか?」
「お前のことなんか考えるかバカ野郎!」
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それから僕は白雪さんの問題点を全て伝えた。そして、その問題の解消法に移った。漫画を描き始めてまだ一ヶ月足らずの子ではあるけれど、そんなの僕にとってはお構いなしだ。
どんなに執筆歴が短かろうとそうでなかろうと、描き始めた時点で、人は作家になることができる。だから僕も全力で伝えた。教えた。自分で言うのもなんだけれど、それこそ懇切丁寧に。
それに、この白雪さんはたくさんの伸びしろを持っている。何人ものセミプロをスカウトしてきた僕の眼力。それは未だ健在のはずだ。それに、この子はまだ真っ白。何色にも染まっていない。例えるならキャンバスかな。何も描かれていない、真っ白で、何色にでもできる、そんなキャンバス。
「ふんふん。あー、なるほど。そういうことですね。はい、大丈夫です。ちゃんと理解できました。続けてほしいです」
白雪さんは前のめりになりながら、再びテーブルに広げた原稿を僕と一緒に見ながら、真剣な眼差しで、ちょくちょくメモを取りながら、僕の解説を聞いてくれた。
嬉しかった。
もう二度と、このような編集者的なことはしない、いや、できないと思っていた。思わざるを得なかった。
だけど、改めて分かった。理解した。
やっぱり、僕は漫画編集が大好きなんだ。
でも、これが最後。
本当に最後の、僕の漫画編集だ。
『第4話 ダメ出しを食らう白雪さん』
終わり