いつか日の目を見る太郎

「君か、いつか日の目を見る太郎くんというのは」

午前9時30分。日の当たらない暗いビル。10階建ての3階。ポク電公社の面接室。ズラリ総勢4名の面接官。最終面接。キラキラの目だけが取り柄の男が、カチコチの体で突っ立っている。電柱。まるで電柱。
面接官の一人。バーコードヘアーに、鼈甲柄の縁取り眼鏡。四角張った、風呂場のタイルみたいなレンズ越しに、いやらしい、ケチャップの残りカスみたいな目の、50代後半、黒澤明の映画で悪役を演じるような顔つきの、しかし妻には頭の上がらない、会社の中だけは越後屋の男。名を、万歳田山椒。山椒が、チクリと、高度3000mから見下ろすかのような目線で、電柱、まるで電柱のような男を見る。

「はっ、はいな!下総の国からやって参りました。いつか日の目を見る太郎と言います!父を早くに亡くしまして、母は知らない男と出ていきました。祖父母の家に引き取られましたが、ほぼ介護同然の生活。これじゃいかんと働きに出まして、乗せられたマグロ漁船で酷いヴァイオレンス。これがまた尋常じゃないほどのヴァイオレンスでして、朝と昼は海水を飲んで暮らし、夜にこっそり釣った鯵を丸かじりして飢えをしのいで参りました。夜は好きではありませんので、朝が好きな男です!」

この男。いつか日の目を見る太郎。これまでの人生、不幸不運の祭典。逆ディズニーランド。すべからく日陰の、日の光すらも知らぬ男。しかしながら、稀有な名、いつか日の目を見る太郎。キラキラの目だけが取り柄の男。道端に暮らす老人から一言、「顔に二つの太陽を持つ男」と言われた男。それほどに輝く目を持ちながらも、生まれた場所が悪かった。貧乏集落、過疎の過疎。若者1人で、老人4人を支えるような村。杖代わりの人生、車椅子代わりの人生、歩まざるをえない人生。逃れられないヨゴレの人生。
 生まれながらに、ボロボロのレールを走らされる新品のトロッコ。どん詰まりの、極小の、レールから外れれば即死の、貧乏集落で生まれ落ちた男、いつか日の目を見る太郎。

「それはずいぶんと、苦労をなさったんですなぁ」

 山椒、言葉を放つも機械的。それもそのはずこの男、万歳田山椒。生まれてこの方、保険続きの人生。強固な補助輪を持つ男。何不自由なく成功を約束されながらも、最後は妻の大きなおっぱいに全てを搾取される男。
 生まれは花の大都会東京。世田谷区。成功者の溜まり場。成功者の密集地帯。金のおしゃぶりを加え、グッチの幼児服。父はフォーブスに名が載るほどの大富豪。母はヴォーグの表紙を飾るモデル。圧倒的な成功家族。外れなしの人生。大理石の棺桶確定の家族。銅像が立つレベルの成功者。安心安定のサクセス・ストーリー。恩恵を存分に浴びて、山椒、すくすくと育つも、早くから禿げる。禿げるも、平気。金、金さえあれば目の色を変えて人が集まってくる。まるで火、夏の夜に光を求めて飛んでくる蚊のような友達ども。払えども払えども、金という火に集まってくる蚊。時に山椒、蚊と交わるも、腫れていく体、心。社会的絶頂をとっくに過ぎて、賢者タイムどころか大富豪タイムを味わうも、下民どもの生活を眺め、優越感を味わおうと、社会の中に身を置くも満たされず、そんなとき、タイタニック号、氷山に激突。まるで氷山、氷山のような女に出会う。万歳田山椒、34のとき。巨大なおっぱい。巨大なおっぱいを持つ女に出会う。顔、並。尻、並。スタイル、並。おっぱい、異常。異常値、想像を絶する異常値に心打たれ、万歳田山椒、両腕を振り上げて万歳、万歳、万歳の三唱。あらゆる富を越え、あらゆる社会的意義を越え、あらゆる常識を打ち砕いて現れた巨峰、その頂に心を奪われた山椒。即座に大枚をはたいておっぱいを買い、おっぱいとともに過ごす。されど、おっぱい、巨大にして我儘。猪のごとく我儘。のしかかるおっぱい圧以上の圧が山椒を襲う。まるでATMのごとく扱われ、奴隷のごとく扱われ、立つ瀬なし。なんたる不運。金満家族の最終地点。富豪の息子が陥る最後の罠。巨大なおっぱいに魅せられたがゆえの理不尽さに心を蹂躙され、禿げ加速。骨、密度を無くし、次第に心を失い、家庭ではペッパー君以下の使えないロボット、それが山椒。万歳田山椒。もはや肩も上がらず、万歳ができずとも、稀有な名、万歳田山椒。

