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大学生へのワクチン忌避の広がり調査とママ友問題

──ワクチン忌避の態度を取りデマを信じるのは頭が悪いから、情報弱者だからと言っているだけでは多くのものを見落とすだろう。

著者:ケイヒロ、ハラオカヒサ

大学拠点接種を前にしたワクチン忌避の広がり

新型コロナワクチンの大学拠点接種がはじまろうとしていた時期の大学生の心理を考えるうえで興味深いできごとがあった。考察に必要な情報以外の大学、組織、学生個人などを匿名化したうえで経緯を説明する。

都内のA事業所ではB大学のCサークルに所属する学生が以前からアルバイトをしている。Cサークルの学生アルバイトの一人が「サークル内が、怖いからワクチンを打ちたくないと言う人ばかりになった。あっという間だった」と語った。

次のようなできごとだった。

1. Cサークルの学生6人が集まったとき大学拠点接種の話題になった。「副作用(副反応)で授業を欠席しなければならない場合」であるとか「バイトを休むことになったら」などそれぞれが発言した。

2. 学生αが「親類の看護師がワクチンを接種してひどいことになった」と話をはじめた。看護師は接種後に痙攣しながら意識を失い、いまだ職場復帰できていない。後遺症が残って普通の生活は望めないかもしれない。このようにαは説明した。αの親類に看護師がいることは以前から知られていた。

3. 後にバイト先Aで証言する大学生 βは、その場の空気がいきなり変わるのを感じた。 βは態度を明らかにせず話を合わせただけだが、他の人々は目の色が変わり恐怖や怒りを露わにした。βも程度の差があったかもしれないが興奮していた。

4. この場にいた学生が二、三日中にCサークルの他の人々と会ったりLineで会話するなどしてワクチン忌避の雰囲気が広がった。

5. やがてCサークルから、他のグループへ情報は伝播していった。

βは次のように証言している──(以下意訳)αが看護師の話を語った場で「ワクチンは打ってはならない」と決まったように感じられた。サークルの日程や合意事項がメンバーに伝えられて皆が従うのに似ていた。

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B大学Cサークル調査

A事業所の協力のもとCサークル28名に調査を実施した。(使用目的、使用範囲、使用方法、匿名化を説明のうえ、第三者へ生情報を提供しないことを確約のうえ参加を呼びかけた)
<調査概要>
実施期間: 2021/7/5~2020/7/12
回答方法:無記名・WEB上の質問表に回答
サークルへの参加態度、コロナ禍での心境、看護師の話を知るまえのワクチン接種への態度、看護師の話をいつどのようにして知ったか、看護師の話を誰かに伝えたか、看護師の話を知ったあとのワクチン接種への態度、等を質問。一部自由記述。
有効回答数: 24

この調査は母集団に偏りがありサンプル数も少ないためサークル構成員の意識の動きを知ることのみを目的にしている。このような性格の調査のため結果は一般化できないが、ワクチン忌避の広がりを理解する一助になるだろう。

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・αが看護師の話をする前のCサークル
[接種に積極的]3人
積極的というほどではないが忌避するほどでもない[中立]15人
[わからない]3人
[できれば接種したくない]3人
だった。

・看護師の話をどの段階で知ったか
αから看護師の話を直接聞いたのは5人
この話を別の機会に知った者は16人
まったく知らない者は2人
だった。

αが最初に看護師の話をした時点を情報伝播の第一段階と呼ぶことにする。

・話を直接聞いた5人の、情報伝播の第一段階以前の態度
[中立]3人、
[わからない]1人、
[できれば接種したくない]1人
   ↓
情報伝播の第一段階での態度の変化
[できれば接種したくない]4人
[わからない]1人

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別の機会に看護師の話を知る過程を情報伝播の第二段階と呼ぶことにする。

情報伝播の第二段階に看護師の話を知った15人について
・看護師の話を知る前

[積極的に接種したい]1人
[中立]12人
[わからない]2人
[できれば接種したくない]1人
   ↓
情報伝播の第二段階での態度の変化
[できれば接種したくない]12人
[未回答]4人

情報伝播の第一段階、第二段階いずれにも関わらなかった看護師の話を知らない2人は[接種に積極的]のままだった。

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ワクチンを接種する人を増やそうと積極的に説明や説得をする人にとって、立ち話やLineでの会話くらいで態度が変わるのは驚きであるはずだ。なぜここまで態度が豹変したか考察する前に、ママ友(保育園、幼稚園、小学校等に通う子供の母親、住居が近い子供をもつ母親などの交友関係)で反ワクチン情報が広がる例を紹介する。

