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ワクチン忌避者・陰謀論者 彼らが戻れなくなった理由とリセットへの道筋

ワクチン忌避者や陰謀論者との関係に平穏を取り戻したい。これから紹介するメソッドでコロナ禍以前の状態までリセットされた人や、ひとまず平穏さを取り戻した家庭があります。

調査・構成・図版/写真
加藤文
協力
ハラオカヒサ

序/

2年間50人の動向

 2020年の半ばから現在まで、コロナ禍に登場したマスク拒否者、ワクチン忌避者、陰謀論者のほか彼らの周辺を取材してきた。消息が途絶えた者も多いが、長い例では1年半以上にわたって変化を追った。

 たとえば神真都Qが逮捕者を出した直後は1日に20件ほど問い合わせや相談が寄せられ、この日から現在まで数日おきにメールをくださる方が数名いる。

 途中経過にあたる報告を商業媒体とnoteで紹介してきたが、継続したものだけで2年間50人規模の取材をして彼らの類型や、かたくなに変化を拒む理由考え方をリセットできた人の特徴が整理できるようになった。


第一部/相手を知る

彼らはなぜかたくななのか

 かたくななワクチン忌避者や陰謀論者は、考えが実情に合わなくなると自己正当化のための理屈を用意して彼らなりの理論武装で対応している。しかし、こうしたところで現実が彼らの考えに合わせて変わるわけではない。

 なぜ彼らにとって現実よりワクチン忌避や陰謀論が重要なのだろうか。これはワクチン忌避や陰謀論を自ら選んで決めたことへの過大な自己評価と関係していた。

 ワクチン接種をめぐる判断は、
・推奨する情報を十分に理解したうえで接種に同意
・無難な選択肢として接種に同意
・なんとなく不安を払拭できず接種を拒否
・ワクチンを危険視する情報を自ら選択して接種を拒否

におおよそ分類できる。

 接種者の大半は「無難な選択肢」として接種に同意した人々だ。情報を十分に理解しているとは言い難いため、二回目は接種したが三回目はなんとなく接種しないままになっている人がいたり、自分たちは接種したが子供への接種を「なんとなく不安を払拭できず」拒否する人もいる。

 いっぽうで「危険視する情報を自ら選択」した人々の多くが、以下の図のようにかたくななワクチン忌避者や陰謀論者になっていた。

 彼らはワクチン接種が推奨されると、思い込みや願望をもとに接種の可否を検討した。しかし「無難な選択肢」として同意している層も願望や思い込みをもとに「そのほうがよいだろう」と接種を選択している。ちがいはどこにあったのか。

 無難な選択をした層は、信頼を基礎とした楽観的な思い込みや願望をもとに、接種の推奨を「道理や論理」として正しいにちがいないと判断している。いっぽうかたくなにワクチン接種を忌避するようになった層は、不信感や嫌悪感を基礎として、接種の推奨を「嗜好や志向」をもとに情報を集めてワクチン忌避に至っていた。

 嗜好や志向とはなにか。

 彼らは権威を嫌っているが、専門家に異論をふっかける専門家や著名人の権威を好む傾向があり、こうした人物の発言を迷わず取り入れていた。情報源はテレビ番組や動画配信が好まれ、SNSのインフルエンサーの意見と彼らが紹介する報道などが信用されている。これが彼らの情報への嗜好であり、不信感を背景にして情報源の人物のように挑発的な態度で反権力、反権威を志向している。

 彼らにとってのエビデンスや主張の根幹は自らが考えたものでなく借り物だが、「自分の頭で考えた」としてワクチンを打たないと自己決定したことを過大に評価している。こうして反ワクチン派であることがアイデンティティーそのもの人格そのものになっているため、現実に即して考えや行動を修正したり変更するのが難しくなっている。

 つまり、多くのワクチン接種者は「必要があってワクチンを打った」と自認しているが、かたくななワクチン忌避や反ワクチンを含む陰謀論に傾倒している人々は自らの属性そのものを「ワクチンを打たない人」と定義しているのだ。

 そして反ワクチンや陰謀論がプライドそのものになるためワクチンを推奨されたり、考え方を変えるよう促されると、彼らのプライドは傷つき頑固な態度に拍車がかかる。また、自尊心を守るため世の中に対してことさら攻撃的になる。

 ただし自己決定への評価を肥大化させていない人々は拒否、忌避、陰謀などをあっさり捨てることができるのだ。


二人のちがい

 加納陽子(仮名)はイベントの司会やモデルの仕事をしていたが、2020年の緊急事態宣言後の自粛風潮のなか仕事が激減して、世の中の仕組みに疑問を抱いて陰謀論に染まった。その後、彼女は経済的な余裕がなくなっただけでなく精神的に疲弊しきって実家に戻らざを得なくなった。

