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10月28日(月)21日目 しまなみ海道 / 尾道散歩
一度の旅程で八十八ヶ所すべての札所をまわる「通し打ち」に対し、何回かに区切って札所をまわることを「区切り打ち」と言う。たとえばお遍路ツアーでよくあるのが四国四県を4回に分けてまわる区切り打ちツアー。お遍路は区切って打っても通しで打ってもその効力、功徳にはまったく違いはない。だから好きなように打てばいいのだが、ここで疑問になるのが「お遍路の最中でしまなみ海道を渡って尾道へ行き、観光終わったら、またしまなみ海道で今治に戻ってきてお遍路の続きをする」という自分のお遍路プラン、これは果たして通し打ちになるのか区切り打ちになるのかということである。
言葉の上の定義はこの際どうでもいいのだが、おそらくは「区切り打ち」ということになるのではないだろうか。自転車遍路をした人、しまなみ海道でサイクリングした人はそれなりにいるとは思うが、どちらもやったことある人は相当レアだろう。ましてや「お遍路をしまなみで区切り打つ」人はほとんどいないんじゃないだろうか。したがって、これから自分が書くことはよく言えば大変貴重な体験談に、悪く言えばかなり偏ったヘンテコな視点からの記録になると思う。
いつもの通り早朝に目を覚ます。少し外に出てみたが小雨がパラパラと降っている。天候も悪ければ道にも慣れない、昨日の観光案内所の女性によれば、しまなみ海道はアップダウンも相当ある起伏の激しいコースだという。到着が遅くなるのは困るので、できるだけ早く出発することにした。
今は小雨だが予報では思いっきり雨である。それもいい加減な話ではあるが、今までは雨が降っても「なんとなく」やり過ごしていたというか、雨に濡れなくても自転車こいだり坂道登れば汗をかいてどっちみち服がびしょ濡れになるんだからという理由で雨具一切なしで天候気にせずお遍路していたのだが、さすがに今日のように一日中大雨が降ることが予想されるロングライドで「濡れても平気」戦略は通用しないと思い、コンビニでレインコートを買って装備した。
しまなみ海道の入り口は今治駅からだいたい4kmほど離れている。まずは入り口まで行かなければならないわけだが、もうこの時点で早朝なので暗いし、雨も本降りなので視界が相当悪くなっている。前も横も見えにくくなっているのだが、ふと視界に黒い大きな影がうつった。異様な影である。気のせいかとも思ったが引っかかる。自転車を止めて、少し後ろに戻ってみると、なんとイノシシの死体だった。自動車に轢かれたのだろうか。牙を剥き出しにして、でも白い布がかけられた状態で倒れている。昨日は酔っ払い、今日はイノシシの死体か。犬も歩けば棒に当たるというが、旅人が旅するだけで何かしらイベントは発生するのだろう。死体に手を合わせ祈った後、立ち去った。
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しまなみ海道の入り口にたどりつく。くるくると螺旋状になった登り坂がある。進むと大きな橋だ。来島海峡大橋である。事前情報の通り、自転車だと通行料金は要らない。無料で通ることができる。橋の全長はなんと4kmもあるという。「海道」とはよく言ったもので、橋の真下は海。本当に海の上をそのまま走っているような気持ちになる道だ。それはいいのだが、あいにくの悪天候、雨で海どころかほとんど前が見えない。ここがしまなみでも自宅近くの県道でもどっちでもどっちかわからないくらいの風雨だ。試しに止まって写真を何枚か撮ってみたが、ほとんど景色がうつらなかった。
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レインコートを着てはいるものの、ズボンも濡れれば靴も濡れる。気温も低いし寒いし、走っていてまったく楽しくない……。実は10年以上前から「やりたいことリスト」に入れていた、夢にまでみた「しまなみ海道走破」だったのに、これではただの我慢大会である。はるばる四国をぐるっとまわってここまでやってきてのこの雨は相当悔しかったが天気ばかりは仕方ない。しまなみ海道は往復するので「帰る」ときには晴れていることを祈りつつ、今日はただの「移動」の日だと割り切ろう。できるだけ苦痛を軽減し、意識を飛ばし、気づいたらゴールしていた。そんな状態を目指す。
