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ブックオリティ出版ゼミという愛情あふれる修行の場で思ったこと

今や日本でもっとも有名と言っても過言ではない、「こんまりさん」こと近藤麻理恵さん。
彼女の処女作「人生がときめく片付けの魔法」を日本国内だけでなくアメリカでもベストセラーにした敏腕編集者がいる。
彼の名は、高橋朋宏。またの名をタカトモ。
出版界のレジェンドである。

そのタカトモさんが、編集者を辞めて、著者を育てる出版ゼミを始められたのが、2018年のこと。

私はその栄えあるゼミの二期生として、2019年5月のある日、東京駅の近くにあるゴージャスなセミナールームにいた。

そして、着くや否や、その場にそぐわない自分を発見し、激しい後悔に襲われた。
「来るんじゃなかった。もう帰りたい」と。

そこには、私がネット越しにあこがれていたコーチングのプロや、偉大なヒーラーや、日本でただ一人の神社庁公認絵馬師や、出産を快に変えることでその後の人生まで変えてしまう産婦人科医や、とにかくあらゆる種類の「すごい人」たちが集結していたからだ。

「なんで、この人たちに混ざって私が選ばれたの? 何かの間違いじゃなくて? 数合わせのため?」

卑屈にもそんなことを考えた。

しかし、そんな感想を持ったのには他にも理由がある。
メンバーの豪華さによるものだけではないのだ。

ゼミには書類選考があり、自分がどんな本を書きたいと思っているかを企画書としてまとめて送らなくてはならない。
私はその大事な「企画書」を、家人が「世界の果てまでイッテQ」を見ている横でわずか30分で書き上げて送ったのである。
熱意だけはあったが、成り立ちがテキトーな企画が通ったことで、ゼミのレベルを完全にナメてしまっていた。

あれが通るってことは、これくらいのものかしら、と予想してやってきたら、とんでもないオーラをまとう人たちがぞろぞろいたというわけである。
そりゃ、くらくらもするだろう。帰りたくなって当然だ。私のバカバカ。

さらに講義が始まると、またもや、衝撃に襲われた。
「ここに来たからには、著者になる覚悟をしてください」
レジェンドタカトモさんが、そういうのである。

「覚悟?」
「著者になる覚悟?」

私はこれまでの人生で、覚悟なんてしたことが一度もなかった。
人生の大きなイベントの代表格である結婚ですら、
「嫌になったら別れればいいんだから、一回してみたらいい」
くらいの軽い気持ちで流れに任せていたし。

万事がそんな感じ。
やってみたいと思ったことに手を出して、しばらくのめりこみ、うまくいくと、飽きて別の面白そうなことに手を染め、の繰り返し。
だいたい7年周期くらいでそれが起きる。

覚悟を決めて何かをしたこともなければ、そもそも何かをするのに覚悟が必要だと思ったこともなかった。
これはたぶん、無意識のうちに「できるか、できないか」で物事を判断し、できそうなことだけを選択するという癖がついていたからではないかと思う。
「石にかじりついてでも成し遂げたい」というような強い意志とは無縁でここまでやってきたので、覚悟というのが、具体的にどうすることなのかがわからなかった。

そこで最初に私がしたのは「覚悟って何をすることだろうか?」と考えることだった。
辞書的な意味合いでは「こうすると決めること」なのだろうが、決めるってじゃあ、具体的にどうすること? というのが私にはわからなかったのだ。
「そこからなのか!?」と自分でも驚いた。

三日考えて、これだと思った。
ので、紙に書いて机の前に貼った。

「やると決めたこと以外の選択肢をすべてシャットアウトすること。自分に言い訳を許さないこと」

そして、実際にそうした。
「行きたくない。もう嫌だ。書けない。吐きそう。」
逃げたくなる自分を許さず、何も書けない日も必ずパソコンの前に座った。ゼミもさぼらず通った。

文章を書くのは好きだったが、作法も心構えも身についていない。
それよりなにより、一番大事な「伝えたいこと」が定まらない。
あるのは、子育てするお母さんを楽にしたい、というふわっとした気持ちだけ。

こんなにも、自分が、武器を持ってないとは思わなかった。
木の棒と布の服で冒険の旅に出る、ドラクエの主人公並みだ。
周りのみんなは、ちゃんとした剣や、槍や、鎧を持ってるのに。

けれど、メンターの方々に、ダメ出しをされるたびに、小さなプライドが傷ついて、泣きそうになったが、同時にうれしくてぞくぞくもした。
大人になってから、こんな風に面と向かって誰かに意見されることなんてなかったし、それにいただく意見は、私を否定するためのものではなく、私の目的を叶えるために最善の方法を考えてくださって出てきたものなのだから。

おかげさまで、なんとかかんとか形になった企画書とはじめにを携え、最終日のプレゼンに向かったが、審査員として来てくださった編集者さんたちの目には、魅力が映らなかったのだろう。
二日間で二社の編集さんが「気になる人」として私の名前を挙げてくださったが、出版のお話までには至らなかった。
そうして、私のブックオリティでの半年がすべて終わったのであった。

目標はかなうことはなかったが、今は、とてもすがすがしい気持ちでいる。
「売れること」を考えずに言いたいことが書けるって、こんなに楽しかったんだなあと思う。
やっぱり書くことが好きだ、と思う。

そして、毎日文章を書きながら、オリジナルな何かを確立していない私が、どうやったら本が出せるだろうか、と考えている。
あれこれ考えているときが一番楽しいのは、旅行と同じだろう。
始まったら、きっとまた苦行の日々がやってきて、とてもじゃないけれど、楽しいとは思えないはずだ。

けれど、私は、死ぬまでに著者になることだけは決めている。
それが、ブックオリティへの恩返しだと思っているし、何より私がそうしたいから。

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タカトモさん、ブックオリティをなめててごめんなさい。
数あわせで呼ばれたと、すねててごめんなさい。

こんなに凄い修業の場は、これまで生きてきて経験したことがありませんでした。
鬱になって、自分を掘り下げまくって、過去のあらゆることを思い出した時にも、吐きそうな気持ちにはなりましたが、ブックオリティはそんなもんじゃありませんでした。

いつでも本気で向き合ってくださってありがとうございました。
そして、何よりも、本気でゼミ生全員を愛してくださってありがとうございました。

武田鉄矢が、金八先生の歌の中で

「これから始まる、季節の中で、だれかがあなたを愛するでしょう。だけど、私ほど、あなたのことを深く愛した人はいない」

と歌っていたのを、

「けっ、そんなわけあるかい、たかが教師と生徒の関係じゃんよ」

とナナメに聞き流していた私ですが、今なら、これはあり得ることなんだなと実感しています。

タカトモさんは、あらゆる私たちを、瞬間最大風速50メートル級の愛情をもって、見ていてくださったんだなあと思います。

過去は知らない、でも、現在という一点において、わかろう、みつけよう、磨こうとしてくださっていたんだなあと思います。

ゼミ中は、とにかく自分のことだけでいっぱいいっぱいで、そんな愛情に気づく余裕もなく、たくさん失礼なこともしたような気がします。本当に申し訳ありませんでした。

いつか必ず著者になってご恩返しいたします。
今日はお忙しい中、お時間をとってくださってありがとうございました。

以上をもって、私の卒業論文とさせていただきます。

ブックオリティ二期 飯田あゆみ

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。 サポートは、お年玉みたいなものだと思ってますので、甘やかさず、年一くらいにしておいてください。精進します。