 「どこにいても、とつぜん重いものがやってきて歯を食いしばってトイレで泣いたり。地下鉄に乗っているのがつらくなって、ドアが開いて飛び出してわけがわからなくなってパニックになりました」

 実家に身を寄せた加納陽子は父親が経営する会社で仕事をするようになると、仕事の手順など身に付けなくてはならないものが多く、出入りのスタッフの対応も行うなど生活が一変した。そのうち旧友との連絡がよみがえって、会って話をしたり昔なじみの場所に出かけるようになった。

 「(実家がある都市に)戻ってから地元の子たちと話したりするのがほとんどになって、気晴らしになったし懐かしくて。ずっと会っていなかった人と会ったりしていたら、(陰謀論の先輩格からの)LINEとかが目が滑って話に乗れなくなったので、うまく返せないのもあってそのままになって……」

 こうして加納陽子は陰謀論と完全に縁が切れた。

 山下智雄(仮名)を取材したとき、既に気持ちがワクチン忌避や陰謀論から離れつつあった。彼は反ワクチン派内の仲間割れによって集団から排除されたことで、参加していた集団だけでなく他の集団に対しても批判的だった。しかし、会話にワクチン忌避への批判が少しでも混ざると不快感をあらわにした。

 「どうして注射を強制されるんだよ、と。めちゃくちゃだと思いましたよ。自分が考えていたのと同じことが、外国でも抗議活動になっていて、科学者も危険だとはっきり言ってたんです」

 USBメモリにはワクチンの危険性について論じられた論文や統計、グラフなどの資料が収集されているという。こうした事実に基づいて考えると世の中の仕組みが狂っていると判断するのがとうぜんで、信じているものは陰謀論ではなく「現実」と確信しているとも彼は言った。

 「言われるまんま信じてワクチンを打ってる人に、否定されたくないですね。自分は、自分の頭で考えて決めたわけだし」

 山下智雄の家族が一回目、二回目、三回目と接種を重ねるごと発言からとげとげしさがなくなり、つい最近まで筆者のもとにメールが送られ続けていたことからも、彼がワクチン忌避と陰謀論から離れつつあったのはまちがいない。

 しかし山下智雄は1年近く経っても反ワクチンと陰謀論を完全には捨て去れなかった、ところが加納陽子は出身地にもどって短期間で捨て去れた。山下智雄は自己決定への評価がかなり肥大化しているように思われるが、加納陽子は自己決定についてまったく重きを置いていなかった。

 ワクチン忌避や陰謀論が人格やアイデンティティーと一体化していると考えかたをリセットするのが困難で、一体化していないか結びつきが弱いなら特殊な考えかたからの離脱は容易なのだ。

 

第二部/メソッドを知る

どうしたらリセットできるのか

1-前提

 反ワクチンや陰謀論の立場で主張を展開している者を説得しようとしても、試みが無駄になるだけでなく相手を興奮させたり増長させてしまうだろう。相手が他人なら無視してやりすごすほかない。

 だが親族ともなると、そうも言っていられない。

 反ワクチンや陰謀論が目新しい厄介ごとなのはまちがいない。しかし、これもまた親と子、嫁と姑、家族と社会などの間に生じる悩みごとと地続きの問題だ。もし反ワクチンや陰謀論がトラブルとして家庭に出現していなかったら、家族間には別の古典的な問題が発生していたはずである。

 おかしな考え方をするようになって行動まで変わってしまった理由がわからない、と言われがちだ。しかし取材をするとコロナ禍の環境変化、不満の蓄積、不安と恐怖などがきっかけになっているのを家族は気づいていた。しかも、かたくななワクチン忌避者や陰謀論者になった背景に、その人の個性や性格をかたちづくっている「認知の癖(認識や理解する心の働きの癖)」があるのを指摘する家族は多い。

 自分を客観的に評価するのは難しい。このため自動的に考えてしまったり、感じでしまう「癖」に気づいていない。こうした思考を「自動思考」といい、白か黒か思考、悲観的思考、邪推傾向、(何々す)べき思考、不安、慢心、劣等感など一定の傾向を帯びる。自動思考の材料として、コロナ禍ならではの思い込みや願望、不信感や嫌悪感をもとに集めた情報、嗜好や志向が投入された結果が、ワクチン忌避や陰謀論への傾倒だった。ワクチン忌避や陰謀論に傾倒するようになった自分を客観視するのも難しいため、自動思考の悪循環に歯止めが効かなくなる。

