なぜ土はふかふかしているの?目に見えない土の中のはたらきものたちの話
天気がいいある日、ひさしぶりに公園を散歩していました。
もう桜も咲いてすっかり春。心地よい気候で散歩日和。ベンチに座って、コーヒーでも飲んで。これができる気候、大好きです。
アクティブに過ごす休日もいいけど、こんなのんびり過ごす休日も最高。至福。
そんな感じで太陽と四季に感謝しながら過ごしていたんですが、すごーく端っこの方で丸くなって微動だにしない少年がいて。
泣いてるのかな、怪我したのかな、とちょっと様子を見ていたら、
「ママーーー!ミミズいたーーーーー!!!!」
と、ものすごい大きな声で、目をきらきら輝かせながら、ママの元へ駆け寄って行きました。何がおもしろかったのか、ミミズがうねうね動くのをじっと観察していたのでしょう。
容易にその様子が目に浮かぶのは、わたしも学校の校庭や公園で、ミミズを見つけては、気持ち悪いなんて思いながらも、触ったりしていたからです。あと「切っても再生するんだよ」なんて教えられて、やってみたいけれど、怖くてできなかった、なんて思い出もあります。
いつから、ミミズに興味を持たなくなったのか。むしろ、今はミミズを触りたいとは思わなくなってしまった。
でも最近この仕事のおかげで、実はミミズは「土を耕しているはたらきもの」だと知りました。よくカピカピに干からびて、あらら、くらいにしか思っていなかったのですが、とても大事な役割を担っているらしいのです。
せっかくならば、もっと深くまで知ってみよう。
もし、わたしに子どもができて「ママ!ミミズ!」と目を輝かせていたら、その子が興味を抱くかは置いておいて、うんちくおじさん(わたしの森の師匠※以下、師匠と呼びますね)のようにうんちく話のひとつやふたつできる、お節介母ちゃんになってやろう。
ということで、今日は「土の中のはたらきもの」の話をします。
土だって育つ
師匠は昔、家の庭の土を育てたことがあるらしい。
どういうことかというと、土にはざっくり2種類ある。それは、「カチカチの土」と「ふかふかの土」。森の中で理想とされるのは「ふかふかの土」。
それぞれどういうものなのか、土の中を拡大して見てみます。
上が「カチカチの土」。
まるいのは、砂や粘土。みっちりと詰まっています。
そして下が「ふかふかの土」。
ひとつひとつの粒がだんご状(団粒っていうらしい)にまとまり、空間に余裕があります。
実はこの「ふかふかの土」というのは、わたしが師匠に最初に教えてもらったこと。
「天然水の森づくり」においてこの「ふかふかの土」が森に広がっていることは、何よりも大切なことらしい。これだけ隙間があれば、水がしっかり浸透しそうじゃないですか?
森に降り注いだ雨は、土の中に染み込んで、その後地下深くの地層の中でゆっくりゆっくり磨かれて、天然水になります。だからそもそも土がふかふかでないと、染み込むことすらできないわけです。
「ふかふかの土」に育てることは、天然水のための森づくりでは、なにより大切なことなんです。
師匠が庭の土を育てたのは、「サントリー天然水の森」を始めるために、改めて猛勉強をしていた頃。
師匠「“天然水のための森づくり”でふかふかな土が大切なことは調べていてわかった。でも、広大な森の中を、畑みたいにせっせと耕すわけにはいかないでしょ。じゃ、どうすればいいのか。その時、「不耕起栽培」っていう耕さない農法で、逆に土がどんどん良くなるっていう説に出会ったんだ。で、自宅の庭で実験しようと思ったわけ。」
それから10年かけて、すこしずつ土はふかふかになっていき、雑草は消え、カチカチすぎてほんの数センチしかささらなかった支柱が、何の抵抗もなくスッと1メートルくらい入るようになったというのです。
(10年もかかるんかいって、思いました?大丈夫、わたしも思いました。でも自然界タイムに換算すると一瞬で、これこそが自然界の営みらしい。)
師匠がやったことといえば、雑草の根っこを抜かずに刈り取り、刈った草をそのままそこに放置しただけ。たったそれだけで、土はふかふかになっていく。
なぜでしょうか。
もちろんそれは、師匠によるイリュージョンではありません。
実はこれこそが、土の中に小さな小さな生命が生きている証なのです。
なんでふかふかの土になるの?
土の中にはなにがいるでしょうか?
