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「欲しいものは胆力」武士道に憧れた少年が自分を叱咤激励しながら切り開いてきた人生の話 ---星野 誠さん---

株式会社銀河ヒッチハイカーズ社長・誠眼鏡店オーナー社長のまこっちゃんこと星野誠さんは、神奈川県座間市で生まれ育った。兄弟は妹さんが一人。子どものころは、運動はなにやってもそこそこできるが、チームプレーの運動は大っ嫌い、そんなタイプだった。ご両親の愛情を一身に受けてすくすく育ったまこっちゃん。小学校では「ほしいものは何か」という質問に「胆力」と答えるような子どもだったという。

「うちの父がバーン!ドカーンみたいな派手でわかりやすいハリウッド映画が大好きでよく『ダイハード』みたいな映画を見てたんです。
それを横目で見ていて、『うーん! そっか! 主人公ってのは、極限状態にいるのにユーモアを絶やさず危機を乗り越えていけないとダメなんだ!自分もあんなふうになりたいな〜』とあこがれてたんです。
あと、なぜかわからないですけれど、究極の漢になりたくて、ストイックに自分を高めていく武士道精神みたいなものにも強烈に惹かれてました。
戦国武将とかかっこいいなあって。」

――「ほしいものは胆力」って、なかなか珍しい小学生ですよね?

「そうですかねえ。どうなんでしょう。
一歩踏み出す勇気っていう点ではみんなほしいと思ってるんじゃないのかなあ。」

――大学の専攻はインド哲学ですよね? 胆力とか武士道とは真逆な感じもするんですけれども。

「中学の時に手塚治虫の『ブッダ』を読んで、あれもすごいなって思ったんです。
だってねえ、生きたまま自分の体を動物に食わせるとか、普通出来ないし。
自分でこうと決めたら、周りの誰が泣いても困ってもその通りにしちゃうんですよ。
王国の跡取りの一人息子の王子なのに、お妃もいてお腹に子どもがいても出家しちゃうし。
まじヤベエやつだなって。
修行僧という側面から見たら徹底してるけど、夫としての側面からみるとほんとダメなやつですよね。
だから羨望と嫌悪感の入り混じった感情を感じたのを覚えてます」

――なるほど確かにそうかも。そんなものに影響をうけてたということは、まこっちゃんも、そのころからストイックに自分を追い詰めるような生活をしてたんですか?

「いえ、中高、あと大学もかな、普通でした。
女の子にもてたいとか、彼女ほしいとか、仲間内での『アイツすげえ』っていうような評価を気にする普通の人でした。
人の目をすごく気にしてましたね。
胆力が欲しいとか、もっとこうなりたいっていう自分があるのに、そうなれなくてギャップに悩んでいる感じでした。」

――どの辺から変わってきたんですか?

「決定的にこれ、っていうのはよくわかんないんですけど、大学生の時にバックパッカーをやってたのは、最初のきっかけだったかなあ。」

――最初の海外はどこだったんですか?

「インドです。インド哲学科ですから。
やっぱり日本と真逆の世界を見てみたくて。
全然違うんですよね。
なんていうか、日本にいると、粋がってたらそれが通用しちゃうところがあるじゃないですか。
メッキでもばれないっていうか。
でも海外でピンチな状況に陥った時って、すぐにばれちゃうんですよね。
その人の本当の力量がすぐわかっちゃう。
足りない自分を突きつけられる。
最初インドに行って、180度違う価値観に触れて『俺は変わった‼』みたいに思っちゃって、帰国してから友達と遊ばなくなったんですよね。
『俺は世界を見てきた男だ、お前らモテるとかモテないとかどうでもいいことばっか言いやがって、そんな毎日つまんねーだろ』とか思っちゃって。
でもすぐに戻っちゃう(笑)。
海外に行かないと、すぐに、いつものコピペしたみたいな毎日に慣れて、自分も毎晩飲んで騒いで『モテたい』とか言ってるんですよね。
それが嫌で、お金が出来るとすぐに海外にふらっと出かけちゃってました。
自分が好きな海外は、一人で行く海外で、1人じゃないとダメ。友達と一緒じゃ絶対ダメ。全然楽しくない。
あっちに友達がいて会いに行くってのもダメ。
全然知らないところに一人で飛び込んでいくのがいいんです。
一人になって、心細くなったり寂しさを感じたりするのが楽しいんです」

――寂しさですか?

「寂しさっていうのとはちょっと違うのかもしれない。
あ、でもやっぱり寂しさなのかな。
日本にいるとたとえ表面的な付き合いでも人といるのは簡単じゃないですか? 
求めて一人になろうとしても、難しいところがあって。
日本にいて『心から寂しい!』なんて思うことなくないですか?
でも、海外って自分のことを知ってる人もいなくて周りにどれだけ人があふれてても一人でしょう? 
その寂しさがいいな、って。
うーん…いや、やっぱり寂しさという表現じゃないかな。
贅沢さっていうのかな。
不安とか孤独とか? 
うーん、どっちもぴったり来ないんですけど、頼れるものが自分しかいない心細さと闘いながら何かするのがいいんですよ。
日本だと、ぼーっとしてても生きていけるでしょう? 
究極、何もしなくても生きて行けちゃう。
でも、海外で乗ってたバスが落ちそうになったり、生死が危険な目にあったりすると、死ぬかもしれないし、だまされるかもしれないってなると、五感が研ぎ澄まされてくるんですよ。
というか、どうしても五感を研ぎ澄ませてないと、生きていられない。
その感じが心地よいというか、贅沢というか、それを常に感じていたかったんです。」

――まこっちゃんはよく、恐怖は悪くないっていうことを言うじゃないですか? 恐怖があるから挑戦もできるみたいな。それと同じ?