4kmもある来島海峡大橋を渡ると大島に着く。これまでお遍路でさんざんな僻地、地形を体験してきた。何十キロもコンビニどころか自動販売機一つないこともあった。しまなみ海道の通り道はすべて「島」である。四国をナメると痛い目にあうと経験から学んでいたので、「島」と聞いてとんでもない秘境魔境ということも想像していた。が、行ってみるとなんのことはない。当然だが住民もたくさんいるし生活もあるしコンビニも要所要所に存在していた。お遍路で四国をあちこち見てきた身としては、これならむしろだいぶ「都会」「栄えてる」という印象だ。ファミリーマートがあったのでそこに入り、貼るカイロを購入。これで寒さもしのげるだろう。先を急ぐ。
辛いことだって気の持ちよう。このお遍路で身をもって学んだことである。しかし「雨の中しまなみを走る」のは気をどう持っても楽しくない。実際、走行中、ほとんど他のライダーと出会わない。当然だろう。大雨の中わざわざ自転車で移動しようとする人間はそう多くはない。でも、ということは自分はだいぶレアな体験をしているのかもしれない。今は苦しいが終わったときにはこういう体験こそが一番いい「ネタ」になってくれる。そう思うことにした。そう腹をくくると、世界というのはこれがおもしろいもので、逆に天気が少しずつよくなっていった。雨も小ぶりになってきて、しまいにはとうとう完全に止んでしまった。もちろんこれほど嬉しいことはない。まだ空は曇っているので、完璧な天気とは言い難いが、雨が止んでいる間にできるだけ先に進みたい。自転車をこぐのに集中する。
アップダウンが激しいと聞いていたしまなみ海道だが、走ってみるとほとんどまったく坂がない。たまに標識が出て「0.6kmの坂です」などと教えてくれるのだが、0.6kmなど坂のうちに入らない。お遍路をしていると2km、3kmの坂は当たり前、なんなら10km、15kmずっと坂ということだってそう珍しくはない。それにさすがサイクリングの聖地と言われるだけあって、道路も整備されていて自転車で走りやすい。サイクリングロードには常にブルーの帯が記されており、今治、尾道、それぞれの終点まで残り何kmかが記されている。道に迷うこともないし、道を調べる必要もないので、ストレスがない。無心になって自転車をこいでいたら、気づくと向島、尾道まであと数キロというところまで来てしまった。もっと時間がかかるかと思ったがまだ昼時、12時とかである。
正直、いろんな意味で拍子抜けした。まずコース。70km以上あり起伏も激しいと聞いたので相当な疲労を覚悟したが、お遍路と比べてしまうと、先述した通り坂はほとんど「ない」に等しいし、コースも走りやすく、疲れるという感覚はまったくなかった。なんならこれから今治まで帰る、一日で往復するのすら余裕だと感じたほどだ。景色も絶景、素晴らしいと事前に聞いていて、確かによい景色だとは思うが、これもこれまで四国の各地で信じられない美しさの景色を多々見てきたお遍路の目からすれば「これくらいならもっときれいな海岸は愛媛に限ってもたくさんありますよ」という気持ちだ。むしろ感動したのは、海や浜辺、山や空というよりは、橋や道路かもしれない。これだけ大きな橋を見て、そしてその上を、下を走れたことが貴重な経験だった。
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さて向島まで到着すれば、あとは尾道に渡るだけなのだが、ルート検索すると「フェリー乗り場に行きフェリーに乗れ」とのこと。最後まで自転車で移動するものとばかり思っていた。フェリーというと大げさだが、車やバイク、自転車を乗せることができるちょっとした連絡船のようなものがあり、これに乗って1、2分もすると尾道に到着するという。料金は??と思ったのだが、これはすぐ隣にいた係員に直接現金で渡せばいいらしい。なんとたったの70円である。このフェリーのおかげで海から尾道の街を見渡すことができる。大変風情がある船なのだが、なんと設備再投資ができず、あと数ヶ月で135年続いたその歴史に幕を降ろすことになっているという。そんな歴史や未来があるとは知らずに乗せてもらったが、くしくも貴重な体験となった。
尾道に到着してまず驚いたのは観光客の多さである。街自体は非常に古い。土地も狭いし決して好立地というわけではない。けれども、それが他の場所にはない魅力になっていて、観光客を引き寄せる。商店や飲食店も多く、どこも賑わっていた。自分の目的は「しまなみ海道」で、実は尾道自体にそれほど興味がなかったので、どんな街なのかもほとんど調べていなかった。お好み焼きや尾道ラーメンが有名だという。早速「朱」という有名なお店でラーメンをいただく。とても不思議な味。どこまでもインスタントくさいというか、チキンラーメンみたいなのだが、でもオーセンティック。麺もチキンラーメンのようなふわふわな感じで、スープがあっさりしている。全体的に「お店でしっかり手作りしたチキンラーメン」みたいな味である。こんな書き方だと上手く伝わらないかもしれないが「おいしい」とほめている。
