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呪縛を解いてくれる存在



人は唐突に救われることがある。
それも何年も前のことを、予想もしていないところから。


We don't need to worry
'Cause when we fall we know how to land

僕たちは心配なんていらない
落ちてもどう着陸すればいいか知っているから


7月9日、BTSはシングルCD「Butter」の収録曲「Permission to Dance」のMVを公開した。軽快で楽しいポップな曲調に「踊ろう!」と手を差し伸べてくれる優しい歌詞。ミュージカルのようで見ていてワクワクして心躍りとにかく楽しいのに、少し切なくなるような、いつか来る日を「少しでも早く」と願ってしまうような、そんなMV。

冒頭の引用は歌詞の一節だ。
PtDの作詞作曲はエド・シーラン。作詞にBTSが参加したという情報はないけども、この一節に覚えのあるARMYは多いと思う。


墜落と着陸


2021年3月24日、韓国の「You Quiz on the Block(ユクイズ)」という番組にBTSが出演した。彼らがバラエティ番組に出演するのはとても久しぶりで、Twitterは大いに盛り上がっていた。

ユクイズでは彼らが楽しそうに歌い笑う姿がたくさん見られたが、それだけではなくメンバーの様々な本音も聞くことができた。練習生時代の辛いエピソード、大きな業績や国に貢献したかのように言われるプレッシャー。今七人が笑顔で一緒にいてくれることに感謝をしたくなる、胸が痛くなるエピソードが多かった。

その中でSUGAの言葉に私の心はざわついた。

歌手人生で全盛期が過ぎて公演規模が小さくなっていく歌手達をたくさん見てきました。それによって人々から批難と嘲笑を受けながら仕事を続けていくくらいなら…そのまま辞められるときに辞めるのが遥かにマシだって昔から思っていたんです。

最後までちゃんと降りてくる瞬間までもずっと舞台にいられたらいいなと思います。それが上手く降りてくることなんだと。以前は5万人規模から五千人、二千人ってなっていったら耐えられるだろうか、悲しいんじゃないかって思ったけど、残ってくださっている皆さんのための…僕らの着陸だと思います。

以前他のインタビューでもSUGAは「墜落ではなく着陸を」と話していた。

しかしSUGAは『MAP OF THE SOUL : 7』に収録されている“Interlude : Shadow”という曲の中でこう歌っている。

두려워 높게 나는 게 난 무섭지
怖い 高く飛ぶのが俺は怖いんだ

아무도 말 안 해줬잖아
誰も言ってくれなかったじゃないか

여기가 얼마나 외로운지 말야
ここがどれだけ寂しいのかってことを

나의 도약은 추락이 될 수 있단 걸
俺の飛躍は墜落になり得るってことを


高く飛ぶこと墜落することを恐れ全盛期に華々しくキャリアを終えることが楽だという彼の考えは、数が少なくなろうともファンがいる限りは舞台に立って安全に着陸できたらいいと変化した。

高い地位に登り詰めることによる賞賛の声や羨望の眼差しが彼に与える不安や恐怖はどれほどだっただろう。そんな中でもたくさん苦悩しながら、自分たちの着陸の仕方、つまり終わりの瞬間について答えを導き出した。そして導き出された答えは私たちファンが1番嬉しいものだ。
一緒に着陸を目指すメンバー、そしてそれを見守るファンへの信頼が彼を変えたのだろうか。


彼らが抱えるものの大きさと比べ物にはならないが、私には墜落する前に逃げ出した記憶があって、その記憶は呪縛となって何年経ってもふとした時に心に影を落とす。

ここから書くことは長い自分語りだ。親や友人、前職の上司・同僚、誰にも全てを明かしたことはない。私という人間に、失望されたくなかったから。



私は運が良い。

幼い頃から漫画やドラマの影響で「キャリアウーマン」と言うものに漠然とした憧れを持っていた私は、大きな企業に総合職として入社した。会社を支える事業部に配属され、そこでは数年ぶりの新人だったこともあり上司や先輩からは大層可愛がられた。私より上の先輩となると一気に歳が離れてしまうため私の後に入社した後輩たちからも頼りにされ慕ってもらっていた。

大きな会社に総合職として入社できたのも可愛がられる位置につけたのも全部「たまたま」だ。自分の努力で得たものは一つもない。


私は頭がいいわけでも専門知識があるわけでもないが、要領がいい。業務に関しても人間関係に関してもそうだ。自分に求められている立ち回りは理解している。“組織”にとって重宝される人材であったとは思う。

上司や同僚、そして顧客が持っている「私への期待値」が高いことには薄々気づいていた。周りに褒められるたび、仕事のハードルが高くなるたび、怖くてたまらなかった。なぜなら私は「仕事ができるフリ」を上に塗り固めただけのハリボテ。中身は空っぽだったから。

私だけが知っている。私は頭も良くなければ向上心があるわけでもない。自信なんか皆無でみんなの期待に応えられる人間ではない、と。



ある日突然、花形部署のグループリーダーが一身上の都合により異動となった。
異動となった人はとても頭が良くて仕事ができ、上司や部下からの信頼が厚い人だった。当時他部署に在籍していた私は「彼の後任につく人は大変だなあ…」なんて本当に突然起こったその騒動を深夜のオフィスでぼんやりと眺めていた。

