千年小説
千年残る小説を世に出すという会社を挙げてのプロジェクトが始まった。
ドストエフスキーでいいじゃないかという声も上がったが、やはり日本語の作品がいいということだ。
だったら、漱石とか遠藤周作とか、色々いるだろうという話になったが、結局は自分たちの出版社でそういうことをしたくて、新作で作家に緊張感を持った大きな作品を書いてもらって、ずっと売りたいということが透けて見えてきた。
ということで、我が第13出版部は金庫制作を任された。
千年残る小説を千年保存するための金庫がどうしても必要になって来る。だってそうでなければ、物理的に千年残らないだろう。
ハリー・ポッターだって、千年の時の流れの前では力なく絶えていくことになるかも知れない。そういうことだ。
もちろん、我々は開闢以来ずっと書籍を作ってきた。
金庫、ましてや千年残る金庫を作るだなんて、夢想だにしたことがない。
でも、やらねばならない。
調べてみると、古事記や聖書なんていうものも原本はずっと昔に失われて、一番古いとされているものも写本なのだそうだ。つまり今我々が手にできるのは、写本の写本の写本の写本の…ということである。
でも、我々は違う。いわゆる原本を保存するわけである。
段々と我々にのしかかった仕事の重さが分かってきた。
まずこれから千年間何が起こるだろう。そして出来上がった金庫はどんなところに置かれるだろう。
たとえば会社の定礎みたいなモノに埋められるとか、あるいはただ資料倉庫にポンと置かれるだけかも知れない。
会社そのものが無くなるかも知れない。
潰れる以外にも戦争や地震、水没なんてこともある。
おそらく金庫はそういうことも想定してデザインしなければならないのだと思う。
「だったら金庫以外にも、原稿も紙じゃなくて粘土板がいいんじゃないか?」
「いや土じゃだめだ。熱やなんかにも強い金属でプレートをつくろう」
「そうだ!それがいい。早速部長に報告だ」
「いや、でもそんなことが通ったら、金庫部の他に粘土板部も作れとか言われるんじゃ」
「地球爆発だ!」
と、突然中野が言った。
初め我々は何のことか分からなかった。けど、すぐに事の重大さが飲みこめてきた。
地球爆発したら千年残らないじゃないか。
賢しい彼はいち早くそのことに気づいてしまったのだ。
宇宙に飛ばすか?だが、宇宙をさまよう金庫だって安全とは言えないだろう。それにもし爆発しなかったら?千年後回収できない。本末転倒である。
「いや」
静まり返る部署に課長の声が響く。
「我々の使命は頑丈な金庫と粘土板を作ることだ」
たしかに地球爆発は我々の力を越えている。
我々は我々が今出来ることを精一杯やるしかない。
無言の決意に答えるように課長は強くうなづいて見せた。再び口を開く。
「次の議題だ。地球崩壊や大戦に備え、金庫の中に本と一緒に入れるお菓子の組み合わせを考えよう」
金庫づくり。初めは、変な本しか作ったことのない我々に対して嫌がらせだと疑っていた。しかしどうだろう。蓋を開けてみれば、この仕事が千年小説プロジェクト成功の要になっているのは疑いようもないことだ。
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