<大人の童話>夜の森で耳をすませて。
ここは北国のとある森の中。ここに織りなすのはこの森にまつわるストーリー。
物語の中には、大人のあなたが忘れてしまった何かがきっと落ちている。
題名 夜の森で耳をすませて。
森に夜がやってくる。そして全ての生き物は眠りにつく。
リスも、キツネも、クマも、その子供たちも、みんなみんなぐっすり自分の寝床で眠る。なんの不安もなんの心配もない。みんな好きな夢を見る。みんな明日のために眠る。
なぜならこの森にはフクロウがいるからだ。
フクロウはみんなが眠る夜にちゃんと起きていて、森を守ってくれている。だから森のみんなは何も心配いらないし、ちゃんと朝がやってくることを信じて眠る。
夜が来るとフクロウは忙しい。夜中ずっと起きていて、森に異変がないかパトロールしている。寝そこなった子リスを巣に返したり、侵入者がいないか目を光らせたり、しっかり見張らなくてはならない。
そう、フクロウはこの森の「夜の管理人」なのだ。
ある日フクロウは考えた。「森の向こうの、明かりが灯るあの街には、夜の管理人がちゃんといるのだろうか?みんなちゃんと眠れているのだろうか?」
気になって気になって仕方がないので、ある夜、ばさりと大きな羽を広げて街まで行ってみた。するとなんと、街のみんなは起きているじゃないか。
車は走り、商店には人が出入りし、ビルの窓には煌々と明かりがついている。「夜が来ているから眠るように!」と呼びかけても、フクロウの声は届かない。誰も立ち止まらないし、誰も耳をかさない。街は夜を受け入れない。
フクロウは困り果てて電柱にとまる。するとビルの中の窓際に座る男と目が合った。
「どうして夜なのに君は寝ないのかね?」フクロウは尋ねる。
男は言う。「仕事が終わらないからだよ。これが終わらないと帰れないんだ。」
「ということは昼間は寝ていたのかね?」
「まさか、働いていたよ。」
フクロウはびっくりした。昼間せっせと働いた者は夜皆眠るものだ。彼は夜が来ても休めないなんて・・・
「仕事があるから、おしゃべりはここまで」と男は手元に視線を戻した。痩せた背中には明らかに疲労の色が滲んていた。だけど男は仕事をやめない。責任があるのだと背中が語っている。
フクロウは眠るように呼びかけるだけでは男のためにならないことを悟り、森へ帰った。だけれども、夜をまたごうとしているあの男が頭から離れない。
フクロウは彼のために、ある薬を調合することにした。
そう、フクロウは森の賢者。病めるものがいるときは森にあるものを調合して薬を授ける賢さがあるのだ。
元気が出るように生姜をたくさんと、爽やかな気持ちになるようにレモンも入れた。あとはカルダモン、クローブ、森にあるスパイスをたっぷりと。あとはとっておきのお砂糖で甘みをつけて・・・バニラの香りでさらに優しく。
「できた!」フクロウは朝がもうすぐという頃にまた街へ飛び立つ。
朝、男が昨晩フクロウがいた窓辺を見やると、ガラスの瓶が置いてあった。中には昨夜の月を閉じ込めたような琥珀色の液体。手に取るとひんやりと冷たい。瓶にはフクロウから「お薬です」のメッセージ。
男はきりりと蓋を開けてその液体を飲んだ。体の細胞が目覚めるような感覚の後、優しい甘みが彼を癒した。甘い飲み物を飲んだのは子供以来な気がする。甘いものは自分を甘やかしているようで避けていたけど、自分を甘やかすのはどうしていけないんだっけ・・・・?
「今夜はちゃんと眠ろう」と決意して、今日の仕事に取り掛かる。たまには自分を甘やかさないとな、と思い直し、彼は久しぶりに週末のことを考えたりした。その口元は笑っている。
夜、ベッドで眠る男の耳には、遠い森から「ほほう」とフクロウの鳴き声が聞こえた気がした。
おしまい