ベタな恋愛ものが書きたくて

1

「イズミさんは……」
「ううん、ワイズミ。和泉って書いてイズミさんが多いみたいだけど、わたしのはそのまんまワイズミって読むの。和泉桜。よろしくね」
そう言って彼女は笑った。
僕の大学にはクラスなんてものはあってないようなもので、だから講義ごとに全然知らない人たちと顔を合わせることになるのだが、いつもは先生が一方的に話をするだけだから学生間の交流は皆無に等しかった。ところがなんの気まぐれか、今日は数人で協力して行う小課題が出され、たまたま席が近かった者どうしで組むことになったのだ。その本当に偶然の、即席のグループに、今思えばまるで運命みたいに、ワイズミさんはいたのだった。

2

春みたいな名前だ、と僕がつぶやくと、彼女は一瞬はっとしたような顔をして、
「でしょう?だけど、冬生まれなの」
と、いたずらっぽい笑みを向けてきた。その表情はなぜだか僕の頭に温かな陽だまりを思い起こさせ、僕はまた、春みたいだ、と思った。

3

ーーくんていつまでわたしのことワイズミさんて呼ぶの?
彼女はほんとうにおかしいというように、形のよい目を細めてじっと僕を見つめていた。
僕は二十年という今までの人生の中で、女の人を下の名前ですんなり呼べるほどの度胸も経験も社交性もほとんど培ってこなかったのだということに気がついた。
そんな今の僕には、不満げな(だけど可愛らしい)彼女の視線を正面から受けとめることさえ難しく、そんなこと言われても、とかなんとかつぶやきながら柄にもなくどぎまぎして、どうにも落ち着きがなかった。

4

彼女を好きだと自覚してからの僕は、普段から冴えないやつだとは思うけれど、彼女の前ではそれ以上に、てんでだめだった。真っ赤になっているはずの耳が、かろうじて髪の毛で隠れてくれていてよかった、といつも思った。そんな僕の心中を知ってか知らずか、彼女は僕を見かけると、必ずあの陽だまりみたいな笑みを浮かべて近づいてきて、やっぱり陽だまりみたいな声で僕の名前を呼んでくれるのだった。

5

友達の片山に相談すると、彼は僕のこの煩悶を、お前は中学生かと言ってひとしきり笑い、その憎らしいにやけ顔のまま、青春だねえ、と僕の肩を叩いた。
「しかたないだろ、ろくに経験がないんだ。僕だって恥を忍んで相談してるんだからちょっとは真面目に聞いてくれよ」
そうぼやくと、片山はすまんすまんと言いながらもらやっぱりおかしそうにからからと笑った。


気が向いたら、続く。

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