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人々の土地を奪ってタンクを置け/共産党ふじしまともこが目指す強権政治


──「強権・独裁政治」を目指しているのは誰か。どうみても日本共産党ではないか。

人々の声を一蹴する暴挙

 川口市の共産党市議ふじしまともこ氏は、ALPS処理水放出に科学的根拠を伴わない反対論をX(ツイッター)で繰り返し、

福島原発の周辺には人が住めなくなった広大な土地があるので、そこに大型タンクを作ったり、モルタル化したり、手段はまだあるので、海洋放出なんてしなくてもまだ国内で収めておけたのです。なのにわざわざ岸田政権は国際問題になるような選択をしたのです。

と投稿した。「人々の土地を奪ってタンク置き場にしろ」というのだ。
 この主張には、福島県の人々を中心に批判が多数寄せられている。
 避難区域は人々が所有し、長年にわたり暮らしてきた土地だ。生まれ育った人がいて、生い茂る雑草を刈るため通う人や、先祖の霊を慰めに帰郷する人も多く、それぞれの人が大切にしている土地だ。こうした大切な場所を強制収用して処理水タンクを置いたり、体積が膨大になるモルタル固化した塊を置けというのだから、当事者らから反発されてとうぜんである。
 住民が避難を余儀なくされた大熊町では、避難指示が解除されて帰還が進んでいることや、他の地域や県外から移住者がいることも無視されている。
 だが、ふじしま氏は寄せられた批判を一蹴した。

人が住めなくなったからといってタンク置き場にしていいのか?という方々が居るけれど、国際問題になるのに世界につながる海に流すことはそれよりいいのでしょうか?また中間貯蔵施設はいいのでしょうか?タンクがいっぱい増えていくのが嫌なのは、よく伝わってきます。

 避難区域とは何か、実際にどうなっているのか、ここで暮らしていた人々は何を思っているのかを説明した批判を一切顧みる気がないようだ。実に強権的な発想である。そもそも国際問題にしているのは中国と北朝鮮のみであり、いずれも政治的背景からの露骨な嫌がらせで、中国は世界から白眼視され孤立したことで主張を引っ込めざるを得なくなった。
 日本共産党は民主集中制を掲げる政党であるから、こうしたふじしま氏の主張は同党の方針に沿ったもので、ゆえに彼女は発言を撤回しないのである。

強権政治批判の二枚舌

 ふじしま氏は、人々の土地を奪ってタンク置き場やモルタル固化物の置き場にしろと言った。日本共産党は「総選挙 政策」と題した声明で、「強権・独裁政治」を批判しているが、舌の根も乾かぬうちに強制的な権力を振るって土地を収容しようというのだから呆れはてる。
 では共産党の白々しい「強権・独裁政治」批判を読んでみよう。

立憲主義とは、憲法によって権力を縛るということです。国会で多数を持つ政権党であっても、憲法の枠組みに反する政治を行ってはならないということです。これを破壊した政治は、権力行使に抑制がなくなり、強権・独裁政治となります。

2017年 総選挙 政策

 日本共産党は街頭演説や機関紙しんぶん赤旗でも、たびたび「強権・独裁」批判をしているが、処理水放出をめぐっては人々の切実な声をなかったことにして、人権を蹂躙してもかまわないと考えている。
 当事者らの声を無視する姿勢こそ独裁ではないのか。政権党の「強権」は独裁だが、日本共産党の「強権」はきれいな政策というのでは身勝手きわまりない。
 かつて中核派の大衆運動NAZEN(すべての原発いますぐなくそう!全国会議)の活動家は、瓦礫受け入れ反対集会で「瓦礫を被災地に積み重ねてモニュメントにしろ」と発言した。
 ふじしま氏の「タンクがいっぱい増えていくのが嫌なのは、よく伝わってきます」という嫌味には、タンクを陳列してモニュメントにしろ、これが原発を立地させた罰だというNAZENなみの発想が潜んでいるようにさえ思われる。

強権政治批判を繰り返す日本共産党

原発立地県へのあからさまな差別意識

 かつて日本共産党は日本社会党とともに、成田空港予定地の土地収容に反対して住民たちを組織化した。1960年代後半のことだ。この後、共産党らは反対運動から排除されて新左翼(中核派・共産同・社青同解放派)が運動の担い手になるが、収容に反対だったことに変わりはない。
 ところが原発事故の後処理については、人々の土地を強制的に収容してしまえという。この矛盾した主張は、原発立地県への日本共産党のあからさまな差別意識から生まれたものだ。
 放出される処理水は、科学的に環境や生物への影響がないことがわかっている。モルタル固化は体積が増え、固化物は単なるコンクリートの塊ではない位置付けになるため廃棄場所の使用がかぎりなく制限される。つまり、モルタル固化を選択するメリットがない。だから海洋放出されるのである。
 ところが瓦礫受け入れ反対運動でNAZENの活動家が「被災地のモニュメントにしろ」と主張したように、日本共産党はタンクにしろモルタル固化物にしろ目に見えるかたちで人々の土地に居座らせようとする。負のモニュメントを被災地に押し付けて被害の標本にするだけでなく、罰を背負わせようとしているのだ。
 負のモニュメントと罰は、「これから原発を再稼働させるような土地の人々は、こうなるぞ。こうしてやるぞ」という脅しである。

共産党はふじしま氏の蔑視と差別を放置するのか

 ふじしま氏が「地元川口市も協力してタンクを受け入れる。モルタル固化物を荒川の河川敷に並べてもらいたい」と言っていたなら、ここまで反感を抱かれなかっただろう。日本共産党も放出反対とモルタル固化を主張しているのだから、代々木だけでなく各地の同党施設に、ALPS処理水やコンクリートの塊を受けいれると宣言したらどうか。
 これは嫌なのだ。嫌なことだから、差別対象の福島県に置いて晒しものにしておけと言うのだ。
 福島第一原発は70年代の電力需要を賄うため建設された。立地している大熊町は東北電力管内だが、同原発は東京電力の施設であり関東へ送電されていた。この電力によって首都圏のみならず日本は恩恵を受けてきた。ところが事故が発生すると、誘致した福島県を金の亡者のようになじり、事故の責任を負えと言い、蔑視がはじまった。
 差別しない、人々の声に耳を傾ける、復興の邪魔をしないというなら、共産党はふじしま氏が引き起こした事態にコメントすべきだろう。コメントひとつ出さず、彼女を放置するなら、これが日本共産党の方針ということになる。
 ふじしま氏を批判しているのは根っからの反共主義者ではなく、同氏の暴言によって誇りと希望を踏み躙られた人々だ。筆者もまた、かつては共産党に一票を投じてきた有権者の一人であるが、原発事故をめぐる姿勢に嫌気がさして同党を見限り現在に至っている。
 科学を無視する政党。「汚染魚」発言の党員は処分するが、「汚染水」と言い続けるのは正しいという政党。「強権・独裁政治」打破と言いながら「人々の土地を奪ってタンク置き場にしろ」という政党。こんな「ぺてん」と「二枚舌」の差別主義政党を許せるはずがない。
 共産党はふじしま氏の福島県蔑視と差別を放置するのか、それとも処罰と謝罪を行いタンク案やモルタル固化案を撤回するのか、はっきりしてもらおう。


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