黒とグレーと少しだけ白 1
mosoyaro
僕には2歳違いの弟がいる。名前は柊。
弟が生まれた時、次は女の子が欲しかった母は次も男で少しがっかり。
だけど母は諦めなかった。
弟を、小さい時は本人の自覚がないからという理由で、女の子の洋服を着せ、髪の毛を伸ばし、三つ編みにした。
当然周りは女の子だと思う。
父親は反対したが母の狂気に逆らえず弟が3歳になるまでそれは続いた。
流石に幼稚園に入る頃には母も男である事を受け入れ、幼稚園には男の子用のグッズを準備した。
「あーほんと残念、顔はそこらへんの女の子より可愛くて似合うのに」
「いい加減にしとけ、幼稚園に入るまでって約束だろ」
父はそれ以上引かなかった。
僕は上田将輝、29歳、職業は探偵。
なぜ探偵になったのか、それには理由があった。
元々は設計士になるのが夢で、いつか自分の設計したビルや家を見てみたかった。
憧れの建築家は、イギリスロンドン出身のトーマスヘザーウイッグだ。
人間と自然のロマンチックな共存で有名な建築家。
僕の父は電気メーカーに勤務する会社員で技術者だ。
母は近所の雑貨屋のパートで働いていた。
家は3LDKのマンション。平凡な家庭に育った。
僕は勉強が好きだった。理系が得意で成績も良かった。
小、中、高と公立に進んで塾にも高校3年の時に1年間通っただけだったが、九州大学の建築学科に合格した。
ここを受験したのは家から通えるのが理由だった。
遠くに進学は親の負担になる。東大を受けてみろと先生に言われたが、東京にさほど興味もなかった。
同じ市内だから一人暮らしする必要も気もなく、実家から気楽に大学に通っていた。
春がすぎ、大学生活に慣れてきた頃の6月、授業が終わり帰ろうとしていたら携帯がなった。母親からだ。
「はい」
「あ将暉、ごめん今忙しい?話しても大丈夫」
「大丈夫だけど、今から帰るところだった。帰るまで待てなかった?何」
「柊がいないんだけど。さっき学校から連絡がきて、今日学校に来てないって。知らない?」
「え、知らないよ。朝会ってないし」
「お母さんも朝会ってないのよ。今日はパート先で急ぎの仕事が入って、朝早く家をでたから。お父さんも会ってないって言うし。学校に行かないで何やってるのかな」
母は慌てているのがわかる。
「とにかく今から帰る。帰って話そう」
家に着いた。時刻は夕方の6時を回ったところだ。
母は心当たりに電話している。
弟は近くの公立高校に通っている。高校2年生、16歳だ。
部活はしていない。平日は学校帰りにそのまま塾に行っている。土日は近所の総合病院の中にあるカフェでバイトしていた。
今日は平日だから塾に連絡してみたのかと母に聞いた。
今日はまだ来ていないとの返事だったらしい。
「どうしよう。こんなこと初めて、学校にも塾にも行ってない。何かあったのかな、事故とか、、警察に‘相談したほうがいいかな、どう思う?悪いけどお兄ちゃん一緒に来てくれない」
「警察って、まだ今日の話じゃん。ちょっとしたら帰ってくるかもだよ」
母は首を横に振った。
「こんなこと今まで一度もなかった。携帯も繋がらないし、何かあったんじゃないかな。何もないなら携帯に出るよね。それに、いつもは何かあればすぐに連絡をいれてくれるし」
そうだ、柊は勝手にいなくなったり今までしたことがない。
心配をされるのを極端に嫌がる。だからいつも先回りして何もなくても連絡を入れる性格だった
それは柊の容姿に関係している。
柊は生まれつき美しい顔立ちだった。正確に言うと母親の若い時にそっくり。僕は父親似だった、実の弟だけど僕とは違うタイプ。
唯一似ているところは身長が高いところだ。
誰が見ても整った綺麗な顔立ちの柊には小さい頃から自然と女子が後ろをついてくる。
180センチ以上の身長。
細身な美少年だと評判で、アイドルみたいになっていたが、本人は気さくで美形を鼻にかける事などなかった。
学校のイベントの時は母親達もカメラで撮りにくる。
優しい性格なので嫌と言えずいつももみくちゃになる。
そんな柊を母親と僕で守っていた。
バイト先では病院に入院している患者やその家族、看護師さんまでカフェに顔を見にくる始末だった。
だけどプロのタレントではないし、物騒な世の中だ、男も女もない。誘拐されたりしないか母は心配していた。
