レールに乗って歩んだ人生を初めて自分で踏み外した話
安定したレール、自分で踏み外してみろ!!
この世に生を受けて23年。小学生で始めたラグビーを頑張ったおかげで、受験勉強をしたことがない。たまたま体が大きく、ラグビーの才能があったためか、地元のラグビー強豪校から関西の有名大学に入学し、卒業後は先輩のいる大手企業にコネ入社。ここまで何の苦労もせずに人生に敷かれたレールの上を気楽に歩いてきた。
しかし2020年、そんな私に考え方を改めさせる転機が訪れる。
コロナである。
コロナは中国で感染者が出たかと思えば、あっという間に世界を飲み込み、パンデミックを引き起こした。そのコロナの時期に私の入社時期がぶつかったのである。
4月、会社の場所が大阪ということもあり、入社式はリモート、研修もリモート、同期との飲み会もリモート。
正直気が狂いそうだった。
これまでの当たり前がぶち壊された瞬間。人と人との繋がりが電波でしかなくなった瞬間。さらに、追い討ちをかけるように在宅ワークの日々。在宅でやることはひたすらエクセル、パワポ、ワードを使って資料作り。
その時間は、自分の存在意義に疑問を持つには充分すぎた。
そんな日々に半年耐え、ついに転職を決意。
転職の企業選びの軸は、とにかく"楽しい"、"好きなこと"
もう敷かれたレールの上を歩くのはうんざりだった。自分で道を作り出す時が来たのだ。
そこから日頃の業務をこなしつつも、転職する企業を探しまくった。色んなサイトに登録して、アプリをダウンロードして、自己分析にも時間をかけたし、自己PRに関しては人に添削してもらい、磨きをかけた。
でも、選考に落ちた。落ちて落ちて落ちまくって、「ああ、これが自分で道を作る辛さか…」という考えが生まれるとともに、他の自分で道を選んで生きてきた人へのリスペクトも沸いた。
そして、転職活動を続けること3ヶ月、気がつけば年が明けて2021年になっていた。
正月は毎年、帰省をしていたのでコロナ禍ではあるが、PCR検査を受けて帰省をした。地元の友達と遊び、家族と過ごして、思ったことは
「地元に帰りてえ」
であった。単純な男である。しかし、楽しくて、好きなことで、なおかつ地元となると、企業の幅はかなり狭くなる。そんな企業があるわけが、
あった
なんと、地元のワイナリーが求人を出していたのである。業務内容は製造、販売などのワインに関わること全てである。
元々、お酒が好きで、人と関わることが好きで、何でもやらせてくれるということで、もう自分の中では転職先はここに決まっていた。
早速、求人に応募して、面接の日程を決めた。
そして、いよいよ面接の日となり、身だしなみも整えて準備万端!!と挑んだのだが、
「あ、君には来て欲しいし内定で」
と言われて、2秒くらいの間が空いて返事をした。もちろん、了承の意を込めて。
正直、こんなにトントン拍子にことが運ぶとは思っていなかったが、何はともあれ自分の目標は達成した。
そこからは、入社の日程を決めて、引っ越しをして、入社をして現在に至る。
今は働いて1ヶ月だが、毎日がとても楽しい。
前の会社に比べると休みも減ったし、不定休だし、給料も少ない。
しかし、毎日が楽しすぎるのである。
これはお金や休日の多さだけでは得られることのなかった幸福であり、今はそれを噛み締めている。
ここまで長々と記事を書いたが、私の言いたいことは以下の3点である。
①レールに沿った人生も安定するが、楽しくない。
②自分のやりたいことは追求すべき。
③案外なんとかなる。
これを念頭に若者諸君には人生を楽しんで欲しい。
チャレンジをするなら若いうちから、そして今より若い自分はいない。
思い立ったが吉日ではなく、思い立ったが吉時
やりたいことはすぐやる。
このマインドで人生を生きれば、最後の瞬間に後悔することはほとんどないと思う。
最後にはなるが、レールを踏み外すことは決して悪いことではなく、チャレンジ精神をタップリ含んだ人生の善行だということを理解して欲しい。
以上、最後までご高覧いただきありがとうございました。