「そうそう、恐怖は大事です。
世界中で何か新しいことをしようとしてる人、切り開こうとしてる人って、みんなそうだと思います。
挑戦って怖いですよね。
『恐怖』っていうとネガティブだけど、『未知』ってわくわくするでしょ? 
誰も知らない、何が起きるかわからない、誰も行ったことないところってやっぱり、ワクワクも恐怖もあるんですよ。
それをどうしたらできるようになるかって考えて、アドレナリンバンバン出しながらあえて踏み込んでいく。
未知に突き動かされて進んでる人たちのその感じが好きなんです。
あえて踏み込んでいける人しか新天地はひらけないだろうし、成長できないと思う。
そういう人に憧れるんです。」

――大学生の時は、そんな風にバックパックに明け暮れていたんですよね。それからあとは?

就職して大黒屋っていういわゆる質屋のブランド部門の立ち上げに関わったりしてました。

――ブランド品に目が効く人だったの?

「いやあ、全然。
新入社員だったし会社の仕事自体よくわかってないのに、いきなり立候補したんですよ、ノリで。
で、ありがたいことに、その当時の大黒屋は懐が深くてですねえ、もう本当自分に好き勝手やらせてもらってですね。
たぶん何億か、下手したら何十億と損失出しちゃってたかも。
なんだかんだありましたけど、今は、ブランド買取は大黒屋の主力事業なってますね(笑)
ありがたや、ありがたや(笑)
あっ、安心してください、ちなみに今も大黒の会長とは仲良しですよ!!
こっちの一方的な勘違いかもしれないけど(笑)」

――(笑)、、、、、、、

「あっ、でもですね。
自分で言うのもなんですけど、集中力はある方だと思います。
短期的にズバー!!!みたいなことは向いてると思うんです。
けど、これだっ!て思わなくなっちゃうと、もう続かないんですよね。
だから、大黒屋もみそかっすみたいに超特殊ボジションで、本当よくしてくれて、まったく何の不満もなかったのに『あっ!!おれはこんなことしてる場合じゃない』って、ある日すぐにやめてしまった。
バックパックで世界で遊んでた時、安いけど、世界中に気持ちのよいホテルがあって、そんなホテルでの時間の進み方というか、空間の淀みっていうか、そんなのが最高だったんですよ。
で、『あ!!やっぱり、自分も絶対こういうのやりたいな』って思って!!
『会長!おれ、ホテル作るんで辞めます』って。」

――コネはあったの?

「なんにも。
基本飛び込みですね(笑)
求められてなくても(笑)
ホテルってですね、色々な業者の人が出入りしてるから、裏口から堂々と入ると結構入れるんですよ。
で、人事の方捕まえて『ただでもいいから働かせてくれ!!おれはホテル作りたい!!掃除からでいいから』って何度も何度も。
でも、最初のホテルは、ちなみにグランドハイアット福岡だったんですけど、『うちは客室数がものすごく多くて、君がやりたいような客室6部屋ぐらいなコージーなホテルとは全然違う』って。
で最終的に納得して、たまたま町を自転車で走ってて発見した別のホテルで、まったくおんなじことしたら、そこが、雇ってくれたんです。
僕はやるからには全部の仕事を覚えたかったので、裏も表も全部教えてくださいってお願いしたら、ここも本当に良いホテルで全てやらせてもらいました。
ものすごくいいホテルです。
あっ、ちなみにここは福岡のウィズザスタイルっていいます。
で、その時、8か月ほど毎日のように働いて結局分かったのは『僕はホテルに泊まる人で、ホテルをやる人じゃないな』ってことでした(笑)
あっ、でもそれはあくまでもその時思ったことで、今はやっぱり自分のホテル持ちたいし絶対作ろうとは思ってますよ」

――なるほど、やってみてわかったことなんですね。

「そうですねえ。
僕はなんでもやってみないとわからないと思ってとりあえずやりたいことは片端から実行してるんです。だから、ほんとに遠回りの人生というか、無駄が多いように周りからは見えるようです。
でも、よく時間が戻せるとしたらいつに戻りたい?みたいな質問ってあると思うんですけど、僕は戻りたい時間はないです。
自分の人生、無駄に無駄を重ねてきた人生ですけど、もっとうまくやれたのにって言われてみれば、そりゃそうかもしれないけど、そういう無駄がないと今がないというか。
だから、『過去で何か後悔することはありますか?』という質問にも、いつも特になしって答えます」

――えっ?一つも?ほんとうに?