そんな事を知っているから柊の口癖は
「そんなに心配しない、俺は男だよ、大丈夫。誘拐なんてされたら一生の恥だろ」
だった。
そんな弟が突然何も言わずにいなくなるはずがない。家族ならそう思う。
「かーさん、警察に行こう」
僕は母親と2人で近くの交番に向かった。その時の母親の勘を疑わなかった。
近所の交番のドアを開けた。中には4人の警官がいた。
殺風景な建物の中には余分なものは何もなく、グレーの長い机と電話がある。
警官の1人が母と僕を見つけ声をかけてきた。
「どうしました?落とし物ですか」
話しかけながらこちらを観察しているのがわかる。
他の警官も目線は自分たちの方に向いている。
母が口を開いた
「高校生の息子が今日学校にも塾にも行ってなくて心配してます。息子に何かあったんだと思います。事故とかの連絡は入ってないですか。
こんな時どうしたら良いかわからなくて」
警官は冷静に
「息子さんの名前と住所などこちらの書類に記入してください。あなた方との関係も」
母が緊張しているのがわかったので自分が書くからとペンを取り上げた。
全部記入してさっきの警官に渡す。
「あなた方の身分証はありますか」
母と自分の運転免許証を見せる。
警官は前の椅子に座って書類を見ながら言った。
「連絡がつかなくなったのは今日なんですよね、何かトラブルとか心当たりありますか?家出とかの可能性も視野に入れてますか」
「いえ、家出とかありえません」
母は怒った口調ではっきり答えた。
「なぜ家出はないんですか?この年頃にはよくあるんですが家族が把握していないだけで悩み事とか色々抱えている子供が多いんですよ。
フラッといなくなったり、かと思えば数日後に何でもない感じで帰ってきたり。
トラブルは?誰かと揉めていたりしていませんか」
「思い当たりません、家出も誰かとトラブルも。
嘘っぽく聞こえるかもしれませんが隠し事なんてする子じゃないんです。良い子なんです」
興奮して泣き出す母親を落ち着けと宥めた。
「とりあえず相談で受け付けましたが捜索までは無理です。
捜索届になるとまた違う手続きが必要になります。
とりあえず今日は思いつく場所を探したほうがいいと思います。
明日になったら帰ってくるかもしれないので、帰ってきたときの事を考えてあまり騒ぎ立てない方が息子さんのためになるかもしれません。
帰ってきたらこちらに連絡だけ入れてもらえればいいですので、では」
交番を後にした。なんとも雑な対応に感じた。
男だから多感な時期の子供だから心配する方がおかしいみたいな言い方で呆れた。
そういえば前に親戚のおばさんが言っていた。
痴呆があるおじさんが明け方トイレに行って、そのままいなくなった。
何年も探して、DNAも届けた。見つからない
行方不明届け願いを出したら警察が家の中に入ってきて家の中を捜索していったらしい。
家族を犯人ではないと確認するためにと言った。実は殺されていて犯人が家族だったりする事があるからだそうた。
事情聴取もされたらしい。
仕事だから、やらないといけないのだろう
おばさんは、犯人扱いされた、その事がとても嫌だったと話していた。
結局叔父は山の中で見つかった。野犬が咥えていた頭蓋骨がそうだったらしい。
行方不明の人間が毎日ものすごい数いて、事件性がなければ警察は探してはくれない、それが現実だろう。
2人で家に戻った。暗闇の中、闇雲に探す当てもなかった。
柊はその夜帰ってこなかった。
父は明け方まで起きていて少しだけ仮眠をってから会社に出かけた。
母はパート先に休みの連絡を入れている。
僕は今日は授業がなかったので柊の学校や友達、バイト先をあたってみる事にした。
柊の通う高校に行って先生に事情を説明した。ここはこの春まで自分も通った学校だから、変な気分だった。
柊と仲のいい友達を呼んでもらい話を聞いたが皆心当たりがないとの事。
ただその中の1人が気になることを言っていた。
「そう言えば、もしかしたら近々良い事があるかも」
と言って笑ってたので
「良い事ってなんだ?」
と聞いたら
「それが秘密にしとかないとだめなんだよなー」
と答えたらしい。
何のことだろう。友達も皆心あたりがないと答えた。
その後 柊のバイト先に向かう。
店長がいた。事情を話、他の従業員にも聞いてもらった。ここでも皆心当たりがないと言われた。
