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イヌイット・アートに魅せられて 〜北方先住民族を巡る旅 その1

これから3回に渡り、私がこれまで目にして来た北方先住民族のアート・伝統工芸・文化などについて綴ってゆきたいと思います。
第1回目はカナダで出会ったイヌイット・アートについて。
といっても、私がカナダを訪れたのは今からもう二十年以上も前のことで、記憶違いがあったり現在とはかなり変わっている事もあるかと思います。
その点は予めご容赦ください。



イヌイット・アートとの出会い

私が北方先住民族に強く惹かれるきっかけとなったのは、カナダでのイヌイット・アートとの出会いからだ。
当時、妹がカナダへ留学しており、訪ねる機会があった。
妹は元ツアコンだったこともあり、短い滞在期間でも効率よく旅程を組んで観光地を案内してくれると言うので、当初は「赤毛のアン」の舞台となったプリンスエドワード島をリクエストしていたが、日本から来る友人知人の誰もが皆んな口を揃えて同地を希望するので、これまで何度ガイドしたことか、流石にもう食傷気味だからそこには行きたくない、と却下されてしまった。外面は良いが身内には厳しい我が妹よ…(苦笑)
代わりにメープル街道、ファースト・ネイションズの居住区、ケベック州などには連れて行ってもらえたのだけど、一番印象に残ったのは、トロント郊外にあるマクマイケル美術館を訪れたことだった。

この美術館を選んだのは私自身であり、どうやって知ったのか今では全く思い出せず記憶がかなり曖昧だが、当時の旅のメモを読むと、トロントから電車とバスとタクシーを乗り継ぎ、クレインバーグ Kleinburgという村に到着した、と書いてある。
20世紀前半からトロントをベースに活動していた芸術家集団 グループ・オブ・セブンの作品などを収集していたマクマイケル夫妻の自邸と広大な土地が、作品と共に寄贈され、こちらの美術館になったという。
美術館の石造りとログハウスの建物も、周辺の自然と調和していて素敵だった。

McMichael Canadian Art Collection
https://mcmichael.com/

写真の色調からしてすでに時代を感じさせる…
外に展示されていた
ファースト・ネイションズの絵が描かれた巨石



ここで私が最も惹かれたのは、グループ・オブ・セブンではなく、ファースト・ネイションズとイヌイットのアーティスト作品なのだった。

イヌイットとは、ベーリング海峡地域からアラスカ、カナダの北極海沿岸、ラブラドル、グリーンランドに広がるツンドラ地帯の、氷雪に覆われた極北の地に住む北方先住民族のことで、以前はエスキモーとも呼ばれていたが、現在は彼らの言葉であるイヌイット(人々)の呼称が使われている。
かつてイヌイットは、カヤックや犬ぞりで移動しながら、圧雪ブロックで作ったイグルーと呼ばれる日本の "かまくら" にも似た一時的な家で過ごし、セイウチやアザラシなどの狩猟採集などを行い生活をしてきたが、現代では定住し都市化が進んでいるという。

イヌイットの人々は、狩猟生活、自然信仰、精霊、口承伝承の物語を、石・セイウチの牙・動物の角を用いた彫刻やオブジェ、版画、フェルト刺繍、ドローイングなどでも表現しており、そのフォークロアなアートは近年、世界的な評価を得ている。
原始的で素朴だけれど、力強いエネルギーに満ちた作品たちは、見る者の心を一瞬にして捉え離さない魅力がある。
そして、これらの作品群を見ていると、製作しているアーティスト達は、自分の手で何かを生み出すという根源的な喜びに溢れている、と感じた。

イヌイットのアーティストたち

イヌイット・アートの第一人者であるKenojuak Ashevakの版画やドローイングは、のびのびとした描写の中に女性らしい繊細さも感じられ、とても惹かれる。

こちらの動画では、厳しくも雄大な極北の地でのイヌイットの移動生活や製作風景も垣間見られる。

当時、美術館で手に入れたポストカードより
「Child with owls」
「The owl with bears」


彫刻でイチオシなのは、Davidialuk Alasua Amittu。ソープストーンという柔らかい石を削って製作した彫刻、版画作品が素晴らしい。


上記のお二方はイヌイット・アート界では著名なアーティストなので、ネット検索すると多数の作品が閲覧出来る。

Naomi Ityiのフェルト刺繍作品も、イヌイットの暮らしを描いたモチーフや、カラフルで独特な色彩感覚が楽しくて、眺めているとワクワクする。
こういう作品を部屋の壁に飾ってみたい。



こちらのデジタル・ミュージアムからはイヌイットのドローイングがたくさん閲覧できて、作者別・画材別のリストもあり検索もできる。
イヌイットの世界によく登場する、フクロウ、熊、アザラシ、アッパリアスと呼ばれるウミガラスなど、生き物と人間が合体したような、プリミティブでユニークな絵に心掴まれる。



美術館のミュージアムショップでは、持ち帰るのに躊躇するほど大判で分厚く重い作品集も思い切って2冊購入。今思い返すと、その後カナダを訪れる機会がなく、この時手に入れておいてよかった。

Inuit Art : An Introduction」Ingo Hassel

 表紙の作品は
「Dancing Bear」Pauta Saila 1984
多数のアーティストの様々な表現の作品が掲載されている


Jossie Oonark  A retorospective」

Jossie Oonarkの
フェルト刺繍とドローイングの作品集



マクマイケル美術館について改めて調べて見ると、マクマイケル夫妻の奥さんの方は子供の頃デンマークからカナダに移住しており、昔は北欧からカナダへの移住者は多かったようだ。
妹が住んでいたフラットの大家さんも子供の頃に家族でフィンランドから移住したと言っていたし、フィンランド人が集まり住んでいる街もあると聞いた。
北欧に気候も風景も似ているカナダは、馴染みやすかったのだろうと思う。

美術館を訪れた次の年もイヌイット・アートのカレンダーがほしくて美術館にメールしたら、ご親切にもカナダから国際郵便で日本へ送って頂いた記憶もある。まだまだオンラインショッピングが一般的ではなかった頃のことだ。


カレンダーからの石版画01
「Owls within」Ohotaq Mikkigak 1991
カレンダーからの石版画02
「Fish become birds」Kavavaow Mannomee 1999

どちらの作品も、デザイン的に見てもモダンだし、シンボリック。
そして、愛らしい!
そう、イヌイット・アートには、どこか親しみを感じさせる愛嬌のようなものがあるのだ。


マクマイケル美術館を訪れた数日後に、今度はオンタリオ美術館でまたイヌイット・アートを見ることが出来た。
フランス語圏であるケベック州も訪れ、モントリオールでは、ぐうぜん前を通りかかったアートギャラリーでもイヌイットの作品に出会えたり、行く先々でイヌイット・アートに呼ばれているかのような旅だった。


おまけ:カナダ郵便局発行のイヌイット・アートの切手



カナダでは、森や湖など自然の美しさにも感動し、そこから何かが目覚めたのか、海外旅行に出ると、街や観光名所を見るよりも自然豊かな村などに滞在するようになっていった。
そのことが、今住んでいるこの国へ私を導いたと言えるのかもしれない。

それにしても、あれから、こんなにも長い年月が過ぎたのか…と驚くばかり。
願わくば、もう一度カナダを訪れ、またイヌイット・アートに触れてみたいものだ。



第2回 サーミの伝統手工芸と文化などについてはこちら


第三回 アイヌの衣装と文化については、こちら


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