#16 ブラックバイトには負けない【オキシトシなんとか】
青年期⑥
では、先程のバイトの話に戻ります。すぐにバイト先は見つかりましたか?
「はい、近くの個人経営のお酒を出す居酒屋です」
――何故その店を選ばれたのですか?
「近さと時給の高さ故です」
――お店ではどのような仕事を?
「簡単な調理とホールスタッフとしての仕事をしていました」
――お店では良くしていただけましたか?
「いやぁ、今で言うブラックバイトでした。酷かったですね。まず店長が半グレでしたし。ミスすると良く蹴られましたし、恫喝もされました。それで来なくなるバイトも多かったのですが、私の場合、恫喝には慣れていたので、そのせいで却って続いてしまいました」
――他には何か問題はありましたか?
「あの店問題だらけですよ。ミネラルウォーターと偽って水道水をミネラルウォーターの瓶に詰めていましたし。落とした食べ物も平気で出していました。時給も求人とは違いましたし。店が空いている時には『今日はもういいや』って帰らされるので稼げないんです。その割に、家が近いからと便利に呼び付けられたり。他には、当時未成年の私や他の従業員を連れて週四くらいで飲み歩きです。勿論、私も吐くほど飲まされましたし、店長は飲酒運転です。未だに営業できているのが不思議なくらいです」
――それは酷いですね。すぐに辞めましたか?
「数ヶ月は働いていました。結局、全然稼げないので辞めましたけどね。辞めるにあたって最後まで揉めました。『ウチで続かないならどこへ行っても続かない』とか散々言われました」
――最近問題になっているパワハラですね。
「ええ。他にも色々言われましたが、何も言い返しませんでした」
――何故ですか?
「近場とはいえ、辞めたらどうせもう会うことは無いでしょうし」
――なるほど。
「ただ、ここからが問題でした。こちらが黙っているからと調子に乗ったのか、辞めると伝えてから給料をあからさまに減らしてきたんです」
――それは酷いですね。
「ええ。当時の最低賃金を下回っていて、研修中賃金より低かったです。それであまりに腹が立って復讐しました。ただでさえ募集要項とは違うのに、これ以上減らされるのは納得がいかないと」
――具体的には?
「まず保健所に衛生管理を怠っていると通報しました。ですが、これは効果が無かったです。それから、未払い分の賃金の支払いを求める内容証明を送りました。証拠に関してはシフト表と過去のタイムカードを携帯の画像で保存していましたので、それを元に計算しました」
――社会人でも中々面倒な手続きだと思いますが、よくやり遂げられましたね? 賃貸の契約時にもその計画性を発揮なされていたら良かったのでは?
「松延さん、それは因果関係が逆です。部屋を借りるときに大失敗をしたからこそ学べたのです。その結果、図書館で色々調べて頑張れたんです。……まぁお金に困って絶対に譲れないと思ったからというのもありますが」
――お店からの反応はどうでしたか?
「店が営業中の時間なのに怒鳴り込んできましたよ。歩いて五分の距離なので。ドアを蹴ったり、ガチャガチャしたりだとか、裏に周ってメーターをチェックしたりもしていました」
――それは怖いですね。どう対応されたのですか?
「何もしません。何となくそうなるだろうなと思っていたので、心構えは出来ていましたから。カーテンを閉め切って、ひっそりと息を潜めていました。最初は結構怖かったですね。でも、それはすぐに笑いに変わりました」
――何故ですか?
「それがですね、『居るんだろう、出てこい。ふざけたことしやがって。このクソガキが。こっちは面倒見てやったのに恩を仇で返しやがって』って騒いでいるんです。『あ、父と同じこと言ってる』って思って。そう思ったら可笑しくてしょうがなくて部屋で必死に笑いを噛み殺していました。今思うと意味わからないですね、はは」
――狂気のようなものを感じます。感覚が麻痺していたのでは?
「そうかもしれません。でも、一人暮らしで何も持っていませんでしたし、失うものなんて何も無いですし。殴られたりはするかもしれないけど、死ななければ別にいいかなって」
――……良く分かりません。それで、その後はどうなりましたか?
「同じアパートに住んでいる大家さんが警察を呼んでいました。それで私も出ていったら店長がさらに激怒して、『やっぱり居るんじゃねえか』って。ふふ、あの憤怒の形相を思い出したら笑っちゃいます。『凹んだドアの弁償と、未払い賃金早く払ってくださいね』と言ったら暴れ出して警察に取り押さえられていました。その日はそれで終わりです」
――では、すぐに払ってもらえましたか?
「『◯日◯時に直接取りに来い。じゃないと渡さない』と手紙が届いていました。今まで振り込みだったのに、です。なので、店の制服を着払いで送りつけて、『◯◯日までに振り込んでもらえないと労基に駆け込みます』と再度内容証明を送付しました」
――五分の距離なのに、ですか? 少し意地悪では?
「いや、日時まで指定してきているんですよ? 絶対に半グレ仲間を集めて脅すつもりですって。あの店長なら間違いなくやります」
――同じ日本とは思えません。
「まぁそんな事がありましたが無事に振り込みはされていました。その後に嫌がらせもされるだろうなとは思っていましたが、特に何も無かったですね。石を投げ込まれたりくらいは覚悟していたんですけどね。商店街の会長に話をしたり、事前に警察にも相談しておいたのが良かったのかもしれません」
――そこまでしていたのですか?
「そりゃそうですよ。常日頃から反社会的勢力との繋がりを誇示したりしていましたし。実際にそういった風体の方も店に良く訪れていました。武勇伝みたいに過去の悪行を触れ回ったり、実際に辞めた従業員を精神的に追い込んだりもしていましたし。ちなみに、内容証明を送る際に他の辞めた方にも声を掛けましたが、もう関わりたくないと皆が皆口にしていました」
――怖すぎます。
「恫喝に慣れていなかったら、私も泣き寝入りしていたと思います」
――その後はもう関わりはなくなりましたか?
「それがたまに連絡がきていました。『こないだは悪かったよ、ごめんな。ところで、今店が混んでるから悪いんだけど、皿洗いだけでも手伝ってくれない? 飯食わせてやっから』なんて言ってくるんです。猫撫で声で」
――行きましたか?
「行きませんよ。関わりたくないですし。それにですね、その日……定休日だったんですよ」
――怖いです。そんなお店が普通に営業できているという事実が何よりも怖いです。
「ですよね。社会の闇は意外と身近に存在するんですね」
――私なら全て引き払って遠くに引っ越します。
「私もすぐに引っ越しました。というか、引っ越してくれと大家さんに懇願されました。費用はある程度持つからと。まぁそれはそうですよね」
――警察沙汰の加害者と被害者が五分の距離に存在するのは流石に怖いですよね。
「まぁ私的には僥倖でしたので、ありがたく話に乗りました。ちなみに、後々そのアパートの前を通ったら、近くの大型スーパーの社員寮になっていました。敷地の看板にデカデカとそう書いてありました。ついでに、監視カメラも設置されていました」
――大家さんの恐怖と苦労が偲ばれます。