心配してくれている。
塾にも言ってみたが手がかりはなかった。
家に戻った。
誰かから連絡はなかったかを母に確認する。
母は泣いていたのか食事も何も取らずにソファーに横になっていた。
「どうしよう、帰ってこない、連絡もない」
僕は考えた。警察は探してくれない。友達も知らない。心当たりは全部聞いた。こんな時どうすればいいんだろう。
その時、ふとある人の顔が浮かんだ。
「かーさん、透おじさん、そうだ、何で忘れてたんだろう。おじさんって探偵だったよな。おじさんなら相談に乗ってくれるんじゃないかな。
おじさんに連絡して、番号わかるよね、急いで」
おじさんとは母親の実の兄のことで、元刑事で今は探偵をしている。
ちょっとした変わり者で母とはあまり交流がなく、親戚の集まりにもほとんど顔を出さない。
あまり会う機会がなかったので、忘れていたけど、探偵だった。
天神に事務所があると聞いていた。
急いでおじさんに連絡した。
今すぐに柊の写真を持って事務所にこいと言われた。
その場所は天神の真ん中に位置する、5階建の雑居ビルだった。
華やかな商業ビルではないので遊びで天神にきた人は見落とすくらいの地味なビル。
近くには老舗のデパートがあり、このビルの前を何度も通ったことがあるのに存在に気付いたことがなかった。
母と2人で3階まで階段で上がる。
初めてのビルのエレベーターは少し怖い。途中には金券ショップやすぐにお金を貸してくれるローン会社などがあった。
知らない人でも、途中で顔を合わせたら何だか気まずい感じがする。
3階まで上がると、看板に小さく
天野探偵事務所
とだけ書かれていた。
ブザーを鳴らしたらすぐにドアを開けてくれた。
おじさんが立っていた。
久しぶりに会ったおじさんは歳をとったが今でもイケメンだった。
母と目元がよく似ていた。母方の親戚は美男美女が多い。
何度も言うが、僕は父親似だった。
中にはいれと手招きをされた。
「兄さん、久しぶり」
母が挨拶をして、僕も
「お久しぶりです、おじさん」
と言った。
「挨拶はいいから、そこに座って早く事情を話せ。由美、お前、電話では興奮して支離滅裂だったぞ。詳しいことを落ち着いて話せ。写真は持ってきたか?」
すすめられたソファーに腰掛けたのと同時に、母がいっきに話し始めた。
「2日前、パート先に学校の先生から、柊が学校にきていないって連絡があった。
私、その日の朝パートの仕事がいつもより二時間も早く出勤しなくてはいけなくて。
出かける前に柊に声をかけて返事を確認して仕事に行った。
でも、先生から連絡がきて、もしかして具合でも悪くて起きられなかったのかと思って、急いで柊の携帯にかけてみたけど出ないし、家にも居ない。
病院にでも行ったのかもと思ったりしたけど、、、、
お兄ちゃん、将暉に連絡しても知らないって言うし。
何かあったんじゃないかと思って、お兄ちゃんと一緒に交番に相談に行ったんだけど、家出じゃないかとか言われて。
絶対にそんなことないって言っても信じてもらえない、学校にもバイト先にも行ってみたけど皆んな知らないって。
困り果ててる。兄さんどうしたらいい?こんな時」
母は心の中を吐き出すようにおじさんに説明し、出されたお茶を一気に飲み干した。
少し間をおいて、叔父はゆっくりと話し始めた。
「まず2人とも深呼吸して落ち着こう。そして由美、怒らずに俺の言うことを聞いてくれ。
将暉だけ残して家に帰れ」
母はエッという顔をしておじさんを睨んだ
「兄さん、何を言ってるの、今きたばかりの妹にもう帰れってどう言うこと?説明して」
「お前冷静になれないだろ。
俺たちは兄弟だから無理はないけど、取り乱した状態で冷静な判断はできないし、近くにいるだけでも邪魔になる。
将暉から話は聞くから家に帰ってくれ。
それに柊が帰ってきたらどうする。
帰って来た時、家に母親がいないとダメだろ。
大丈夫だ探してやるから、心配せずに家に帰れ。
費用は必要経費だけ請求する、いいな」
「私は取り乱してなんかいないわよ」
母はすごく怒っている。まずい。
だけど僕はおじさんの言葉に同意した。
納得がいかないという顔をした母を優しく説得して家に帰らせた。
つづく
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