「うん、そうですね。
うまくいかなくて悔しいことがあって、幾晩も眠れなかったとするじゃないですか? 
でも、その悔しさって後で考えると、ニンマリしちゃうんですよね。
もちろん渦中はただ辛いだけですよ。
『なんでこんなことに!!』みたいなことだらけですよ。
『悔しさをばねに次のことを!!』みたいなのともちょっと違って、失敗、成功という括りからして、なんか違うっていうか。
わかります? わからない?(笑)
あ、そうそう、SF映画とかで、失敗もすべて事前回避されて、痛みもすべて事前回避されてすべて管理されている世界はじつは地獄のようで、そこにレジスタンスとして、憎しみも喜びも抱えた旧タイプ人間臭い奴らが挑んでいくという映画とかあるじゃないですか。
そんな感じです。
失敗、後悔、裏返すとそれこそ人生というか。
わかります?やっぱわからない?(笑)」

――うーん、わかるようなわからないような(笑)

「そう僕、登山にも挑戦してきたんですが(七大陸最高峰踏破を達成しています)、下界にいると、割とそういう『失敗OR成功か』みたいな人ばかりで、そういう人って次の一歩を踏み出せない方が多いんですけど、8000級の山に行っちゃうと、来てるのはそういうタイプじゃないんです。
『失敗OR成功か』じゃなくて『失敗=成功』、中国の陰陽じゃないけど、表裏一体で『まあそういう面もあるよね!』みたいな。
で、やたらと前向きで明るくて、失敗とか成功っていう考え自体がない。
まあ簡単にいうと、変態で変化に強い、変化に柔軟。
『あれ?さっきまで黒って言っていたのに次の瞬間、いや白だし!』みたいな(笑)。
その川の流れのような、いくらでも柔軟に形をかえていく点においてストイックで胆が座ってる人たちっていうか(笑)。
凝り固まってない。
ぜんぜん凝り固まってない。
凝り固まってないから、恐怖に負けて一歩が踏み出せないってことがないんですね。
魅力的ですよ、本当にそういう人たちは。
世界の人種を初めて超えた気がしましたね。
僕は今までバックパックで何十カ国も遊んできたけど、そういう方にあったのは、やっぱりエベレストが初めてでした。
だから、極限にいけばいくほど、気づくと周りは変幻自在の宇宙人みたいな、いわゆる馬鹿ばかりになってしまいました(笑)」

――まこっちゃんは、究極の目標は火星に行くことでしょう?そういういつ死ぬかもわからないことを目標に掲げている人生において、家族とか子どもって足かせにならないんですか?

「これも結構よくいわれるんですけれど、じつは僕35歳までは結婚しないって周りにも言いふらしてたんですよ。
『一人前にならないうちに結婚なんてできないから、35までは一人でいるっ、俺は結婚しねえぞおお!!!』て。
でも、ちょっとある時気付いちゃったんですよね。
『あれ? 35まで一人でいたら一人前になれるって、いったい誰がきめたんだ?』って。
むしろ絶対そうじゃないでしょと思って。
よく、『お金がたまったら事業を始めよう』とか「周りの人が全員認めてくれたら脱サラしよう」とか、自分の行動に制限つける人っているでしょう?
『〇〇できたら』って言ってる時点で、もうその人は一生できないですね。
これはまず間違いないです(笑)。
個人的には、『また飲みましょうね』っていう小慣れた美女との軽い口約束と同じくらい起こりえないことだと思ってます。
僕はそういうのが大嫌いで、自分は絶対しないぞ、って思ってたし、周りにも言い張ってたつもりだったんですけど、よく考えたら『35歳までに一人前になって結婚する』って言ってる時点で条件つけてますよね。
『あ、これってめっちゃダサいやんっ!!』って思って、すぐ結婚しました(笑)。
すぐね。
それまで2年半ほど彼女すらいなかったんですけど、やっぱりイケメンだし本気になると早いんですよね、僕できる男なんで(笑)。
とにかく、一人前になったら結婚するんじゃなくて、結婚しながら一人前を目指そうと切り替えたんです。
結果的にこれは、大成功でした。
めちゃめちゃ綺麗な200%タイプの奥さんと会えたしね、今やもうこの少子化の時代に逆流して、サカちゃって盛っちゃって子供も4人もいるし(笑)。
で、やっぱり思うんですけど、背負う者や責任があって初めて人は一人前になれるのだと思いました。
まあ、今まだぜんぜん始まったばかりで道半ばというかスタート地点ではあるんですけど(笑)。 
とにかく山に行っても、どこにいっても、大事なものがあると馬力が出るんです。
絶対帰らなきゃいけない理由があると頑張れる。
だから、家族がいて出る馬力と、ひとりものの馬力はぜったい違いますよ!
冒険家でも事業家でも、僕にとって家族はパワーの源だし、絶対手放しちゃいけないと思ってます。」

――そうはいっても、奥様すっごく大変そうですよね?

「はい、そりゃあね。
もう大変でしょう。
実際奥さんのほうが何十倍も大変ですよ。
勝手にどっかいくほうって楽なんですよ。
勝手に自分のやりたいことやって『おっ死んでも本望だ!』みたいなね。
我ながら『本当くそだな!』って思います。
でも、また行っちゃうんだけど。
まあ、話戻って、奥様は実際大変だし、うち結婚11年目になるんですけど、何度か『まじ無理!!!』って危機的な状況もあったらしいんですけど(奥さん談)でも、最後には完璧に幸せにするから、長いスパンで考えてくれないかって話してます。
死ぬまでの人生のスパンで見てくれたら、まじで、世界の誰にも負けないぐらい『本当にあなたといれてなんだかんだよかったわ!』って、岡本太郎さんの奥様みたいな心境にするからっ、だからオス犬の去勢だけはしないでくれって。」

――そういえば、まこっちゃんはどこの山に登った時も「百合子愛してる」っていう旗を持って登りますもんね。

「ああ、はい。
あれは、じつは自分に対して言ってるというか、見せてるところもあります。」

――どういうことですか?