「苦労でもジュウロウでもジュウイチロウでも、いくらでも買う自信はあります!だから御社に、入社させてください!」

太陽二つ。黒点で埋め尽くされるかのごとき目。わずかに白目の幅が残された眼。いつか日の目を見る太郎。おっぱいに飼い殺しの男が社長を務めるポク電公社に入社したいと願う男。この男、どこまでも不運。すべての努力が報われない男。高級スーツと言われて15万をはらったスーツの原価、2万。差額の13万の利益を得たスーツ屋大喜び。靴、本革と言われて買った靴、実際、合皮。精巧な化学繊維に基づく合皮。見抜く目など当然無い。見抜けるはずもない。そもそも本革を知らぬ男。死ぬまで合皮を本革と信じ続けて死ぬかもしれない男。騙されても、騙されたことに気づかない男。アムウェイの絶好のカモ。しかし、キラキラの目だけが取り柄の男。騙す方に強烈な罪悪感を与える目を持つ男。事実、詐欺スーツ屋、倒産。合皮の靴を売り付けた会社、破産。不幸の連鎖、騙される人間以上の苦しみを味わう騙される人間。不幸の巴投げを決める男。いつか日の目を見る太郎。自分の不運を利用とする他人の力を利用して、不運を倍増させていく男。不幸界のヤワラちゃん。不幸の黒帯。不幸の柔道家。いつか日の目を見る太郎。

「うちは世間一般じゃ、ワタミだとか電通と同じようなブラック企業と言われているけれど、それでも入社したいと?君は何かな。自ら苦しむことに違和感を感じないタイプの人間かな?」

お前が言うか、万歳田山椒。この男、蜜に対しての防御力ゼロ。なぜならおっぱい。豊満なおっぱいに弱い男。とことん原始的な男。実った果実に真っ先に食らいつく男。よだれを垂らし、恥を捨て、全身全霊で欲望に忠実にひたはしる機関車。機関車リビドー。金を燃料に肉体を走らせるどうしようもない男。タイガー・ウッズ以上のセックス依存症。週七風俗の男。風に当たりすぎて風邪を引く男。そもそも風すらも巻き起こせるほどの風俗の帝王。北はススキノから南は辻まで、風俗総なめの男。沖縄では辻斬りの山椒として名が知られ、ススキノでは風来坊と呼ばれる始末。仕事そっちのけ、性に精を出す人生。家に帰れば二つの巨峰に挟まれ、快楽の棒を引っ張られる始末。もはや棒と体とどちらが山椒から分からない。まるで山椒魚。デカデカと太りすぎて、性欲のほこらから抜け出せぬ男。
 そんな男の、いじわるな質問。性欲にまみれた、どす黒い腹持ちの男の放つ、反吐のような質問。暗黒、暗黒の射精。

「苦しかったですけれども、今思えば、全部、自分の力になりました。この会社にそのような苦労があるなら、若いうちに、たっぷりあじわって、自分の力にしたいです!」

まっすぐ。信じられないほどまっすぐ。職人の豆腐捌きのごとくまっすぐ、清らかな返答。暗黒を切り裂く返答。モーゼの返答。暗黒の海を裂く言葉。これぞ、キラキラの目だけが取り柄の男の真骨頂。

「「「「お、おおおお!!!!!」」」」

 面接官4人。身を切られるような思い。裁かれる自心。俎板の鯉。完璧な板前の前に差し出された魚のごとく、天命を知って身動きを取れず、腕、無意識に「合格」の文字を履歴書に書き出すために動く。
 が、万歳田、呵呵大笑。

「おいおいおい、だったら今すぐ首輪とチェーンを飼ってきなさい。君を犬のように扱ってやるから」

万歳田、家の地下二階で、自分が犬となって妻にたたかれていることは語らず。

「は、はいな!あ、あの。この土地に不慣れなもので、どこに首輪とチェーンが売っているか教えていただけませんか」

「それは君、秋葉原の・・・」

万歳田、言いかけて口をつぐむ。危うく、行きつけのSMグッズ店の名を口走りそうになる。

「いやいや、それには及びませんよ。そうでしょ、万歳田さん。彼は合格です。うちの社員にふさわしい。うんと苦労をしてもらいましょう。ね?いつか日の目を見る太郎くん」

面接官の一人。場を収める一言。参謀、徳野池どん床。この男の人生は、またの機会に。

「あ!ありがとうございます!一所懸命に働きます!」

はてさて、こうして決まった採用。いつか日の目を見る太郎。果たして、日の目を見る日はやってくるのやら。
 それはまた、気が向いたときに。

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