まずは、土に張り巡らされている根っこたち。
そして例えば、冒頭に出てきたミミズをはじめ、こんな土壌動物や微生物たち。
彼らが元気に生きることで土はふかふかに耕されていきます。
伸びて、枯れて、土を耕す根っこたち
土を耕す上で、最初に働いてくれるのは、根っこです。
師匠が庭でやったみたいに、地際から刈り取られてしまった草は、上下のバランスを取るために根の先を枯らすらしい。で、その後、地上部がまた育ち始めると、根のほうも再生し始める。
もしかしたら経験のある人もいるかも知れませんが、初夏から秋までの雑草って、刈っても刈っても生い茂ってくる。でも師匠は根気よく、年に3-5回ほど刈り伏せを繰り返したそうです。
師匠「そうしたら、別に意図したわけじゃないけど、とても早く結果が出始めた。」
普通なら、根は年に一度しか伸びる・枯れるを繰り返さないけれど、今回は師匠の手によってそれらが多い年では5回も繰り返されたから、その分耕されるスピードが上がったらしい。
「土の中に、枯れた根が縦横に張り巡らされて、そこがパイプみたいな構造になって、水を通しやすい柔らかい土に変えてくれたわけ。」
雑草の中には、1メートル以上の深さまで根を伸ばす種類がたくさんあります。
耕すのを根に任せたことで、人の手で耕すよりもずっと深いところまで、柔らかく、水を通しやすい、いい土に変えることが出来たということです。
「つまり、天然水の森でいい土、ふかふかの土にするためには、草や低木の根を大切にしなきゃならないってことが、この実験で分かったんだよね。」
せわしない土壌動物と微生物、細菌たち
次に、土の上に刈り伏せされた雑草たちには何が起こったか。
これらには、噛み砕く、刻むことを得意とするものたちが集まってきます。
甲虫類の幼虫やミミズ、ヤスデなどです。
彼らは、土の中を動き回りながら、葉にある栄養を噛みちぎって自分の体内に入れます。それらから栄養を吸収し、自分自身が利用しないものは糞として排出します。
ここで登場するのが、口を持たない微生物や細菌。
土壌動物によって細かくされた糞に混ざっている水分や養分にしゃぶりつく。そして、自分自身も栄養を蓄えながらも、さらにどんどん分解していく。
土をふかふかにしてくれる生き物たちには、それぞれの得意分野と好みがきっちりとあります。
ダニやトビムシなどは、枯葉の葉脈以外をむしゃむしゃと食べる。たまに穴ぼこの空いた枯葉が落ちていることがあるけれど、それは彼らが生きた証です。
カビやキノコの仲間は樹や落ち葉を分解するのが得意です。だからそのタイプのキノコは枯れ木や落ち葉の山から生えてきます。
そして、それぞれが好きなものを存分に味わったあと、それよりももっと小さい虫たちや微生物たちが、さらに分解していく。そんな風に、循環しているのです。土の中でも多様性が非常に大切なんですね。
土壌動物は、地表の枯れ葉や落ち葉を食べるだけではありません。
土の中を動き回って、根っこやその周りに集まっている微生物を食べたり、糞を出したりしながら、せっせと土を耕しているのです。
ちなみに、ミミズには歯も消化酵素もありません。
ただ、口と胃の間に砂嚢があり、中には砂などが入っていて、そこで飲み込んだものをすりつぶして、粒子を小さくします。
ミミズは、カビ始めた落ち葉や、生きた根っことその周りにいる細菌を、土や砂と一緒に飲み込みます。そして砂嚢ですりつぶした葉っぱや根っこを、カビの酵素と細菌たちの力を借りて分解し、そのおかげでミミズは栄養を吸収できます。消化しきれなかったものは糞として排出されます。そして、土の中にいる微生物や細菌はその糞にある栄養素にしゃぶりつきます。そしてさらにミミズは、なんとそれ(もとは自分の糞)をまた食べるのです。一度に胃の中で取りきれない栄養は、食べて、出してを繰り返すことで、限界まで栄養を自分の体内に吸収しているのです。土をまるで自分の胃のように活用している感じですよね。すごい。
こんなふうに、土壌動物が食べて、出して、微生物が分解、小さな土の粒子同士をくっつけて「団粒」にすることで、森の土は、「ふかふかの土」へと、ゆっくりゆっくり育っていくのです。
根っこは戦略家!根のディープな話
そういえば、土壌動物たちは、自分でむしゃむしゃ栄養を取れるけれど、植物ってどうやって栄養を吸収しているんだろう。
ふかふかの土になるまで、なんとなく理解したはいいものの、ついつい別の疑問が湧いてきた。
植物の成長に大事だと言われている四大栄養素は、窒素(N)・リン酸(P)・カリウム(K)・炭素(C)。
これらの栄養素の内、空気中から植物が吸収できるのは炭素だけらしい。(大気中の約8割が窒素なのに!と思うけど、どうやら吸収できない形のものみたいです。すっかり忘れてた。)
だから、炭素以外は土の中から摂取しなければいけません。