「愛情表現も、筋トレみたいなものだと思ってて、言わずにいるとどんどん衰えるんですよ。
だから、もう毎日毎日、毎朝、毎晩、奥さんに『可愛いね!!! ほんと可愛いっ!!!』って言い続けなきゃダメです。
これ本当ですよ!
これめっちゃ真理言ってると思う。
これだけで、何千万のセミナーいずれやりたいと思ってるぐらいまじ真理だと思う。
話戻ると、僕は家族を最優先にするという生き方を選んだ以上、その家族に愛情を伝えることは義務というか、いつもいつも自分に『これこそが大事!!』て刷り込む、思い込ませることが大事だと思ってます。
世のパパに言いたい!!
『最初は湧き上がる感情じゃなくてもいいのだよ!!習慣にしてしまえ!!』と。
好きとか嫌いとかっていう感情は、人間だから、もちろんその日の気分に左右されますよね。
でもそれでも、この家族を大事にする、一生奥様を愛すると誓った以上は、毎日毎日奥様に『可愛いね!!!まじ可愛い!!』って言って、何度ぶったたかれようが、何度『キモいっ!!!まじムリ!!!』って言われようが、愛情を表現して自分に刻み付けることが大事なんです。
で、結果本当にその気持ちって持続するし、奥さんもどんどん綺麗になって、本当に愛らしくなってきますよ。
僕は11年前より奥さんを愛してる自信があります。
えっへん。
そう、世間の人たち、とくにパパどもは愛情表現をしなさすぎ。
これは間違いない。
まあでも、これって、僕の中のプライオリティが『家族第一! 奥様生涯ラブ!!』と決めてるからやってることで、そうじゃない人はそうじゃないものを大事にすればよくて、その方法を自分で考えたらいいと思います。
あくまで僕のやり方です(笑)。
でも僕が奥様を愛し続けて70歳になった時セミナーやりますよ。
超貴重なノウハウだから、その時やるとしたら参加費は2時間の講演で1人1000万ぐらいかな(笑)」

――なるほど、自分で決めたことを実現するための手段としてやってるって感じなんですね。

「そうです、そうです。
自分に信じ込ませる。
ほかにも例えば僕は、昔から『武士道のストイックに自分を極めようとするところや胆力のある人がかっこいい』と思っているから、そのあこがれに沿って『恐怖を感じる場面でこそ飄々と一歩が出せる』そこを目標にしているわけです。
だから、人から見ると無謀な挑戦を繰り返しているんですが、それは僕がそういう人生を選んで『一歩を踏み出す人間になること』を大事にしているからであって、世の中の全員が同じことを目指す必要はないんですよね。
家族優先でマイホームパパで会社の仕事にやりがいと満足を感じているなら、わざわざ僕みたいに生きる必要はないんですよ。
漫画でちびまる子ちゃんっているじゃないですか。
『やっぱり冬はこたつにミカンだね〜えええ〜っ』てそこで心底幸せを感じられるまるちゃんこそ究極の人生の達人だと思ってます」

――そりゃそうですよね。じゃあ、まこっちゃんは、まこっちゃんの子どもたちがまこっちゃんみたいに生きたいと言い出したら止めますか?逆にまるちゃんみたいに生きたいといったら止めますか?

「自分みたいにと言ったらいつも止めません、むしろ、こう生きろといつも言ってます。(笑) 
まるちゃんみたいに生きたいっていったら、お前はまだそんな達観しなくてもいいだろお〜、もったいないんじゃないって言っちゃうかもですね」

――え?(笑)

「いや、だって、こういうアドレナリンがバンバン出る生き方をしてる方が楽しいに決まってるじゃないですか。
時々僕のところにも、教えを請いに来る人がいたりするんですけど、僕は大人ってそんな簡単に変わらないと思ってるんです。
30年も40年も続けて来た考え方が、ちょっと人の話を聞いたくらいで変わるわけない。
大人はもう凝り固まっちゃってるんで、変われるとすれば九死に一生を得る場面に遭遇するとか、そこまでインパクトのある出来事に出会わないと変われないと思います。
でも子どもの場合はまだ柔らかいから変われますよね。
親が楽しそうに生きてるのを見てるわけですから、面白い生き方を選べると思う。
そういう世界にいればそれが普通になって、そういった考えも普通になると思う。
先日もある女子高生が南極に行くアニメを見てたんですけど、アニメの中では『女子高生が南極なんていけるわけない!!』みたいな流れになってるんですけど、うちは僕も実際南極行ってるし『あれパパ南極いったよね?』『うん、いけるよ』で終わっちゃいます。
最初から世界を変えるって思いはないんですけど、まずはうちの子たちが僕みたいになれば、そこから子ども社会に波及していって子どもから世界が変わっていったらいいなと、そんな風には思ってます。
僕は子どもに対しては、唯一『自分に自分で限界なんて絶対に作るな、それだけは絶対するな』って思ってます。
まあ、まずは自分の周りからですね」

――ってことは、まこっちゃんは「安定」が嫌いなんですか?