 マスク拒否、ワクチン忌避、神真都Q加入、離脱という経緯をたどった境界知能の女性の例をみてみよう。

 彼女はゴミの分別や買い物時の計算などが苦手で生きるつらさを味わっていた。高額な箱入りマスクを騙されて買ってしまい、職場できつく注意されたのがきっかけでマスクを買うことに恐怖を覚えるようになった。このため箱入りマスクを使い尽くしたあとノーマスクで仕事場に行き、またきつく叱責された。ワクチンの接種券が届いても手続きが複雑に思えて先へ進めず、いつまでもワクチンを接種しないことを周囲から疑問視されて追い詰められた。

 この女性は以前からさまざまな苦労をしながら生活をしていたが、コロナ禍になり世の中が複雑さを増したことで窮地に立たされていた。彼女は自分に能力が足りないと常に気にして、トラブルに直面すると自責の念に苛まれ思考だけでなく行動がフリーズする。また、すべての思考が劣等感を基調にしたものになる。以前は時間とともに自責の念や劣等感は癒されたが、コロナ禍では緊張が高まり続けて耐えられなくなり陰謀論に逃避した。やさしい人に思えた神真都Qのいちべいが救いだったのだ。

 彼女は親族に呼び寄せられて同居生活をはじめると神真都Qへの関心が急激に薄れた。この女性に必要だったのは、フォローと安心感を得られる家庭環境だった。不安と劣等感と萎縮が連鎖する認知の癖を正せないまでも減速させる対処によって、居場所としての陰謀論集団を必要としなくなったのだ。

2-認知の癖への対処

【実行にはさまざまな個別の問題がかかわってくるが、基本となる対処を説明する】

 不信感や嫌悪感をもとに情報を集めて、「認知の癖」によってかたくななワクチン忌避者や陰謀論者になったのは、
ミドルエイジ以上の主婦/
高齢者/
発達障害(ADHD、ASD、LDの診断を受けていたり、自認や親族から指摘されている)/
パニックや興奮が尾を引く者/
ささやかであっても独善的な地位にある者/
が多かった。

 彼らは情報の収集が不得意だったり、情報を一面的な視点でとらえ唯一絶対と思い込むことが日常的になっていたり許されてきた人々だ。上記以外であっても極度の不安や危機感によって、情報や意見を相対化できなくなっていた人もいる。

 認知の癖によって判断や考えかたを合理的に修正できなくなっている人物には、次の4点で対処をする。

対処すべき4点と対処の例
(実情にあわせて対処の内容や程度を変える)
コミュニケーションへの対処/
批判や要求をしない(してもほとんど意味がない)。コミュニケーションを取る時間を設ける。ワクチンや陰謀の話題にかかわる必要はないが、許容できたりやや許容できる部分は、相手と気持や意見を交わして意思や感情が通じ合うようにする。
行動への対処/説得をしようと考えず、「あなたがそう思うならしかたないが、私はぜんぜん別の考えかたで生活している」などと自分の意見だけをあっさり、はっきり表明する。興奮させない。感情がたかぶっているときは鎮まるまでそっとしておく。
自信への対処/ワクチン忌避や陰謀論が不安を消し去ったり、人格を支える自信の源になっているとしたら、こうなる以前は何が支えだったのだろう。ワクチン忌避や陰謀論は人生の目的ではなく、人格を支える自信の源でもない。目的を取り戻したり、社会との接点を取り戻すために具体的な見通しを示してやる。
心理への対処/相手がとても不安定な状態にあるのを理解する。わがままをすべて許すという意味ではない。不安や恐怖の原因を知り、原因を取り除くためのヒントを授けたり手助けをする。

 加納陽子の例をみてみよう。

加納陽子は、実家の仕事を手伝うため家族との会話が(報告・連絡・相談だけでなく雑談を含め)増えて、仕事によって自信が再構築されている。
コミュニケーションへの対処自信への対処が、ごく自然に家庭内で行われたのだ。また彼女が精神的に不安定になっているのを理解していた家族が仕事の手伝いへ誘導したのは、結果的に秀逸な心理への対処になった。
彼女が積極的に陰謀論を語らなかったのもあるが、家族も彼女の言動や交友関係について強く干渉せず、「そうならしかたないけど……」で対応されていたのが行動への対処だったと言えそうだ。

3-支配性向の強弱を知る

 支配性向は他人を想うがままにコントロールしたい心の働きで、もともと支配的性向が強いなら他の家族に対して独善的に振る舞い、独善的に振る舞うのが許されている者は自ずと支配的成功が強くなる。なお、支配性向には極端に性向が弱い者もいる。

 支配性向が強く、家族や周囲にワクチン忌避や陰謀論を強いる者がいる。逆に支配性向が弱いため、支配されることを望んでワクチン忌避や陰謀論の集団から離れられなくなっている者がいる。「自分の頭で考え」たと言っている陰謀論のリーダーと、彼に追随し続ける人々を思い浮かべればよいだろう。

