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【カテキョ(3)】クレーム対応で みはる の家に呼ばれました。
私は長年、家庭教師をしてきた。家庭教師で出会った生徒さんらのエピソードを、書いていこうと思う。
(個人の特定を避けるため、事実を元にフィクション化しています)
今回は、みはる(仮名)の話。
家庭教師登録している会社から、1本の電話が入った。
「中学1年生のみはるさんという女の子なんですが、親御様から解約の申し出がありました。クレームがあったご家庭でして。。。解約は1ヵ月後なのですが、その間の指導は、別の先生にしていただきたいとのことで、お受けしていただけないでしょうか?」
とのこと。
簡単に言えば、みはるの担当の先生がバックレたのである。
こんなこと、頻繁に起きてほしくはないが、学生家庭教師のバックレは意外と多い。
私は学生時代に家庭教師を始め、その頃仲間内で家庭教師のバイトが流行ったことがある。でもその何人かは数ヶ月で辞めている。その友人たちはバックレで辞めたわけではないが、先方に「学業の都合で」「家庭の都合で」などと理由をつけて辞めてしまった。
家庭教師を辞めた友人たちが言っていた。
「(生徒に)先週教えたことを覚えてないんだよね。」「私は家庭教師が楽しいと思えなかった。塾講師の方が面白い。」と。
そう。一見簡単そうに見えてしまう家庭教師。でも「人に教える」とは難しいことであり、「生徒宅へお邪魔して、その空間で教える」ということはさらに難しい。「難しい」というのは、「そう簡単ではない」という意味。向き不向きがはっきり分かれる。専門職と言っても過言ではないと私は思っている。
私が家庭教師をしていることを、とある友人に告げたところ「へぇ〜いいじゃん。生徒の家でお菓子食べれるんでしょ?問題解いている間に漫画読んだりとか。」なんて言われたこともある。そんなふうに家庭教師はどこか「楽な」仕事として捉えられがちな側面もある。見かけ上、時給も高いし。
実際は、事前準備が大変だ。事前準備の時間と実際の指導の時間を合わせれば、時給は安い方である。
話は戻り、私はみはるの指導を受けることにした。
初めてお伺いした時、みはるのご両親がいらっしゃり、前の先生のこと、家庭教師会社のこと、たくさんお話ししていただいた。要するに、とにかく、「辞めるまでの1ヵ月間、金額に見合うような指導をしてほしい。」という要望だった。
他の生徒さんと少し違ったのは、親御さんが「指導の前と後に、先生と話す時間が欲しい」ということだった。私はいつも通り、誠実に親身に対応した。“いつも通り”という意味では、私にとってたやすいことだった。みはるのこともみはるのご両親のことも特別扱いするわけではなく、ただただ“いつも通り”対応した。
みはるのご両親は当初かなりご立腹だったが(特にバックレられた先生に対して)、それは、当たり前のことを当たり前にできていなかったからなだけだったので、前とのギャップもあって、私が初日からすごく気に入られたようだった。
しかしながら、みはるもなかなかの勉強嫌いである。勉強に対するやる気がまるでない。でも、プライドは高い(笑)。かなりてこずったが、私の話は素直に聞いてくれる子だったので、スモールステップではあったけれども、着実にできるようになることが増えていった。
数回目の指導が終わり、玄関であいさつをすると、みはるのお母さんが「先生、いつも靴下かわいいですね」と言ってくださった。私はコキンちゃんの靴下を履いていた。
今となっては、自分自身でも謎なのだが、その当時私はいい年こいてアンパンマンシリーズの靴下を大量に持っていた。「靴下なんて誰も見てないだろう。」と、当時思っていたんだと思う。
「あはは〜ばれちゃいましたね💦」と私が照れながらいうと「いいじゃないですか。可愛くて。」とみはるのお母さんが微笑んでくれた。
次の週お伺いすると、「先生、今日はどんな靴下かしら?」と言われ、あるときは「わぁ〜左右でデザインが違う靴下も持ってるんですね〜!」と言われ、またあるときは「先生、あそこの雑貨屋さんに、アンパンマンとバイキンマンの靴下売ってましたよ!」と教えてくださり、すっかり私の靴下は玄関トークの定番となった。
みはるの指導の最終日。みはるのお父さんは「先生に1ヵ月指導していただけて本当によかったです。」と言っていただき、そして帰りにはやっぱり、
「さぁ。最後の日の靴下は何かしら?」とお母さんに言われ、ひと笑いし、10回にも満たないみはるの指導は終わった。
こうして、勉強とは関係のない話ができることが、私の小さな幸せだったりする。