「嫌いっていうか…うーん。
例えば、昔ネットで有名になった話でこんなのがあるじゃないですか? 
『無人島に住む漁師が、お金を稼いでバンバン働いて、大成功して、大金持ちの実業家になって、で結局その漁師はリタイアして自分が一人で静かに釣りができる無人島を買った』みたいなやつ。
最終的には、僕も安定を目指してるのかもしれないけどそれは全部やってみてからなんですよ。
世の中を知らないうちに知った風なことは言いたくない。
例えば『学歴なんてあっても仕方ないって、言える人は学歴がある人』『お金がすべてじゃないって、言える人はお金持ち』だとすると、あらゆることを経験しないで、あれこれ言うのってダサいじゃないですか? 
少なくとも僕は全部を経験してから、実はこれが大事だったんだな、って安定を選ぶ方がかっこいいと思うし、それが僕が僕の人生に求める楽しさなんです。
何もしないうちに、がちゃがちゃ言ってるやつはなんとなく嫌。
それだけ。
宇宙や太陽系を一周して戻ってきてから、ああ面白かった、でもやっぱり地元の『やきとん赤尾』が一番だな、みたいに言えるのが理想です。
あとは、おじいちゃんになって、子どもから石とか投げられたい。
『ホラ吹きじじいいいいいっ!!!』って。
で、お母さんに『ダメよ。ダメ』とか言われながら子ども達が帰っていく。
そこから荒くれだけど、超才能ある子どもを見出して、世界に、銀河連邦まで連れ出す!みたいのが理想です(笑)。
もしかしたらそれがやりたくて人生生きているのかもしれない。
そういうやり方が僕が僕の人生というゲームを楽しむやり方です。」

――もう、あらゆることがかっこいいですね。そうやって行動至上主義というか、とにかくまず行動っていうことを大事にしていると、どんな場面でも行動できるようになっていくものですか?

「それがですね、そうでもないんですよ。
やればやるほど『行動』のハードルが上がるので。
例えば、僕がエベレストに登った後で富士山に登っても、それって今や僕にとっては現実であって、できちゃうことだから一歩を踏み出すとう醍醐味が薄いじゃないですか? 
普通のことですよね。
海外に行ったことがない人がいきなりインドネシアで会社を作るとなったら、それはもうすごい色々考えたり、必死になったりすることかもしれないけど、例えばインドネシアですでに会社経営してる人がインドネシア行ったって、もうそこはすでに現実。
それって別に『行動』とは言えないんですよね、日常のことになっちゃってるから。
そういう意味では新しいチャレンジはどんどん過激で過酷になっていきますから、自分を満足させる一歩を踏み出すのが経験に比例して大変になっていきます。
でもそこはいつまでも止まらないようにしたい。
More and Moreでいつまでいきたい。
いつでもなんにでも目隠しして両手縛られてでも飛び込んでいけるようになっていたい。
だから、毎日筋トレするみたいに、何か新しいことをしなきゃっていうのを自分に課してます。
とはいえ、かっこいいことはいったものの、結構何にもできてない時のほうが多いんですけどね(笑)。
なので、自分の場合は、定期的に無理やり崖から突き落として飛び込まないとダメですね。
今まで、あんな一歩を踏み出したんだし、みたいのまったく意味なくて。
鈍ると一歩って本当簡単に出なくなるんですよ。」
僕、人に見せない日記をもう三十年くらい続けているんですが、たまに見返してみると、だいたい通常の日は『うわあああああああああああああああああ今日もあっという間に1日がすぎた、何やったかまったく覚えてねえ』って書いてあるか、『くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそ、このクソ野郎が』って停滞してる自分に対して怒ってます。
で、自分の日記で結構充実してる時は、海外に向かう飛行機の中とか、どっかの海外のカフェだったり、どっかの移動の最中だったり、その時は「なんて美しい夕日だ」とか、感動してる。
でやっぱり怒る『こんな恵まれた状況なのに、なんでお前は停滞してやがるんだ!』って。
その繰り返しです。
行動できない自分、常に理想から遠いところでうろうろしている自分に対して悔しさが常にある。
なんでできないんだ、しっかりしろ、って常に。
で、そういうギャップに苦しんで、もう何やってんだよ、っていうフラストレーションがたまりにたまって爆発すると、いきなり行動してますね。
だいたい3年で兆候があって5年ぶりに爆発していくっていうパターン。
だから、未来のなりたい自分と比べた今の自分の足りなさ・ふがいなさに対してはバンバン怒るし、煽ります。
そういえば、そうやって生きてますね。
いつも怒ってるのかな自分に。
いま気付いたけど(笑)」

――おお!かっこいい! ところで、まこっちゃんは、心理学とかは好きですか?

「フロイトとか、ユングとかは読みましたね。
ソフィーの世界なんかも面白かった。
哲学っぽい話が好きなので割と読んでるほうじゃないかな。」

――そこまでベーシックな学問的な話じゃなくて、今って、心の時代と言われて巷に〇〇心理学みたいなものがたくさん流行ってるでしょう? そういうところでは「まずは自分に優しく」っていうのをとにかく言うじゃないですか? まこっちゃんみたいに、自分を『このクソめ!』っていじめているのって、そういう観点から見るとどうなるんだろう、と思って。