その後も尾道の街を自転車で探索する。入ってみたいお店がたくさん見つかる。しまなみの移動には丸一日近くかかるとふんでいたので、尾道の観光は明日からと予定していたが、思ったより早く到着できたため、今日中に街並みをゆっくりと見物することができた。尾道の街は見ていると酒屋や魚屋と言いつつ惣菜を売っているようなお店が結構ある。今日はおいしい日本酒とつまみを買って、ゲストハウスで飲むことにした。
ゲストハウスは商店街から少し離れたところにある。時間通りにチェックインしようとするがドアが閉まってる。しばらくノックしていたら、中から「何???」という大きな、というか若干怒鳴り気味の声が聞こえ、外国人とおぼしき女性が出てきた。「予約しているものです。チェックイン。森です」と言うとそれまでのいぶかしそうな顔が一気に柔和になり「森ね。どうぞ〜」と言われたので入る。どうやら外国人が経営しているゲストハウスらしい。その女性が日本語でゲストハウスのルールを説明してくれるのだが、かなりわかりにくい。発音は日本語なのだが、語順がめちゃくちゃである。「ベッド、トイレ、行きたいなら、そこに。朝、オッケー?」みたいな感じなので非常にわかりにくい。そのほうが円滑にコミュニケーションができるかもしれないと思い、試しに下手くそな英語で話しかけたら「日本語使って!」と言われてしまった。こちらの英語がそれだけわかりにくかったのかもしれないし、日本語話者扱いをしなかったことで彼女を傷つけてしまったかもしれない。反省。あとで聞いたところによると、このゲストハウスを運営しているのはペルー人らしい。だから英語もあまり通じず、横で聞いていたら、他のゲストハウスの人はスペイン語でホストとコミュニケーションしていた。
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荷物を下ろし、もう一度商店街へ。魚屋で魚の南蛮漬けを、酒屋で広島の日本酒を、そしてお好み焼き屋で豚玉とシーフード焼きを購入した。お好み焼きは屋台などで売っているくらいのサイズを想像していた。大食いだし、自転車を今日ももりもり70kmもこいでるから余裕で食べられるだろうと2枚注文したら、とんでもないサイズで出てきた。手に持った感じズシリと重い。ダンベルみたいだ。写真をSNSで見せたところフォロワーから「ピザかよ」というツッコミすら入った。自分は実は広島に行ったことがなく、だから広島のお好み焼きも食べたことがない。広島と尾道とで傾向が違うのかも知らないし、要するにこのお好み焼きしか広島では食べたことがないので、これがこのサイズが広島なのだと言われたらそれで納得してしまう。参照点がない。
ゲストハウスに帰り、先ほど買ってきた日本酒を、南蛮漬けとお好み焼きをつまみながら呑んでると心の底から幸せな気分になってきた。お好み焼き、すんごく美味しい。実は自分はお好み焼きが嫌いだ。小麦粉が詰まったお好みの味が口にモサモサするし、量はそれなりなのに味がワンパターンだから。でも広島のお好み焼きは中に焼きそばが入っているパターンだからこれは大好きだし、特にこのお店のお好み焼きは麺やキャベツの火の通りにムラがあり、そのムラがアクセントになっていて、単調さを感じさせない。それはいいのだが、それにしたってさすがにこの大きさ……大きすぎる。せっかく作りたてをいただいたのに残念ではあるが、レンジであたためてもおいしそうだ。明日の朝食べることにした。
隣を見ると同じゲストハウスに泊まっている白人の男性が、コンビニで買ってきた大量の食料を並べて晩餐をしている。相当な量である。何千円分もしそうだから、食費をケチってコンビニ食というわけでもなさそうだ。尾道のお好み焼きなら腹がはち切れるほど食べても600円しかかからない。ソース味なら西欧人も大好きだと聞いたこともある。せっかく尾道に、広島に来たのだから、その土地のものを食べればいいのにと思ったが、彼らにとっては「日本のコンビニで豪遊」こそが日本でないと絶対にできない夢のような体験なのだろう。安い。うまい。清潔。日本語できなくても最高のサービスが受けられる。刺青をしたその白人の男性はとても幸せそうに何種類もの「からあげクン」を食べていた。
さて明日はどうしようか。しまなみを渡ることしか考えていなかったので尾道での過ごし方をまったく何も考えていなかった。ここ三週間ほどの生活で今日は一つもお寺をまわってない。だから落ち着かないのだが、明日もそんな一日になるのか。
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