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お守り工場で働いていた時の思い出

明けましておめでとうございます。
突然ですが、皆さんは、初詣には行っただろうか。

俺は、もうしばらく行ってない。でも今年はたまたま近場の神社に通りかかったのでチラッと寄った。それくらいだ。絵馬にはちいかわの絵を描いて飾ってきた。御守りは、買わずに帰ってきた。

御守り。
じつのことを言うと、俺は少し前まで御守り工場で働いてたんだ。御守り工場って、不思議に聞こえるだろうか?
でもまあ、まさか御守りひとつひとつを神主や巫女が作っている訳じゃないから、当然委託されている製造工場がある。
よく見れば、どれもこれも工業的なデザインしてるだろ。

元々働いていた工場は、もっと別の、フツーのノベルティとかの縫製やらやってるところだったが、大口の取引先の撤退に伴ってある時期から一気に貧窮するようになったんだ。ヒマになって良いな、とも思ったが、給料の支払いに事欠くことが出てきてからは困った。社長は仕事を貰うためにあっちこっち奔走するようになった。

で、その後ついに別の大口取引先が見つかった。それがとある神社だったんだ。
あんまり聞いたことのないところだったが、都市部の街中にある結構大きい神社だった。(寺か?よくわからないが、ともかくそういう雰囲気のところだ)
そこで売る御守りの製造をやることになったんだが、生地に刺繍して縫い合わせるだけだから、それほど難しい作業じゃない。俺らのとこのような町工場には打ってつけだ。その後、印刷機で出した小さい神符を中に入れる。
それまでは御守りの中身を開けたことは無かったが、御守りの中身には小さい紙が入ってるんだ。

御守りの製造は、想像してたよりスムーズに進んだ。
ウチの小さい工場で使ってる刺繡機はいっつもすぐに糸が絡まって厄介だったが、御守りを作り始めてからはトラブルなんてひとつも起こさなかった。
些細な幸運はそれから続いて起こるようになった。最初のうちは昼飯の弁当にアジフライが入るようになったとか、近所に美味いラーメン屋ができたとか、そういうレベルのことだったが、段々とハッキリとした幸運が多くなってきたんだ。

まず、宝くじ。ウチの工場では、みんな(5人くらい)で年末ジャンボを買うのが恒例になっていたが、なんと全員が当選したんだ。しかも、二人が3等に当選したんだ!100万だぜ。すごいよな。二人とも、全部飲み代に使ってた。
大体この時、みんな薄々と御守りのご利益なんじゃないかって思い始めてたと思う。

その後、羽振りが良くなってきたことも相まって、工場の従業員に次々に彼女ができ始めた。彼女というか、友達以上、恋人未満というか、ようするにセフレ関係みたいな女性を複数抱えたウロンな野郎も現れ始めた。
「昨日、例のペアーズの子に告白されたんだ。もうしょうがないから、付き合っちゃったよ~」だなんて、普段なら工員全員から袋叩きに遭いそうなセリフでさえ日常会話となった。

同僚のAは、通ってたキャバ嬢と付き合い始めて、Bはマチアプでヤリまくり。Cはよくわからんが、Dもマチアプだ。俺も数年連絡を取ってなかった幼馴染と偶然再会して、今夜また飲みに行く予定だ。

つまり、順風満帆だった。工場を取り巻く、何もかにも。
最初は半信半疑だったが、1年経つ頃にはもう皆慣れてしまって、すべて神社と御守りのご利益だと思うようになった。
だって、こちとら、1日に何百個も御守りを作ってんだから。
参拝者が御守りを一個買って、それでご利益を得るなら、直接発注されて毎日作り続けてる俺らなんて、一体どれほどのご利益を浴びまくってるのか。
たぶんガンジス川みたいな感じだ。もう全身、ご利益まみれや。と思った。

そのうち、もっと沢山のご利益を受けられるようにって言って、みんなその神社の高額な祈祷まで受けるようになった。まあでも、本当に高額なコースは青天井だから、工場の給料で得られるギリギリのラインではあったが。

そんなある日、事件が起こった。
その日も朝から御守りを作りまくって、昼にアジフライ入り弁当を食いながら食堂のテレビを見ていたら、ニュースに速報が入った。

「○○神社、詐欺の容疑で逮捕」

報道内容に耳を疑った。いつもの神社が捕まってるじゃねえか!
さすがに嘘だろと思ってネットで調べてみたが、調べれば調べるほどに、神社に対する黒い噂が出てきて、一気に信憑性を帯びてきた。
実はその神社自体は金で買われた宗教法人で、購入者は一族郎党前科ありまくりの筋金入りの裏社会の人間で、霊感商法で信者から金を集める闇ビジネスの常習犯であるという。
工場内にその情報が伝わると、騒然とした。

Cが、震える声で「つまり、あの御守り、全然効力なかったってことか?」って言って、みんな、言葉が詰まった。
「本当に、全部、全部偶然だったってことじゃねえか…」

この一年あまりの自分達の浮かれ具合を思い出したら、背筋が凍るような感じがした。誰も目の前の現実を受け入れられないようだった。え?彼女は?宝くじは?…浮かれすぎてた。

社長がゆっくりと、ため息をついた。そのため息が、今までの希望と喜びをすべて吹き飛ばしていくように感じられた。
「また取引先見つけないとな…」

その後、工場は仕事が無くなって潰れた。
保険金が出たから、食い詰めることは無かったが、まあ、社長は可哀相だったと思う。

神社は良い。信仰も良い。ご利益も、きっとある。
でも、あれ以来おれはイマイチ参拝する熱意を失った。
特に、お守りは見たくもない。


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