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母親からの指令が、最高難度のミッションだった―1日限定30セットの豆パンを求めて―


「新千歳空港で売っている美瑛の豆パンとコーンパンを買ってきて」。

北海道で暮らしている私は、神奈川県に住む母からお願いを受けた。このお願いが最高難度のミッションだということを、このときは知る由もなかった。

みなさんは美瑛の豆パンとコーンパンをご存知だろうか? 渋谷の人気パン屋さん「VIRON」とコラボして作られた、新千歳空港でしか買えない限定のパンだ。新千歳空港2階にある「美瑛選果」というお店で販売されている。1セット5個。どうやらこれがとても人気らしい。

初めて指令を受けた日は年末。お正月を家族で過ごそうと帰省する際に、買ってこいというのだ。母親からの指令は絶対。特に何も注意してこなかったので、普通に買えるものだと思っていた。しかし、行ってみるとびっくり仰天。豆パンは朝8時に焼き上げた30セットしか売っていないという。その日空港に着いたのは午前10時。当然豆パンは売り切れていた。コーンパンは1日に何度か焼き上がるので、その焼き上がる時間を事前に把握。20分前にお店へ向かい、購入に成功した。

そして実家にはコーンパンだけを持って帰り、事情を説明した。母親の指令に背く結果となったことを詫びた。

1ヶ月後、会社の研修で再度帰省することになった。母親からの指令は何か。

「豆パン、リベンジで」

豆パン。豆パンを買ってこいという。私は朝8時に焼き上げた30セットしか1日に販売しないということを説明した。だが、豆パンを買ってこいという。

もうこうなったらやるしかない。私は覚悟を決めた。1日限定30セットの豆パンを買ってやる。

この最高難度のミッションをこなすためには準備が大事だ。今までの人生でも、準備がすべてだった。部活動では公式戦のために必死に練習したし、就活を無事終えるために会社のことを調べたり、自分が何をしたいか考えたり、面接の練習をしたりした。

だから、豆パンを買うための準備を徹底的に行うことにした。

まずはリサーチから。Twitterでは「豆パン買えなかった」という声がちらほら。8時前には行列ができていたという情報も。これは思ったよりも手強い戦いになりそうだ。Googleで調べると、朝7時半に向かえば先頭に並べた、という情報が。なるほど。では電車の時間を調べよう。朝7時半に空港に着くためには、始発の電車に乗らなければいけない。朝ごはんを家で食べている余裕などない。朝ごはんは豆パンを買ったあとにゆっくり食べるとしよう。
しかし、私は朝早く起きることが苦手だ。それなのに始発の電車に乗らなければいけない。ギリギリまで寝たい私は、朝にしかできないことリストを作った。そしてそのリスト以外のことは、前日の夜のうちに済ましてしまおう、と考えた。歯磨き、洗顔、着替え、水抜き。この4つは朝にしかできない。水抜きは、北海道特有の作業。これを行わなければ、水道管が凍結して破裂、多額の修繕費を払うことになる。
これらの朝にしかできないことリストはだいたい30分で完了する。ここでようやく始発に乗るための起床時間を逆算。逆算した時点で、目覚ましを2つセットした。

そして当然、起床は早い。夜のうちに荷造りは完成させなければ。今回の帰省に必要な衣類や荷物をパッキング。あとは運ぶだけ、という状態にし、玄関に置いた。

帰省日当日に着る服も決めて、準備完了。寝る直前、布団にくるまって頭の中で朝しかできないことリストのシミュレーションと、駅ついてからお店までの道順の確認を2回ほど行った。どの車両に乗ればいいかまで、徹底的に。

翌朝、2つの目覚ましを止め、歯磨き、洗顔、着替え、水抜きをこなして家を出た。しかしここで予想外の出来事が。雪で固められた路面で、キャリーケースがスムーズに運べない。まずい。始発電車に間に合わない。力を振り絞って、駅までの約600メートルをキャリーケース担いで猛ダッシュした。途中2回ほど転び、息を切らしながらなんとか間に合うことができた。朝から服に雪をつけて息を切らしている姿は、周りから見たらどれほど滑稽だったことだろうか。しかし、関係ない。母親が私に与えたミッションをこなすためには気にしていられない。

それ以降は予想外のハプニングもなく、新千歳空港に着いた。2階の美瑛選果まで駆け上がった。結果、2番目に並ぶことができたのだ。豆パンの焼き上がりまで40分ほどあったが、その時間の暇つぶしまで用意していた私は、優雅に待ち時間を過ごした。

そして開店。レジの前に立ち、

「豆パン、2セットお願いします」

と告げた。このときの私ほど達成感に満たされた声で注文したお客さんはかつていただろうか。1セットは自分へのご褒美に、朝ごはんとして食べた。豆を食べ過ぎるとオナラがたくさん出ることになるのも知らず。

豆パン1セット堪能した私のフライトに待ってたミッションに関しては、ご想像にお任せしよう。

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