「ああ、そういうことですか! 
それはですね。
自分に優しくって言うのは、要は自分を好きになるためじゃないですか。
僕、自分のことはすっごい好きなんですよ。
ナルシストだと思うし。
さっきも言いましたが、自分がしてきたことで後悔したり、自分を責めてることって一つもないんです。
だから、そういう点ではもう、自己受容しまくりなんですよね。
どうして自己受容が大事かっていうと、自分を責めてる自分がいる限り行動に支障が出るからじゃないですか。
何かしようと思っても『お前にできるわけない』って否定してくる自分が自分の中にいたら、そりゃ何もできませんよね。
そういう意味では僕は、前提として『自己受容が大事』ってのはすごくわかるんです。
過去の自分については、完全に肯定してます。
何もダメなところはなかったと思ってる。
ただ、未来の自分、なりたい自分から見るとやっぱり、今の自分は足りないなと思うので、それに対しては叱咤激励しますよね。
『お前のここが足りないんだよ、もっとやれよ。できないのは悔しいだろう?』って、未来の自分が今の自分に語りかけてるのが僕の日記です。
悔しさを高めるために書いてるようなところもある。
さっきも言いましたけど、自分に見せるってすごく大事なんですよ。
家族への愛情表現は家族にむかって表現しているようで、実は自分に響いていると思うんです。
自分が語る言葉って、人に届くより自分に届く方が1000倍大きいと思いますよ。
だから、日記も自分で自分に見せてる。
お前のここが足りないんだ、って毎日書くことで自分に言い聞かせて、バネにしている。
ブログを書いたり、本を書いたり、人前でしゃべるのも全部同じですよね。
僕は、基本的に人のことはどうでもいいくらいの感じなので、やってることは全部自分のためです。
人前で話すと、話したことが自分に響く。
文字にして残すと読み返した自分に刺さる。
他人は、他人の言葉でそんなに影響を受けないと思うんです。
どうしたって人生で一番一緒にいるのは自分とだし、自分との時間が一番長いんですよ。
親でも親戚でもない、奥さんでも子どもでもない、自分と一番時間を共にするんです。
これはどんな人だって間違いない。
ただ、自分と一緒にいることを拒否している人がたまにいる気がする。
一番長く人生をともにいる自分と一緒にいるのを拒否している。
自分をもっと大切にしてあげなよ、とそう思う。
たまには僕の話ぐらいでも『すごく感動しました』みたいなことを言われることもあるんですけど、でも、その僕の言葉がどこまで刺さるか、実際それで行動の一歩が出たとしても、それって本当は僕の話で動けるようになったんじゃなくて、普段自分の頭で考えていたことと僕の話がたまたま一致して動けるようになっただけだと思うんです。
結論、人生でもっとも長く一緒にいる自分をもっともっと大切にしよう。
そもそもそれができないで、行動だとか、感動だとか、本当かなって思う。」

――なるほど!では例えば、まこっちゃんがエベレストに登るって決めたとき、その手の本を読んだり、お師匠様についたり、出版に際しては、編集さんや先達の意見を素直に聞いたりと、そのことも結局は自分の中のものが触発してでてきただけってこと? 知らない分野のことって、まずは他人の言葉を素直に全部吸収してるというのではなく?

「あ、なるほど。
えーと、じゃあまず山の話からですが。
僕は全くの素人で登山経験がゼロからエベレストに挑戦しようと企てたわけですから、登山の技術的なことも何も知らないわけです。
だから、技術の話はもう全面的に信頼できる師匠の言うことを聞きますよね。
でも、あくまで主体は自分なので、その中でも自分に合ったやり方とか、これは僕には向いてなさそうっていうのは最後は自分でやっぱり判断して取捨選択してるんです。
例えば、僕はエベレストを目指していたのにも関わらず、体がものすごく高度に弱いんですよね。
酸素が薄い環境に全然順応できない。
すぐ高山病になって吐き気や頭痛で動けなくなる。
最初は4000メートルに満たない富士山にも適応できないくらいの弱さだったので、8000メートル級の山なんて、もう絶対無理じゃないかと思われていた。
でも、できない中でどうやったらできるかを考えるのが挑戦だから、まずは、三浦ドルフィンズ(プロスキーヤーで冒険家の三浦雄一郎さん、三浦豪太さん親子が運営するスポーツトレーニング施設)の低酸素ルームでどんな風に呼吸したら酸素が薄い中で動けるようになるか、いろいろ試行錯誤してました。
自分の体で人体実験しながら、何度も失神して、そのたび一週間くらいすごい頭痛に悩まされるんですけど目的があるからやめるわけにはいかない。
登山の実力者の言うことを鵜呑みにしてたら『君は高所登山に適性がないから諦めなさい』『はいそうですか』ってなってたと思うんですが、できない中でできるようになる方法を自分で見つけるのがそもそもの醍醐味じゃないですか。
だから、どんなに尊敬する方でも、その方のいうことをぜんぶ鵜呑みというのとはちょっと違うんですよ。
出版もそんな感じですね。知らない世界のことだからナビゲーターになってくれる編集さんの話は聞きましたが、その中でも自分に興味のあることと無いことは振り分けて聞いてる。
あんまり興味がないところは、口を挟まず、全面的にお任せでもいいな、でもここは譲れないなとかね。
あ、あと。
山の本っていうか、僕の場合主に映画ですけども、これは、シーンがすぐに頭の中で再生できるくらいしつこく見ましたね。
こういうことすると、人は死んじゃうんだなって頭が自分の体験だと勘違いするぐらいまで叩き込んでた。
冒険談もたくさん読みました。
こういう場合に死んでしまう方は、ここが弱いんだなとか、自分なりに色々と考察して。
僕にとっては、家族もそうで、家族を持たないと、特に子どもをもたないと、やはりいざっていうときに踏ん張りがきかないんだなと思いました。
『おれが死ぬわけにはいかねえだろ! ただでさえ、好き勝手やってるんだから、ちっちゃい子どもたち残して、絶対に死ねない!!』その思いは人一倍強かったと思いますね。
そして、僕には家族がいてよかったと改めて思いました。
ちょっとセリフにすると臭いんですが、人間は自分のために動けなくても、子どもとか本当に大事なもののためなら動けるんだなって本当に体全体で感じました。」