ママ友と反ワクチン

原発事故後に広められたデマを信じて、避難する必要がないにも関わらず東北や関東から関西や沖縄へ母子だけで移住した例を以下の記事で考察した。


母子のみの自主避難が発生した背景にインターネット上のママ友関係があった。

原発事故の被害を過大に見積もり不安に陥った母親や、この人たちの不安を煽る母親がSNSでフォロー・フォロアー関係を築き、異論を排除し考えを先鋭化させ「避難しなければならない」という声に満ちた空間をつくり、思い詰めたメンバーを崖っぷちに追い詰めるようにして自主避難者をつくりあげたのだ。

ママ友内の同調圧力のやっかいさは当事者が意識しているだけでなく、周知の事実になっていると言ってよいだろう。ママ友と同調圧力について書かれた記事は実に多い。

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ママ友に限らず人が集まるところに同調圧力が発生する可能性がある。しかママ友関係に生じる同調圧力は前述の自主避難者のような極端な結果を生じさせがちで、関係が平穏な間はいつ複雑化するかと、不穏になっていれぱ身の処し方をどうすべきかと緊張を強いられる。

こうした関係を背景にした噂の出どころとして、実際に噂があっても、虚構としての噂(噂があるという嘘)であっても“ママ友発の情報”という触れ込みは独自の意味合いを帯びる。そしてママ友のなかに持ち込まれた話題は、公開の場や他の集団とに広められた場合と異なる反応を引き起こす場合が多い。

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“ママ友発の情報”は一方で疑わしさの象徴だが、母親にとっては共感をうむ情報になる場合もある。なかには他の母親が言っていることだから信憑性が高いと思い込む傾向すらある。この特性を利用した「お母さんたちの間で評判のXX」という広告や店頭POPを見かけたことがあるはずだ。

では筆者が耳にしているママ友で広がったワクチン忌避の事例を紹介する。


幼稚園に子供を通わせている母親のママ友グループ。反ワクチンが推奨されないまでもなんとなく容認される園の教育方針。家が近いというだけのママ友グループがいつの間にか反ワクチン活動家のようになった。我が子がワクチンの副作用でどうかなったらとか、副作用で通常学級に進めなくなった子の話などで動揺し続けている。いつ反ワクチンの話題が出るかわからないLineを見るのが嫌だったが、無視をするわけにいかず既読にして返事をしなければならなかった。

ママ友のなかで反ワクチンのお母さんが増え、園にワクチン否定の指導を求めるだけでなく職員のワクチン接種について干渉する要望を出すようになったとき同類に見られたくなかった。近所付き合いがあるので友だちをやめるのは覚悟が必要で、どのように遠ざかるか悩んでいる。さすがに園も困っているようだが、教育方針との兼ね合いもあってはっきり否定や拒否をしていない。これをよいことに他のママ友グループにも布教をはじめ園内の人間関係が最悪な状態になっている。

小学生(低学年)の子供を持つ母親同士の付き合い。アロマテラピーやヨガに詳しいスター級のママ友の影響で反ワクチンの話題が増え宗教的な雰囲気まで漂い始めて顔を合わせることすらつらくなった。このようなタイプではなかった人まで講演会に参加しはじめ、「ワクチンで死ぬ」など子供たちの発言にも影響を与えている。過激化についていけず距離を置いた人の陰口が、子供たちの関係にまで影響している気がする。

もともと深い意味や目的があるグループではない。アロマテラピーやヨガに詳しい人が得意分野を喋っている間はこれといって問題はなかった。反ワクチン色が強くなって耐えられなくなりママ友から抜けた。同調圧力にまみれたら自分も他の人に圧力をかけることになってしまい、その人を追い詰めてしまうかもしれない。

ママ友グループがどれくらい反ワクチン化しているか調べるのは難しいが、母親がスレッドを立てることが多い全国を網羅した地域型掲示板を見てみると、反ワクチンをテーマにしたものがいくつかあってもまったく主流ではない。しかし証言のように間違いなく実在しているうえに、ひとつは首都圏、もうひとつは地方のできごとなので全国に分布していると言ってよさそうだ。

不安情報が同調圧力や集団ヒステリーと出会うとき

B大学Cサークル内の雑談で、なぜ劇的にワクチン忌避が引き起こされたか考えるとき「いつもと違う雰囲気」と[グループに積極的に参加]している人の言動が重要な意味を持っていると思わせる回答(自由記述含む)やβの証言がある。

情報伝播の第一段階
1.  αが看護師の話をする。
2. 他の5人のうち[グループに積極的に参加]しているθが多弁になりαに同調、賛同する発言を繰り返した。
3. このような場合いつもなら登場する嫌な顔をしたり茶化したりする者が現れなかった。
4. これによってαとθが会話の主導権を完全に握った。

