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「僕のこと」歌詞感想
私がうつ病の症状である希死念慮に襲われた時、よく聴く曲がある。
それがMrs.GREEN APPLEの「僕のこと」。
https://youtu.be/xefpHEg5UIA?si=0UGeP0XtTkf3L_2H
この曲の歌詞に私は今まで何度も助けられてきた。
最近もまた助けられたところで、歌詞の感想を書いてみようかなと思いついた。
あくまで感想なので、私の感じた解釈だし、色んな考え方がある中の一つと思ってもらえたら幸いです。
歌詞は全文ではなく、一部を抜粋していきます。
以下、感想
でもね 僕は何かに怯えている
わかる。。私も時々(いつも)どこかで怯えている気がする。
ずっと「怖い」「これであってる?」「大丈夫?」と不安な気持ちがつきまとう。
悲しみきるには早すぎる
いつも僕は自分に言い聞かせる
明日もあるしね
気分が落ち込むこともあるけれど、それでもなお「悲しみきるには早すぎる」。
「明日もある」から、どうにか気持ちを切り替えてポジティブに考えようとする。
ああ なんて素敵な日だ
幸せと思える今日も 夢破れ挫ける今日も
ああ 諦めず 足掻いている
狭い広い世界で 奇跡を唄う
幸せと思える日が素敵なのは当然だけど、「夢破れ挫ける今日も」本当は素敵なんよなあ。
夢を持てたことも素敵だし、その夢が破れ挫けたって、それはまた立ち上がるチャンスでもあって。
破れてもまだまだ諦めきれなくて足掻く姿はみっともないかもしれないけれど美しい。
半分強がりだけど、自分にそう言い聞かせてみる。
限りある永遠も 治りきらない傷も
全て僕のこと 今日という僕のこと
人はみないつか死ぬ(それが時に救いでもある)し、私のうつ病という深すぎる傷はもはや消えず、私の一部となっている。
それが私にとって事実で、わたしという個性の一部だ。
僕らは知っている 奇跡は死んでいる
努力も孤独も 報われないことがある
だけどね それでもね 今日まで歩いてきた
日々を人は呼ぶ それがね 軌跡だと
ここの歌詞が一番好きだし、何度も救われた。
私のうつ病はもう10年以上も治らない。
お薬を飲んでも奇跡は起きなかった。
努力して大学に通おうとしたけど、どうしても卒業できなかった。
周りの人に頼れなかった時期もあった。
それでも生きてきた。
何度も何度も希死念慮に耐えて。
そうやって今まで諦めずに足掻いて人生をつないできた。
それが私の軌跡。
ああ なんて素敵な日だ
幸せに悩める今日も ボロボロになれている今日も
ああ 息をして足掻いている
全て僕のこと あの日の僕らのこと
ボロボロになれている今日も素敵だなんて、やっぱり強がりだ。
私はそうは思えない。
でもそう言い聞かせてみることで、この歌詞を歌うことで生きていける気がする。
そういう経験私はあるし、きっとみんなもそんな時期、あるよね?
僕と君とでは何が違う?
それぞれ見てきた景色がある
僕は僕としていまを生きていく
とても愛しいことだ
時々他人が羨ましくなる。
社会人として仕事をバリバリこなしているあの人や、幸せそうに子育てをしているその人。
でも本当はきっとそれぞれに辛いこと、幸せなことがある。
きっと私にも、他の人には見えていない幸せが見えているかも。
今の私はうつ病をかかえた私でしかなくて、自分でできることも少ない人間だけど、今できる精一杯で生きている。
それでいい。そんな自分で生きていく。
こんなに自分の辛い気持ちまでも肯定してくれる曲はあるでしょうか(いや、ない)。
だから私は落ち込んだ時や希死念慮に襲われた時はこの曲を聴く。
強がりやから元気も、命をつなぐエネルギーになるから。
なによりこの歌詞が、私を救ってくれるから。