遺伝という言葉
「◯◯さん、くせ毛?」「そうなの、おかあさんもくせ毛なんだ」「そうなんだ、遺伝だね」
この会話の中の「遺伝」という言葉には2つの意味が隠れています。
親から子供にくせ毛の原因となるゲノムが「遺伝」する、この「親から子へ伝わる」ことを「継承」といいます。遺伝には「継承」という解釈が含まれます。もう1つは何でしょうか。
もし、世の中すべての人がくせ毛だとしたら「くせ毛が遺伝する」という言葉を使うことはないでしょう。直毛の人もいれば、くせ毛の人もいる(ちなみにわたしはくせ毛)、くせ毛にもいろいろなパターンがあるかもしれません。これを「多様性」と呼び、遺伝に含まれるもう1つの解釈です。
遺伝は英語でgeneticsと表しますが、geneticsという単語はベートソンという遺伝学者が作りました。1905年にベートソンは「生物の多様性を説明するには、親から子どもへの情報の継承という概念も考えなければいけない。その新しい概念を"genetics"と名付けたい」と友人へ宛てた手紙に記しました。ちなみに日本で一般の人が遺伝という言葉に触れたのは、夏目漱石著「趣味の遺伝」かもしれません。1906年に出版された本であることを考えると、ベートソンの"genetics"とは解釈が違うかもしれません。この本の中に「メンデリズム」という言葉がでてきます、これはメンデルの法則をさしており、夏目漱石の中では継承のイメージが大きかったかもしれません。ちなみに夏目漱石は1900年初頭に英国へ留学しており、そのころメンデルの法則で盛り上がっていた科学界でしたから、夏目漱石の耳にも入ったのかもしれませんね。これを本の中でサラっと使うあたり、素敵です。
「継承」と「多様性」、この2つの視点で遺伝をとらえると、なにか新しいことが見えてくるかもしれませんね。