――そんなにきつかったんですねえ。まこっちゃんの本を読むと、高所登山の苦しみみたいなところは非常にさらっと書いていて、そんなに大変だったようには読めないので、大した苦労もなく登って降りてきたのかと勘違いしていました。

「あ、そうですか!!
自分ではけっこう書いてたつもりだったんだけど、そうか。
でもそうだとすると、それはつらい体験って、つらければつらいほど終わると逆に振れちゃうので、アドレナリンバンバン出て『やったー、俺はやり遂げたぞー!』っていう記憶だけが残っちゃうんですよね。
だから、よく考えると、自分の人生で『ああ、あれは楽しかったなー』って思うことを振り返ると、全部ひどい目に遭った時のことばっかりなんですよ。
バックパック旅行中に騙されて死にかけた時とか。
『あの時は本当に精神的にやばかった!』とか、そんな時代の時とか。
喉元過ぎればじゃないですけれど、終わってしまった体験は楽しい記憶になっちゃうんで、確かにこういうのは自分で書くと山山山、みたいな上がり調子だけで、山あり谷ありの感動ストーリーにはなりにくいのかもしれないです。
でも、苦も無くやってるみたいに見えるようですが、そうじゃないんですよね。
すべて自分で考えて自分で判断して自分で責任を引き受けてやってるんで、大変は大変なんです。
ただ終わっちゃうとそっちがあまり記憶に残らなくなるだけで。」

――前著「素人からの挑戦」の中に、チョーオユー(標高8201m世界六位)へのアタックの夜に、頂上までのルートができていなくて(まこっちゃんたちがその年の最初の登山隊だったので、まだフィックスロープが張られていなかった)あきらめなくてはいけないかもしれないと思って泣いた話が出てきますよね。ルートができてないなんて、もう、全然まこっちゃんのせいじゃないことなのに、それも、自分が招いた結果だと思って、弱い自分を責めて泣くシーン。

「はい、あれはね。
引き寄せって言葉はあんまり好きじゃないんだけど、自分が招いた結果なんだって引き受けざるを得ないような、山から逃げていた精神状態だったんです。
さっきも言いましたが僕、本当に高所に弱くて。
チョーオユーの時は初めての8000m峰だったこともあり、プレッシャーやら何やらで、ベースキャンプでもずっと頭は痛い、吐き気はする、夜中に発狂したように目が覚めて、本当精神病患者のように恐怖でおかしくなりそうで。
自制できないんですよね、自分の精神状態が。
登山なんて登らなくていい理由なんて、どの山でも見つけようと思えば山ほどあるんですよ。
だから、ここで断念せざるをえなくなれば、このまま帰っても『登らなかったんじゃなくて、登れなかった』って言われるのかもしれないけれど、絶対それだけは嫌だって思ってたんです。
で、絶対それだけは嫌だって自分でも思ってたと思ったのに、『ルートがない』って聞いた時、『まじか!!!くっそっ、絶対登る!!死んでも登る!!って意気込んでいた自分の心意気は嘘だったのか!!!本当はお前はかえりたかったんだろう!!』って、『俺はクソか!』って。
俺の弱気がこの状態を招いたんだって本当悔しくて思わず涙がボロボロボロ出てきて。
でも本当に幸運なことに、ボロボロボロボロ泣いていた数時間後、なんと奇跡的にフィックスロープ貼りながら登れるっていう、前代未聞の条件でその晩、アタックできることになったんです。
僕の狙いはチョーオユー登頂じゃなくて、さらにエベレスト登頂だったし『ここでこんな弱気なお前は本当にエベレストなんて絶対登れねえぞ!!』ってその時は本当に自分の心を恥じましたね。」

――責任を取るとか、引き受けるとかって、なんか具体的な補償やら行動やらを指す言葉になってますけど、まこっちゃんにとってはそうじゃないんですね。

「そう。
端的に言えば『自分のやりたいことを全部やるかわりにすべて全部自分で引き受ける』ってことです。
全部自分で引き受ける。
自分が招いたことなんだなと思うだけです。」

――例えば、今、新型コロナで店舗での眼鏡の売り上げも落ちてると思うんですけど。(まこっちゃんは、新宿と銀座に「誠眼鏡店」を構えるオーナー社長)

「そうですね、普段の1/10くらいかな。」

――そんなときも「コロナのせいで」とか「政府が休業補償してくれないせいで」とは考えない?

「考えないですね。
ああ、売り上げ落ちたなあ、ってまず思う。
で、こうなったってことはそろそろ、もしかすると店だけじゃなくて『何か別のことを始めろっ! 新たな人生へ漕ぎ出せ!』って言われてるのかなとか、そんな風に考えます。」

――悲観したり、原因探ししたりしない?