情報伝播の第二段階
1. 第一段階でワクチン忌避に態度を変えた[グループに積極的に参加]組の3人はαやθとともに、あるいは別個に、他の機会やLineで情報を伝えている中心人物になった。
2. 会話は第一段階と似た状況をつくり、Cサークルの合意事項が伝達されて行くかのような印象さえあった。

情報伝播の第一段階と第二段階のいずれの場でも「看護師の話」に対していくらか質問はあったが内容が検証されることはなかった。これが合意事項が伝達されて行くかのような印象になる原因だろう。

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なぜ、オセロのコマが一斉に反転するかのように態度が豹変したのだろう。

まず、「いつもと違う雰囲気」は何だったのか考える。

コロナ禍にあって大学は対面授業がなくなったり一部戻るなどしながら、自粛生活が続き、経済面と将来への不安が蓄積され、2021年半ばに至ってもストレスが解消されるまでには状況は好転していない。こうした事情は自由記述でも明らかで、彼らの行動や将来を制限している(制限するだろうと思われる)ものへの怒りが渦巻いている。

自由記述で得られた彼らの心境には、親の家計が圧迫されている状況、社会・経済の停滞、変則的な大学の授業、自粛生活による閉塞感などへの至極真っ当な困惑や危機感もあれば、娯楽が制限されることや一部専門家の言動に対しての八つ当たりもあった。

こうしたコロナ禍以前とまったく異なる背景のもと、「副作用(副反応)で授業を欠席しなければならなかったら」とか「バイトを休むことになったら」という発言があったと考えなくてならない。それぞれの不安や危機感が「看護師の話」で共振しはじめたとするなら、集団ヒステリーが発生したのかもしれない。

そして[グループに積極的に参加]している者の影響も無視できない。

サークル活動に積極的に参加し主要メンバーとして指導的立場にある者によって合意事項を伝達するかのように広がったとするなら、共同体内で同調圧力が強く働いたと考えられる。

情報伝播の第一段階と情報伝播の第二段階からおおよそ1週間後、サークル活動への参加態度の違いによってワクチン忌避に差が出ている。サークル活動にほどほどな態度の人は1週間経過して伝播前に近づいているが、積極的に参加している人々は[できれば接種したくない]が優勢なままだ。

これは同調圧力の強さと影響の抜けかたの違いと解釈できる。

つまりパニックとしての集団ヒステリーと同調圧力がともに発生していると言ってよいだろう。

コロナ禍で流布された様々なデマはパニックを発生させていないと考えられているし、集団ヒステリーを引き起こしながら拡散されているとも思われていない。あくまでも個人的な経験とされている。

個人的な経験としての不安情報への接近とデマや陰謀論への傾倒は以下の記事で考察した。この例では当人が抱えていた孤独や失職が大きく影響していると思われるし、こうした一人ひとりが共通の情報源に寄り集まることで反ワクチンや反マスク、反自粛の集団ができると思われがちだった。

しかし、デマが引き起こす集団ヒステリーは珍しいものではないどころか両者は密接な関係にある。デマによって発生したパニックとして、取り付け騒ぎが発生した豊川信用金庫事件は典型例と言える。そして、B大学Cサークルやママ友の例では、集団内で同調圧力や集団ヒステリーを触媒にして不安やデマや陰謀論が拡散され根付いている。

同調圧力や集団ヒステリーは緊張状態から発生する。Cサークルでは大学生がコロナ禍で直面している危機が、ママ友の場合は母親同士の距離感や社会が母親に要求するものから緊張状態がつくられ、ここに不安を高める情報やデマが入り込んでいる。ワクチン忌避の態度を取りデマを信じるのは頭が悪いから、情報弱者だからと言っているだけでは多くのものを見落とすだろうし彼ら彼女らの反発を生むだけだ。

大学生の危機感を解消したりママ友の緊張状態を解くのは容易ではないし、そんなことは不可能かもしれない。だが彼ら彼女らにアクセスしようとするなら背景にある諸問題への理解がないと無理だろう。反ワクチン団体に限らずデマや陰謀論をビジネスにしている人や団体は、彼らの危機感に理解を示しながら独自の思想を訴求しているのである。

情報伝播から1週間後のB大学のCサークルはいくぶん冷静さを取り戻したかに見えるがワクチン忌避者は未だ10人だ。日本の片隅のできごとかもしれないが、ここだけの話ではないだろう。このようにしてワクチン忌避から強固な反ワクチン主義者がつくられる場合もあると認識すべきだ。

忌避推移


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