人ごとだったはずなのに、後任に選ばれたのは私。その時「私への期待値」は自分で想像していたよりも遥かに高いものだということに気づいた。

いつの間にハリボテの機体でこんなに高いところまで飛んでしまったのだろう。とてもとても怖くなった。でも断るという選択肢はない。なぜなら私はずっと「できる女」を演じていたから。


そこから数年、とにかく頑張った。「仕事ができる女のフリ」をだ。

自分への期待値が自分の意図しないところでどんどんと上がっていく。それは直接的な賛辞もそうだが、給与や賞与の評価でもはっきりと見てとれた。期待値が上がるのと比例するように、いつも頭の隅っこにいた「いつか堕ちてハリボテが露見する」という思いがじわじわと広がっていく。その事に気づいた時、「惜しまれるうちに辞めよう」とあっさり退職を決意した。仕事自体や人間関係が嫌になったわけじゃない。ただただ自分の見栄の為だ。「期待に答える人間になれるように努力しよう」と思うよりも先に「逃げ出してしまおう」と思うあたり、やっぱり中身が空っぽだ。


失望されたくなかった。
墜落してボロボロになってハリボテの骨組みが丸見えになった自分を誰にも見られたくなかった。「この程度の人間だったのか」と笑われるのが怖かった。分不相応な場所まで飛び上がってしまったのは自分の見栄と狡さのせいなのに、一刻も早くできる女の記憶のままにみんなの前から去りたかった。


周りの説得には時間を要したが、思惑通り惜しまれながら退職した。
誰も私を逃げたとは思っていないはずだ。ずるい私は退職理由さえうまく取り繕ったから。


今の生活には満足している。
身も心も削るように平気で終電まで働いたり、夢中になりすぎて終電を逃して会議室の椅子で寝て始発を迎えたり、同僚と生産性のない愚痴を吐き散らしながら連日飲み明かしたり…“辛いのに楽しい“そんな経験は二度とできないだろう。見栄の為に失ったものは多い。年収も半分近く低くなった。それでも満足だ。とても身の丈に合った生活をしていると思うから。



それなのに。
満足しているはずなのに「逃げた」という記憶が心の隅っこを支配している。一生“自らかけてしまった呪い”に囚われて、ふとした瞬間に思い出しては元々少ない自尊心が削られるのは、絶望というには大袈裟だけど小さな恐怖ではあった。
ずっとずっと私は空っぽのままなのだと、そう思っていた。




でも私はやっぱり運がいい。

何年も経ってから唐突に、呪縛を解き放ってくれる人たちに出会えたのだから。同じように墜落を恐れていたはずの人が、自信をつけ高く高く飛んでいる姿を見せてもらえるのだから。そこに「答え」が存在しているのだから。

私は今更「逃げた記憶」を「逃げなかった記憶」にするためにもう一度やり直すことはできない。それをするためには少し時間が経ちすぎた。けど私はBTSからラブマイセルフを学んでいる最中だ。少しだけ過去の自分に優しくしてみたい。



自分に厳しいことと自分を卑下することは別物。
そして過小評価と謙遜もまた別物だ。

頑張って出した成果や頂いた評価は自分自身が1番に認めてあげなければいけない。誰でも選ばれるわけじゃない、滅多にできない経験だってたくさんさせてもらったじゃないか。仕事を頑張ったことは確かだし運だって実力のうちかもしれない。

退職して数年経っても変わらず仲良くしてくれる上司や同僚の言葉にきっと嘘はなかった。社交辞令と本気の賞賛を見抜けないほど馬鹿ではない。
ただ私がその賞賛をまっすぐに受け入れられなかっただけ。

退職する際に貰ったアルバムには「集めるの苦労しただろうな」と思うほど多くの人たちが書いてくれたメッセージが貼られていて、私にはもったいないほどの言葉で溢れていた。もうその事実だけでいいじゃないか。私はたくさんの人たちと関わって素敵な言葉をかけてもらえる人間になれていた。ただそんな自分に自分で気づかなかっただけ。




BTSは2021年6月13日に8周年を迎え、9年目を歩んでいる。
私は9年目を迎えられなかった人間だ。だから純粋に丸8年同じメンバーで同じものに向かって努力し走り続けている彼らを尊敬する。

7人の存在が、私が自らにかけてしまった呪いを解いてくれる。

さあ 僕がみせてあげよう
僕たちが火種を絶やさず 燃やし続けられることを

見せて欲しい。最後の着陸の瞬間まで。
私がなりたかった姿の結末を教えて欲しい。

ARMYの存在が、彼らが何の衝撃もなく降りたてる優しくて柔らかな着地点であって欲しいから、私は私で空っぽの自分を埋める努力をしよう。

過去の自分を認めつつ、これからの自分を作っていく。
私にとって簡単なことではないけどきっとできる。
だって呪縛は解き放たれたのだから。




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