塔ノ岳の大倉尾根が富士登山の予行練習におすすめの理由
関東にお住まいで、「登山はやらないけど一度は富士山に登ってみたい」という方に、神奈川県の塔ノ岳(1491m)に大倉尾根ルートで一度登ってみることをおすすめします。以下、その理由や注意点を説明していきます。
①標高差が同じぐらいだから
「大倉」のバス停から塔ノ岳の山頂までの標高差と、富士山の五合目から山頂までの標高差がどちらも1300~1400mぐらいです。大倉尾根の紹介の看板にも「富士山に匹敵」と書かれています。
「六合目より上の小屋に泊まるなら、そんなにキツい訓練しなくていいのでは?」と思われるかもしれませんが、そもそも上のほうの小屋に止まれば楽ができるというものではありません。
家から五合目までの車あるいは電車・バス移動と、五合目から小屋までの登りの疲労があり、それを小屋で完全に回復できるとは思わないほうがいいです。不慣れな環境、人の多さや酸素の薄さで、一睡もできないかもしれません。ご来光を狙って夜中に出発するなら尚更です。
酸素は標高が高いほど薄く、高度障害が出やすくなります。そして、一晩で順応できるとは限りません。余談ですが、登山をやる人たちの間では「高所に留まって休むより、さっさと行って下りてしまったほうが良い」(一般にワルモノ扱いされる”弾丸”のほうが高度障害のリスクは少ない)という考え方もあります。
今年から宿泊が半ば強制されるわけですが、何合目の小屋に泊まるにせよ、十分な回復効果は得られないものと仮定したほうがいいわけです。五合目から登れる足腰があれば、最悪一睡もできなくても登れる寸法となります。
②登山客が多いから
ヤマレコによると、塔ノ岳は2024年5月現在、関東の人気の山ランキングで第3位でした。ちなみに1位は高尾山、2位はその隣の城山です。
塔ノ岳のメインルートである大倉尾根は、いつ行っても多くの人が登っています。
人が多いということは、万が一の場合もすぐ発見してもらえる可能性が高いということです。
また、人が多い中で自分のペースを保つ練習にもなります。次々に追い抜かれると「自分のペースは遅過ぎるのではないか」と不安になりがちですが、安心してください。ほとんどの登山地図の標準タイムは相当ゆっくりに設定されています。(※物好きしか登らないマイナーな山だとそうでもなかったりしますが)
同じ標高差1300mぐらいで、もっと人の少ない山を選んだほうが快適ではあるかもしれませんが、確実に混雑している富士山のトレーニングとしてはいっそ人が多いほうが好都合というわけです。
③登りやすいから
渋沢駅〜大倉バス停のバスの本数はかなり多く、満杯だと臨時便が出ることもあります。
登山道はしっかり整備されていて、道迷いの心配はほとんどありません。山頂から変な方向に行かず、来た道を戻れば大丈夫です。
営業している小屋やトイレの数も多いです。これほどの観光地度の高さと標高差を兼ね備えているコースは珍しいと思います。
山頂からの眺めは素晴らしく、「日本にこんな場所があったのか」と驚かれるかもしれません。自分はそうでした。晴れていれば目指す富士山まで見えることもありますが、塔ノ岳の良さは快晴でなくてもすぐ近くの山と谷は見えることが多いというところにもあります。眺望の対象が近いから霧・雲に遮られにくいわけです。
注意点
このコースで起こりやすいトラブルとしては熱中症が挙げられます。真南を向いていて、陽当たりが非常に良いです。標高1300m(だいたい花立山荘より)上は木陰がなく、それより下でも陽射し(樹林越し含む)を浴びる区間がそれなりにあります。
帽子をかぶり、水分は多め・早めに取りましょう。体質や気温次第ではありますが、半袖の季節なら「二の腕に常時うっすら汗をかいている状態」を維持するのがベターです。そして、暑さを感じている最中で汗を拭くのはおすすめしません。何故なら、汗とは蒸発によって冷却するものなので、拭いてしまうと体内の水分が失われるだけで丸損になるからです。
富士山はご来光直前の山頂が寒いことから「寒い!」と強調されがちですが、実は熱中症も要警戒です。夏ですから、日中、日差しがあれば普通に暑いです。個人的には初登頂の時、厚着し過ぎて脱ぐのを怠ったため、下山完了頃に熱中症になりました。さすがに標高が違うので大倉尾根よりは涼しいですが、熱中症対策の練習もぜひ大倉尾根でやっておきましょう。
登れなかったら?
富士登山本番では、
・五合目までの長距離移動の疲れ
・大倉尾根より遥かに多い人混みの圧
・酸素の薄さ
が加わるので、大倉尾根で塔ノ岳まで登れなかった場合、富士登山で途中敗退する公算が大となります。
諸説ありますが、富士山の登頂成功率は70%程度だそうです。登山初心者は50%という記事も見ました。「若さ」でゴリ押しできる学生さんや30代ぐらいまでが含まれていることを考えれば、40代以上の成功率はさらに下がるかもしれません。
富士山の山頂を確実に踏みたければ、大倉尾根で塔ノ岳に登頂できるようになるまで、できれば毎週通って、鍛えましょう。
当日、なんかたまたますごく体調が良くて、本番のテンションで登頂できちゃうというミラクルに賭けるのはおすすめしません。消耗し切って救助隊のお世話になってしまう恐れがありますし、天気さえ良ければ高確率で登頂できる状態で臨まないと、わざわざ時間とお金をかけて行くのがもったいないですよね。
徹底的に観光地化されている富士山ですが、体力的な難易度は、登山をやる人にとっても中級クラスです。「行けばなんとかなる」とは思わないほうが良いでしょう。