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私たちが知らない福島県の甲状腺検査と検査される人たちのこと
加藤文宏
その言葉は聞いたことがあっても
「福島県の甲状腺検査」という言葉を聞いたことがあっても、多くの人にとってはよくわからないか、定期健康診断のようなものと感じるのではないでしょうか。
筆者は関東在住ですが、「福島県の甲状腺検査」がどのようなものか理解している人は周囲に多くありません。とくに「甲状腺検査と過剰診断」と言われると、途端に面倒くさい印象になり、踏み込んで情報を得たり考えたりすることがためらわれるようです。
なぜためらわれるのか。ある人は「原発事故のややこしい話題ではないのか。政治とか、地方独特のしがらみとか、ありそうだ」と言いました。別の人は「検査や診断が過剰なんておかしい。おかしな面倒な話には関わりたくない」とうんざりした表情を浮かべました。
私たちが知らなかったこと
「原発事故のややこしい話題ではないのか」と思えば腰が引けて当然かもしれません。甲状腺検査は、たしかに福島第一原発が事故を起こしたため行われるようになりました。「検査や診断が過剰なんておかしい」という感想もわからなくありません。「せっかくのチャンスなのだから受けたほうがよい。嫌なら検査を受けなければよい」といった意見もあります。
でも、甲状腺がんの早期診断・早期治療で得られる「健康面の利益がない」となったらどうでしょうか。そのうえで、診断を受けた人のなかに「強い心理的負担を負う人がいる」となったらどうでしょうか。
福島県の甲状腺検査には、次にあげるような害が指摘されています。
1.偽陽性(超音波検査でがんの可能性があるとされたものの、精密検査の結果、がんではなかったもの)が高頻度で発生します。
2.偽陽性診断を受けた人に心理的負担が高頻度で発生します。
3.過剰診断(見つけなければ一生気づかず、症状を呈することがなかった甲状腺がんを発見したもの)が高頻度で発生します。
4.手術後の感染症や後遺症がまれに発生します。
甲状腺がんは胃がんや肺がんなどから思い描く「がん」とちがい、かなりの数の人が体に抱えたまま、何ら症状が現れず一生を終えがちながんです。仙台市で1975年に病死した102人を解剖をしたところ、29件(有病率28.43%)で潜在的な甲状腺がんが見つかり、実にありふれたものであることがわかりました。こうした性格のがんであるため、原発事故当時18歳以下だった全県民を対象に検査を行って、甲状腺がんと診断することが“過剰”と呼ばれるのです。
しかも以下のように、検査には利益がほぼありません。
5.検査によって健康被害を防ぐことについては、前述したようにあまり期待できません。
6.検査がなければ被る健康被害のすべてを、漏らさず診断できるかも不明です
7.早期診断・早期治療で得られる健康面の利益は、医学的な根拠がありません。
(以上1から7/緑川早苗氏らの研究より)
対象となっている人たちへの学校での検診が事実上、強制になっていたのも、同調圧力がはたらくのも問題です。
小中学校で甲状腺検査を受けた荒帆乃夏さんは次のように証言しています。
“少なくとも小学生のときは、検査技師の人や先生たちから、検査の仕組みなどについて説明を受けた記憶はありません。たぶん、他の生徒は甲状腺検査で何を調べているのか、それすらよくわかっていなかったのではないかと思います。”
“私自身は、当時積極的に検査を「受けたい」という意思決定をしていません。というか、「受ける」「受けない」という選択肢がある、ということ自体、考えたこともありませんでした。その意味でも、身体測定とまったく同じ感覚です。みんながあたりまえに受けるものだ、という。”
“私は、今の甲状腺検査の体制を見直してほしいと思っています。
まず、学校で生徒全員が身体測定のように漫然と甲状腺検査を受けるという仕組みではなく、不安を抱えて悩む方が、個別に医療機関に繋がれるような仕組みにしてほしいと思います。”
やめたらよいのに
検査しすぎ、診断しすぎ、治療しすぎですが、得るものがほとんどありません。いっぽう検査される子供や若い人たちのなかから、長い一生をがん患者のレッテルを背負って不安感に苛まれて生きる人を生み出しています。
壮年や高齢者でさえがん検診でがんが見つかったとき「よかった。治療できる」と思える人ばかりではありません。まして福島の甲状腺検査では、きわめて感度が高い超音波機器を使った検査で甲状腺がんがしらみつぶしに見つけられて、放射線の影響ではないか、転移するのではないか、がん患者として将来どうやって生きていったらよいのか、人生の選択肢が狭くなる、と若い世代が悩むのを考えすぎと言えるでしょうか。
症状がある人、不安を感じている人が個別に医療機関を受診したり相談できる仕組みさえあればよい──甲状腺がんはこうした性格のがんであることを思い出してください。
「甲状腺検査は、やめたほうがよい」と指摘しているのは、福島県の当事者だけではありません。
それでも続く重すぎる現実
UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)は「福島県住民への放射線被ばくによる健康への影響は見られない」としたうえで、将来的にも影響はなく、むしろ過剰診断が発生して弊害があると2021年に報告を出しました。
検査に否定的なのは、UNSCEARだけではありません。甲状腺がんについてIARC(国際がん研究機関)は、原子力災害が発生しても、年齢を問わずスクリーニング検査はしないよう勧告しています。その理由は無症状の人に検査をして診断をくだしてもメリットがないだけでなく、思春期までの人は症状が出てから治療をしても予後が極めてよいからにほかなりません。
福島県庁のふくしま復興情報ポータルサイトに検査の目的が次のように書かれています。
チェルノブイリ原発事故後に明らかになった放射線による健康被害として、放射性ヨウ素の内部被ばくによる小児の甲状腺がんが報告されています。
福島県では、チェルノブイリに比べて放射性ヨウ素の被ばく線量が低いとされていますが、子どもたちの甲状腺の状態を把握し、健康を長期に見守ることを目的に甲状腺検査を実施しています。
「見守る」とは、まちがいや事故がないようにと気をつけて見る、じっと見つめるという意味で、検査が追跡調査であることを意味しています。しかし、いくら続けても検査で心配が消えるどころか、深刻な不安を背負う人を増やすしているのでは本末転倒です。
福島県立医科大で2022年5月までに274名が甲状腺がんと診断されて、227名が甲状腺のすべてを摘出するか片葉切除を受けました。何ごともなく一生を終える人がほとんどの甲状腺がんに、こうした診断や治療が、放射線被ばくによる健康への影響は見られないとされた福島県で続けられているのです。
これが福島の甲状腺がん検査と「過剰診断」の現実です。検査を受ける子供たちや若者たちの人生は、追跡調査のサンプルとして扱うにはあまりに重すぎるように思われます。
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