畑や鉢植えの土は、肥料や水をたっぷりもらえます。だから、それらを直接根っこが吸い上げることができます。
けれど、森ではそうはいかない。雨だって毎日は降らないし、栄養だって潤沢にあるわけではない。
ふかふかの土であれば、水を保ってくれているんじゃないの、なんて思うけれど、実は“小さな団粒の中”にあるだけらしい。根っこは、微生物とちがって、太すぎるし、自由に動き回れるわけでもないので、その水を吸い上げることはできません。
絶望的!なんて思って、諦めていたら、植物はこれほどにまで繁殖していないですよね。ここからが自然界のおもしろいところだな、なんて思うのですが。
ここに登場するのが、菌根菌。菌根菌はカビやキノコの一種です。
植物と彼らは、共生するパートナーです。
植物は、光合成で作った糖分を自分の栄養にするだけでなく、根を通して菌根菌に与えます。
一方で、菌根菌は、植物の根では入り込めないような、団粒の中に菌糸を伸ばして水を吸ったり、落ち葉などの有機物を分解したり、あるいは、酸を出して鉱物を溶かしたりしながら、植物の根に水や養分を運びます。
つまり、森の植物は、自分の根では、ほとんど水も栄養も吸っていないんです。
師匠「昔、畑の土を研究しているある学者先生が、森の土を分析して、「こんな貧栄養じゃ、植物は育ちません」って断言したことがあるんだけど、そんなことを言われても、現に立派な森が育っているわけで。まあ、先生がこう思ってしまったのも、訳があるんだよね。」
肥料をたっぷり与えている畑では、こういう共生は起きないらしい。
肥料も水も充分にある環境なら、菌根菌の助けなんか借りなくても、自分の根で直接吸収できる。だったら、せっかく光合成で作った糖分を菌やバクテリアにあげるのはもったいない。自分の栄養分にしちゃおう、なんて作物が思ったとしても無理はありません。
畑の土と森の土では、植物の育ち方がまるでちがうんですね。
森の植物のほとんどは、菌根菌と共生していて、反対に、菌根菌と共生できなかったものは、小さいうちに枯れてしまいます。
菌根菌はいくつかに分類されるのですが、大きく分けると外生菌根と内生菌根のふたつです。
外生菌根の代表的なのが、みんな大好きキノコです。(好きかは知りませんが)
外生菌根は、根の細胞膜の外側に菌糸をはわして共生します。
ちなみに、彼らは、どんな樹とも共生できるわけではありません。
たとえば、
写真の「タマゴタケ」は、主にブナ科などの木、ブナやコナラ、ミズナラ、クヌギなどと共生します。なので、「タマゴタケ」を見つけたかったら、これらの樹がある森に行けばいいってことですね。
こちらは、以前天然水の森に訪問した時に見つけた「ハナイグチ」。彼らは、カラマツと共生しています。
キノコは基本的に共生する植物から離れたとことでは生育することができません。
なるほど、
マツタケ(アカマツと共生)が人工栽培できないというのは、こういうわけだったんですね。
続いて、内生菌根。
内生菌根は、根の細胞の中まで菌糸を伸ばして共生しています。
上の図は内生菌根の一種のアーバスキュラ菌根。彼らは、陸上植物のほとんどと共生ができ、異なる植物同士をつなげて菌糸によるネットワークをつくり出したりするらしい。
菌根菌は、樹が必要な栄養素を作り出す分解者でもあり、樹の根っこに栄養を運ぶ、運搬業者でもあるんですね。
そして、植物の根のまわりに集まってくるのは、菌根菌だけではなく、有害な生き物から根を守ってくれる警備員みたいな微生物もいるらしい。
実は、樹って戦略家。かなりやり手だと思います。
だって、微生物のそういう働きをしっかり理解しているから。
だからわざと根の先から、微生物が欲しがる養分を垂れ流し、それによって、自分自身にとって有益な彼らを呼び寄せているんです。
微生物にとっても栄養分があるのは嬉しいこと。喜んで呼び寄せられるわけです。まさにwin-winな関係。これが共生関係というやつです。
微生物のおかげで、樹は栄養素を吸収し、自分自身を守りながら、成長することができています。
目の見えないところでこんなことが行われていたなんて・・・。
微生物たちは、自然界の陰の立役者ですね。
最後のつぶやき
生物多様性、といえば土の中のことは忘れてしまいがちですが、土の中にも多様性は広がっていて、何だか、小さな宇宙みたいです。
彼らの営みによって、自然界はうまいことめぐっていますが、彼らは何も特別なことをしているわけではなくて。ただただ一生懸命に生きているだけなんですよね。生きることに真っ直ぐに、生きて、子孫を残すことためにはたらいて、結果的に、土をふかふかにするし、わたしたちにたくさんの恵みを与えてくれているんだと思います。
こんなに長くなる予定はなかったのに、過去最高を記録してしまいました。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。