 いっけん強者と弱者の関係に見える両者だが、どちらも相手から見捨てられたくない強い欲求と不安を抱えた似た者同士だ。興味深いのは、家庭内で家族を従わせようとする独善的な人物が、SNSや陰謀論集団では支配されることを望んで依存していることがあり、これも「見捨てられ不安」がそうさせている。

 独善的な地位にあり支配性向が強い者へは、従わないとはっきり具体的に伝えて行動するほかない。ただし彼らにとってワクチン忌避や陰謀論はプライドそのものであり、しかも見捨てられたくない強い欲求と不安を抱えているため、めんどうな反応を示しかねないのを心に留めておいたほうがよい。境界性パーソナリティ障害が疑われるなら、迷わず医療へ橋渡しする方策を考えるべきだろう。

山下智雄は、強い支配性向のもとSNS上の反ワクチン集団で仲間割れを起こし、アカウントを一旦消して再起をはかったがフォロワー数が思うように伸びずストレスを抱えた。この間も家族のワクチン接種に干渉を続けたが、家族の態度が冷たくなると主張の鋭さとトゲトゲしさが減っていった。
家族による「あなたがそう思うならしかたないが、私はぜんぜん別の考えかたで生活している」とする行動への対処が続くと、彼は家庭で孤立する不安を覚えたらしく筆者とのやりとりで家族関係を自虐的に語る機会が増えた。

※境界性パーソナリティ障害/対人関係の不安定性および過敏性を特徴として、人に見捨てられることを強く恐れ、不安を抱いているほか、気分の変動が激しく衝動的であったりする。


4-リセットのまえに減速

 何例かの家庭に、ここで説明したメソッドを紹介している。とうぜん家庭ごとのちがいがあり一様な結果は得られていないが、家族の精神的負担が減っている。相手と自分を知り、対処の方向と目標が整理できることで負担の軽減につながっているのだ。

 このメソッドは、被曝不安に取り憑かれた自主避難者の帰還を助けたとき用いた保護の手法と共通する箇所が多い。この人たちも自己決定の過大評価が著しく、自らのアイデンティティーを自主避難者と定義して自縄自縛になり合理的な判断ができなかった。

 また治療を放棄して、がん放置やニセ医療に傾倒した患者について取材した際に、彼らが誤った選択をして実情に合わせた合理的な対応ができなくなる原因として浮かび上がった問題とも共通していた。

 こうした経験から、リセットのまえに減速を目標にするよう私は薦めている。

 ワクチン忌避者や陰謀論者の問題は、古典的な親族間のトラブルに加わった新しい悩みごとだ。親と子、嫁と姑、家族と社会との間に生じるトラブルでさえ完全に解決できないものが多いのだから、ワクチン忌避や陰謀論の影響を家庭内で減速させられたら御の字なのだ。


第三部/着手にあたって

まず家族は深呼吸しよう

【境界性パーソナリティ障害にかぎらず、心の病気や障害ではないかと疑われる場合は真っ先に医療への橋渡しする方法を考えなければならない】

 基本となる対処の概要を説明した。言うは易く行うは難しだが、完全にリセットできた加納陽子の例や、山下智雄の反応、いまこのメソッドを使用している家庭の例、さらに過去の自主避難者での成功例から無駄な試みでないのはまちがいない。

 メソッドを行うのが難しいとすると、これまで親族間で曖昧にしていたものと対峙しなければならないからだろう。さらに、迷惑をかけられた相手に批判や叱責ではなく「対処」で向き合わなくてならないところが気に入らないかもしれない。だがこれは、対処であって復讐ではないのだ。

 実際にメソッドを行うには、相手の基本的な人となりと認知の癖を理解しなければならないうえに、それぞれの家庭環境や事情に合わせて対処しなければならない。対処したうえで状況をみながら着地点を修正しなければならないケースもある。すべてを当記事だけでは紹介できないためメソッドの概要を説明するにとどめるが、劇的な変化がすぐ現れることを期待しないで冷静に取り組まなければならない。

 これまで筆者は、文末の流れ図のように状況を整理してからメソッドに取り掛かるよう相談者に説明してきた。整理したうえで関係性の模索をあきらめるのも、選択肢としてあってよいと思う。ひとまず考えすぎず、相手を知り、相手との付き合いかたと関係性を模索する準備だけでもはじめてみてはどうだろうか。筆者が多くの人に説明できるのはここまでで、次のステップからは個別の事情にあわせて対応する局面に移行する。

 いま目の前に立ちはだかっている問題は古典的な家族間トラブルの新趣向にすぎない、と考えて深呼吸して肩の力を抜くのが問題対処への第一歩だ。

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