(エッセイ)iPhoneが壊れた話

時が来たのはあまりにも突然だった。 
2022年3月10日木曜日、春目前のまだ少し寒い晴れ。
午後4時手前、私は細やかなタスクを終わらせようと水煙草屋(以下シーシャ)に来た。
正直に言って半分カッコつけもある。実際にシーシャが好きというのも勿論あるが、カフェでも良いしていうか家で良いのだ。
今思えば最初から大人しく家で作業をしていればよかったのだが、その時の私はチラつく春に少々浮かれていたのかもしれない。

インド料理屋やガールズバーが入るテナントビルの4階まで階段で向かい、息を切らしながら入店。セレクトショップのオーナーをやっていそうなオシャレ髭を蓄えた男性客1人と、若々しい長髪の男性店員が1人。
私は窓に一番近い奥のモフモフソファーの1人席に座った。
世はソーシャルディステェンス時代。
かつての開放的だった席は、律儀に1席ずつ分厚いモフモフソファーに左右背面すら囲まれていた。
想像してみてほしい。
左右背面、そして尻がモフモフソファーに守られているのだ。
超気持ちいい。私は胎児か?
もう一度言おう。超気持ちいい。私は胎児か?

個人スペースを母なる大地(?)に完全に守られた私は意気揚々とホットカフェオレとミント強めのシーシャを注文。備え付けの膝掛けまである。
母なる大地a.k.a新幹線のグランクラスである快適スペースは最早小さな我が家であった。

我が家にカフェオレとシーシャが届くまでのあいだ、SNSを開いた。
ご機嫌な私はTwitterに「花粉症かもしれぬ」というたったそれだけのことを王様ランキングのボッジ(可愛い)の画像と共に呟き、インスタグラムも一通り循環。そうだ友達からラインも来てたっけ!
と、まあ作業と全く関係のない事をしているうちに我が家(席)にカフェオレとシーシャがやってきた。
※説明しよう!シーシャは基本一席に一台つくよ!(店による)笛を吹いたら蛇が出てきそうな見た目をしているよ!(店による)気になる人は検索してみよう!※

一旦iPhoneを置き、カフェオレを一口。そしてシーシャを一吸い。
これだ。完全体とはこのことだ。
生きてきた意味が"ここ"にある。
ホテル飯島、四丁目のアンナ、Bampuku_Kahuk、ヤコーズテルミヒト。
全てはこのためだったのか。
私は左右背面そして尻を「モフモフソファーfeat.母なる大地a.k.a新幹線のグランクラス時々我が家」に守られ、悠々自適に嗜好品をカラダに流し込んでいる。
心臓が鼓動している。息を吸っている。
お気づきだろうか。ラスト2文は当たり前のことを言っている。

超絶ご機嫌の獣と化した私はさてしゃーねえ作業してやるか!とiphoneを手にした。

スワイプ。

開かない。

スワイプ。

開かない。

オーケーオーケーここまでは予想通り。
何を隠そうここ数週間のあいだ既にiphoneは最高に絶不調だった。
iPhoneを操作していないのに勝手に動いてしまうことが多々あり、危うく一度も連絡を取ったことのない高校の同級生にド深夜に電話しそうになったり、一番最悪だったのは偉い人とのやり取りの最後に「www」をつけ相手を煽ってしまったりもした。
余裕でアウトなことをしてくれたかと思うとスッと何事もなかったかのように私の指に忠実に言うことを聞いたりもしたので、私は甘い期待から良い側面だけを見てなかなかiPhoneショップに行かなかった。
その時点で替えに行けよという正論は今は言わないでほしい。
面倒くさかったのだ。

そんなおてんばiPhoneちゃんと私の仲だから、今更動かなくたって驚きやしないさ。

カフェオレを一口、シーシャを一吸い。

軽く深呼吸をし再びスワイプ。

開かない。

ふーーーんなるほどおもしれーiPhone!

やってやろうじゃん?
私は親指、人差し指、中指、薬指、小指 ×2
考えうる全パターンでスワイプに挑んだ。
数学の問題で「10本指でスワイプするパターンは何種類あるか求めよ」という問題を出題しても今なら私に無許可で構わない。
しかし悲しくも微塵も変わらぬ液晶画面。

私はiPhoneに対し苛立っていた。寿命を迎えているiPhoneを騙し騙し使っていた私が悪いのだが、状況が状況だろう。
左右背面そして尻を完全に守られ膝掛けをしカフェオレとシーシャが手元にある、完全体の状態でさあ後は作業をするだけ!とiPhoneと私が飛び立つだけなのに。こんなにも皆にお膳立てをされて。お前は悔しくないのか。
なあiPhone、動かなくなるのは絶対に今じゃないだろう。

