ホームレスに差し入れをした話
いつかの夏、とある駅前でフラフラと台車を押しているホームレスのばあちゃんがいた。僕は「あのままでは熱中症で死ぬ」と思い、コンビニでポカリを買ってきて、「いらんかったら捨てといてください」と、足元に置いた。
その時、名前を聞かれ、「忘れません」と言われたことが、こちらこそ忘れられないほど深く心に残っている。こんな品性のある人が何故、と。
恩を受けた時に名前を聞く。そして忘れないと伝える。品位ある人生を歩んでこなければ、とっさにこの対応はできない。
きっかけはささいな不運だったのかもしれない。あるいは、本人に何らかの過失があったのかもしれない。路上で暮らすようになった経緯は知りようがないけれど、何にせよ、ホームレスは、動物ではない。他人だが、人間である。
品性があっても、今は金があっても、誰でもそうなる可能性がある。
住みつかれた付近の施設・商店は大いに迷惑であろうから、みんなでホームレスに差し入れをしようなどと言うつもりはない。あのばあちゃんは、ただちに死にそうだったから助けた。そして、恩を受けた時の作法を教わった。
つい先日、同じ駅の反対側に、段ボールやガラクタに埋もれて寝ている人がいた。
冬である。僕は近くの自販機でホットレモンを買って、「置いときますから」と一声かけて枕元に置いた。
顔をチラと見ると、伸びた髪と汚れでよくわからなかったけれど、若そうな男性に見えた。
彼は二度、強めの声で、「いりません」と言った。
僕は無視してその場を立ち去った。
ばあちゃんを助けた一件が自分の中で一種のステキなオモイデになっていて、またあんな風に感謝されたいという気持ちがあったことは否めない。
それはそうと、拒絶は想定外であった。山をやっているせいか、命が保証されていない状況で、水分や熱を拒むはずがないと思っていた。僕はわざわざ140円を支払って、ただ彼のプライドを傷つけてしまったのだ。あの様子であの後おいしくいただいたとは考えにくい。
冬といっても、その日はまだ日差しがあり、暖かかった。雪が降った昨晩、彼は一体どこでどう過ごしたのだろう。