<大人の童話>森のどこかにきっとある。

ここは北国のとある森の中。ここに織りなすのはこの森にまつわるストーリー。
物語の中には、大人のあなたが忘れてしまった何かがきっと落ちている。

題名 森のどこかにきっとある。


闇雲に森を歩く。

お母さんに叱られてあたしはとても機嫌が悪い。だってお母さんは何にもわかっていない。うちにはお母さんとあたししかいないから、絶対に喧嘩するわけにはいかないのだ。誰も止めてくれないし、仲間割れしたらお互い1人になってしまうから。
だから中学生になったときあたしは決めた。
絶対喧嘩にならないように「本当に思っていること」を言わないと。
お母さんはそれが気に入らないらしい。「どうして思っていることを言わないの?素直じゃないのね。」と。
全く無神経だと思う。あたしは平和のために心に蓋をしてあげているのに。

この森はあたしの子供の頃からのお気に入りの場所だ。
家の裏にあるこの小さな森では、1人でも不思議と寂しくない。葉っぱを拾ったり、小鳥を見たりしていつも遊んでいる。

視界を茶色いものが横切った。小さなリスだった。リスは木の実集めに夢中でこちらに気がついていないようだ。樹上でナッツを手に取ると地面まで降りて同じ穴にどんどん埋めていく。今は秋だから、これから来る冬のために食料を貯め込んでいるのだ。

「ねぇねぇ、どこにナッツを埋めたのか、わからなくならないの?」
あたしはリスに話しかける。
リスは話しかけられたことに一瞬ギョッとしたが、すぐにかわいいほっぺを上下させて「失礼だな。ちゃんと覚えているよ。ナッツの昨年の回収率は90%だった。今年はもっとちゃんと覚えられる自信があるよ。」と答えた。「ふぅん」と言った私を尻目に、リスは次の穴を作ってせっせとナッツを詰める作業を続けた。

小雪が舞うようになって、街にも森にも本格的な冬が来た。
あたしは今日も1人で森を歩いている。するとあの日のリスがまた忙しなく走っていた。
「どうしたの?何か探している?」と聞くと「実はナッツを埋めた穴が1つ見つからない。一番上質なナッツの穴だ。」と深刻な表情で言った。・・・それもそのはずだ。あたしはあの日虫の居所が悪くて、リスに意地悪をしてやりたくなった。ナッツの穴を一つ掘り返して中身を持って帰ってしまったのだ。まさか一番大事なナッツの穴だとは思わなかったが・・・。
「やっぱり穴の位置を忘れちゃったんだ」と言うと、リスは「そうかもしれない。でもこの森のどこかにきっと、いや絶対ある。だから探し続けるよ。」と返しまた走っていってしまった。

翌日も、その翌日も、1週間たっても森を訪れると忙しなく走るリスを見た。あたしはさすがに胸が痛くなってきた。ちょっと悪戯してやろうと思っただけなのに。まさかここまで諦めないとは思わなかった。「絶対にあるよ、ナッツは消えて無くなったりはしないからね。」と。

「よし、こっそり穴を作って家に持って帰ったナッツを戻そう!」
そう思って森から走って家に帰ると、こんがりとしたいい匂いが家中に広がっていた。「お母さん、なんの匂い?」と聞くと「あなたが取ってきてくれたナッツが美味しそうだったからスコーンを焼いたのよ」と切り株みたいにまあるくてこんがりやけたスコーンが目の前で湯気を上げていた。
あたしは愕然とした。もう取り返しがつかない。

「森で食べたいから」とスコーンを包んでもらってあたしはとぼとぼ森へ戻る。するとすぐにリスと出くわした。「いい匂いがするね」と言われたので、私は我慢できなくなって涙をこぼしながら全てを説明した。「あなたの大切なナッツはこのスコーンになっちゃったの」と。リスはにこりと笑ってこう言った。「やっぱりナッツはこの森にあったんだ!」と。

切り株にリスとあたしは並んで座って、ほかほかするスコーンを半分に分け合って食べた。甘さは控えめで、その分ナッツの甘さがたっていて夢のように美味しかった。あたしもリスもおなかがまあるく膨らんでいる。
一息ついてから「怒らないの?」と聞くと、「うん、美味しいスコーンになって帰ってくるなんて夢のようだ。ありがとう。今年の回収率は100%だ。」と笑う。「ごめんなさい。ありがとう。」と言った時あたしの心はゆるっと優しくなった。これまでカチカチだった気持ちがほろっとほどけるのを感じた。帰り際にリスはお礼だよと言って別のナッツを分けてくれた。

家に帰ってすぐ「お母さん、またスコーン焼いて!」とお願いしてみた。最近お願い事を一切しないあたしがこんなことを言うから、お母さんも驚いている。でもすぐに笑って「はいはい、すぐに」と準備をはじめる。
小さかった時みたいにおしゃべりしながら一緒にスコーンを作った。たっぷりナッツを入れて。
「お母さん、あたし最近素直じゃなかった。ごめんね。」と言うことができた。お母さんは「あなたが優しいから素直になかなかなれないこと、お母さんは知っているよ」と言った。どうやらあたしの一人相撲だったようだ。もう回り道はやめよう。

また心がかちこちしてきても、忘れないようにしたい。あたしの素直な気持ちは探れば心のどこかにきっとあるということを。忘れそうになったら森へ行こう。森へ行けば、きっと素直になれる。

おしまい

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