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親がいなくなってわかったこと

Day43 2024年9月15日(日)シンガポール時間9:30

まだぼんやりしか言葉にならないのだけれど、しいたけさんの下の記事を読んで、私はできることならお腹いっぱいのお付き合いがたくさんしたいなって欲を捨てきれられないことがあるなって思っています。

有料部分も拝読しまして、しいたけさんのおっしゃる腹六分目より八がいいなっとこ、年齢を経た人のとてもバランスが取れている感覚があるのではないかと受け取りました。

理屈ではそうわかるのだけれど、満腹がいいなって憧れている感じです。

親が亡くなって、親にだけ見せていた自分の行き場がなくなってしまったのかもしれないと思う時があります。”親にだけ見せていた自分”の自覚さえなかったのですが、もしかしたら、あの自分はとても安心していたのではないかしら?

素のままの私は、たくさん笑うし、たくさんおしゃべりをするから、ちょっと楽しいけど、ちょっと意地悪で、すぐにイライラする、身の回りがいつもごちゃごちゃでだらしのない、声のでかい人です。

その素のままを出すところがなくなっちゃったんだなって思います。どうしようもない私を受け止めてくれる人はいないかしら?

それはもちろんわたしの家族です。この前イラつくことがあって、発狂状態になり、半日ストライキをしました。とは言え、まだまだ出し足りない感じがあります。

その辺、こうやってnoteで書いてることはとてもいいことだと思います。書くことについてはもっと考えてみたいです。

感情的には、母も父も亡くなってしまったこと、悲しいです。でも、もう帰ってこないものね。

父も母もいなくなっちゃったけど、私にはたくさんの人が周りにいてくれます。人が嫌がらず、周りにいてくれるヒトになるように父と母が育ててくれたからだと思います。あとはDNAに刻まれた記憶のようなものが働いているからだと思います。私たちの体は運命的なDNA混合物です。なんとか抗わないで生きていきたいと思ったりしています。

こんな私でも母や父のように、、、そこまでは行かなくても満腹ぐらいの付き合いをしてくれる人が何人かでもいたら、嬉しいなって思います。


ご縁があってここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
今日も良い感じの一日になりますようにー

今日も貼っておきます。

変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。
変えるべきものを変える勇気を、
そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えてください。
God, give us grace to accept with serenity
the things that cannot be changed,
Courage to change the things
which should be changed,
and the Wisdom to distinguish
the one from the other.

ニーバーの祈り:Wikipedia


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Mo
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