「うーん、しないですね。
中学生の頃かな、自分の外に原因を求めるのはダサい。
そんなことは絶対にしないって決めたので、それ以来してないです。
してないつもりです。
原因探しって、何が悪いのかって考えてる時点で、自分以外のもののせいにしたいと思ってる。
そんなことしても意味ないし、しないですね。
まずとにかく、自分に責任があると思う。
すると、ここからできることも考えられる。
人のせいだと思ってる限り、自分にできることがあるとは考えないじゃないですかね。普通」

――普段からネガティブなものごとに引きずられないんですか?

「引きずられないというか、そもそも、あんまりネガティブなものを見ないかな。
テレビとかも見ないし。
あんまりあれもこれも考えるのがもともとムリなので、基本自分は今だと常に『火星に行くためどうするか』だけ考えてます。
ネガティブなものにメモリー使うのはもったいないので、スルーです。
例えば、ちょっと前に知り合いに人間関係のトラブルがあったみたいで『なんであんなやつが』みたいな愚痴をずっと言ってるわけですよ。
でも僕はそれってすごくもったいないと思うんです。
人生って有限なのに、どうしてそんなに嫌いな奴のために時間を、自分の脳のメモリーを費やすんだろう、と思ってしまう。
そりゃ、何をしていても、嫌なこと、つらいことはありますよね、避けて通れないことだってある。
でも、それをいつまでも考えて、そのことだけにとらわれていても、どんどん時間は進んでいくわけで。
残された人生の時間を楽しいことにだって使えるはずなのに、あえて嫌なことに意思入れるのって、もったいないなって思っちゃうんですよね。」

――なるほど!!それも自分のためですよね。相手を許すとかそんな話じゃなくて。自分の人生で達成したいことを達成するため、不快を徹底して排除するというやり方の話ですよね。ところで、まこっちゃんは、そんな風に生きてるとコンプレックスとかは無いんですか?

「コンプレックスっていうのとは違うのかもしれないけど、なんで? っていうのはよくあります。
たとえば、ある方のオンラインサロンが月の売り上げが何千万とか言われると『え? なんで? 僕との違いってそんなにある?』って思います。
基本的に、あんまり人を世間の評価で判断してないところがあって、自分と対等じゃん、そんなに変わんないじゃん、と思ってます。
インフルエンサーと言われる人たちのどこにそんな影響力があるのかよくわからない人も多いです。ただ、本当にすごい人っているなというのはあって、本当に尊敬している方もたくさんいます。
なので、質問の意図とはちょっと違うかもしれないけど、比較はダメだとは自分では思っているものの、そういう比較は人知れずしてます。(笑)」

――おもしろい!人を上下で見ないってすごくいいですね。今日はすごい面白い話をありがとうございました。最後にこれは言っておきたいことって何かありますか?

「うーん……。うーん……。
ないかなあ。繰り返しちゃうのだけれど、人の言葉で何かが変わるっていうのもあり得ないと思っているので。
自分を変えるのは自分の行動だけですよね。
人生に何かものすごい大事件が起きて、行動せざるを得なくなってた人がたまたま読んだ言葉に影響を受けて変わるってことはあるかもしれないですけど、基本的に言葉では人は変わらない。変わるなら世の中にこんなに自己啓発本があふれてるわけないですよね。
あくまでなんかの機会でうまい具合にはまってキッカケぐらいにはなるかもだけど。
とにかく自分の頭で考えてやってみることが大事で。
僕は自分を慕ってくれる人のことも、こういう言い方はどうかと思うけど、基本的に知ったこっちゃねえと思ってます。
でも自分で自分の人生を色々な方法で切り開いてる人には本当に興味あるし、もう価値観も生き方も真逆でもカスってもいなくても、そういった方とどこかで交差してみたいと思ってる。
で、それがうまい具合にいずれ化学反応を起こして、世の中が面白くなればいいなってのは昔から思ってます。
みんなそれぞれの人生を充実させられて、それが化学反応して世界にまた新たな価値観ができたら最高ですよね!!」

最後までぶれない姿勢がかっこいい、まこっちゃんでした。

まこっちゃんは、これまでに二冊の本を出版してます。
一冊は自分の会社で出版した本。
もう一冊はブックオリティで編集者さんに認められて作った本。
けれど、まこっちゃんは『本は書くものではなく、書かれてこそ価値がある』と思っていて、アメリカ合衆国の政治家、外交官だったフランクリンのこの言葉が好きなのだそうです。

死んだとき忘れられたくなかったら、読まれるにたる物を書くか、書かれるにたることをしろ。
If you would not be forgotten as soon as you are dead, either write things worth reading or do things worth writing.

なので、やっぱり「書かれるに足る人生を送ること」に真剣でいたいとの思いを強くしたそうです。

「人生半ばで何もつかんでいないうちに『こうすれば成功できる』みたいなノウハウを書けるのはなぜだ? そして、それを自分で書くってちょっとダサくないですか?」
言われてみれば確かにその通りです。

「本を書くより、書かれるような人になりたい」

私がもし、まこっちゃんより長生きできて書かせてもらえるなら、いつか星野誠の伝記を書いてみたい。
そう思わせてくれるまこっちゃんのお話でした。どうもありがとうございました!

※ベンジャミン・フランクリンは、アメリカ合衆国の政治家、外交官、著述家、物理学者、気象学者。印刷業で成功を収めた後、政界に進出しアメリカ独立に多大な貢献をした。また、凧を用いた実験で、雷が電気であることを明らかにしたことでも知られている。

#星野誠 #火星に行く男  


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