ここで一つの妙案が浮かぶ。充電してみたらどうだろうか。
可能性のあるものは全て試そう。

若々しい長髪の男性店員に充電器を借りる。
ちょっと待ってくださいねという言葉と同時に伸びてくる充電器。
おいおいこっちはちょっとも待ってやしないよ。
むしろ待たせてくれよ。
この世にシーシャ・ミシュランなるものがあるならばこの店は絶対に載るだろう。

すぐさまiPhoneに充電器を挿しスワイプするものの、やはり一切動かない。
ここまできたらヤケクソだとお手拭きで少し濡らした指でスワイプしたり、
何故かシーシャの煙をiPhoneに吹きかけたりもした。
極力目立たぬようにiPhoneをモフモフソファーにぶつけてみたりもした。
鈍い「ゴン」という音が響いただけだった。 

さっきから私だけが苛立っているが、思えばiPhoneも「上にスワイプしてロック解除」と、ずっと「解放して」とSOSを出しているのではないかと思えてきた。
iPhoneだってずっとスワイプされるのを待っているのだ。
iPhoneをスワイプする時、iPhoneもまたこちらにスワイプされたいのだ。

冷静さを取り戻してきた私は、諦めることにした。
たまにはiPhoneを手放し情報社会の海から陸に上がり、自分一人の世界に浸りなさいというiPhoneからの粋なプレゼントかもしれない。

私はリュックに入れっぱなしで読んでいなかった短編集を読んでみることにした。
最初こそiPhoneが気になってしまい話に集中できなかったが、あっという間に熱中した。
「うすうす知ってた」というタイトルの話はまるで私の心を見透かしているよう。そう、もう普通にiPhoneがおしまいなことはうすうす知ってた。
約40ページの「うすうす知ってた」を読み終わり、一息。

まあ別にね、もう別に期待はしてないけどね。一応ね。万が一ってことがあるからね。

iPhoneをスワイプ。

変わらぬ待ち受け画面。

友達から「タコピー大変だっピねえ!」とLINEが来ていた。

くそっ短編集飽きたな!!!!!!!

小説自体はとても面白い。しかし日常的に使えていたものが使えなくなっている違和感、足枷。どうも気持ち悪い!
この集中力の低下は結果さえも簡単に手に入るようになった情報社会の弊害だろうか?!!
もう何でもいいからiPhone使いたい!!!!
「タコピーも皆幸せになって欲しいっピ〜」って返信したい!!!
そもそも今日なんでシーシャ来たんだっけ?!
ああそうだ作業、作業をしに来たんだっピ!!
こんなことなら恥ずかしがらずmacを持ってくればよかったっピ!
オシャレ髭蓄え男性客がmacを弄っているっピ!!!
四つ葉のクローバーあげるから、そのmacから私のアカウントにログインさせてくれないっピかね?!!!!

もう。
小説を少し呼んだら帰ろう。
冷めつつあるカフェオレがなくなるまではいよう。
きっとこれも全てに意味がある。
この本に良曲のヒントが隠されているのかもしれない。

「うすうす知ってた」の次、「恋の棺」を読み始めた。

二行読んでまた戻り、一行読んでまた戻り。
やっぱり話に集中できない。
どうしたって宇禰と有二の恋路を応援できない。
iPhoneを応援したくなってしまう。
我慢できなくなった私は再びお手拭きで少し濡らした指でスワイプしたり、
シーシャの煙をiPhoneに吹きかけたり、なんかもう力いっぱいスワイプした。

と、このタイミングで店員さんが「炭替えますね〜」と参上。
※説明しよう!シーシャは定期的に炭を足すことで煙の量を調節してくれるよ!気になる人は検索してみよう!私も後で検索してみるっピ!※

iPhoneを力いっぱい擦っている姿を見られた私は、動揺のあまり小説を手にし読むふりをした。文字に目を落とし気付く。

小説逆に持ってるわ…

もうダメだ。店員さんがそんなこと気にしてないことくらい分かってる。
でもそうじゃないんだ。私の気持ちの問題なんだ。
窓から見える世界は薄水色になっていて、夜に着実に近付いていた。
そして変わらず私の左右背面、そして尻はモフモフソファーに守られていた。シーシャは炭を替えられ生き生きとしている。
macを弄っていたオシャレ髭蓄え男性客はいつの間にか退店し、カップルらしき客が1組来ていた。

この世界は進んでいる。
己の存在価値をそこに見出し、各々が成すべき事を全うしている。
アホ面こいてる間に、今日も世界は動いている。
帰ろう。帰って作業をしよう。そしてなるべく早くiPhoneを買いに行こう。

私は冷め切ったカフェオレを飲み干し、過去となったiPhoneを手にし店を後にした。




ご清聴ありがとうございました。
次回は「退店後5秒で尻強打〜アザ〜」
お楽しみに!

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