シネマフリーク
僕はいわゆるシネマフリークだった。
浪人時代は京橋フィルムセンターや池袋の文芸坐、銀座の並木座などへ足繁く通って世界の名画や日本の名画を年間300本ほど観ていた。
昔はオールナイト上映というのがあって、一晩で4〜5本の映画が見られた時代だ。
高校を卒業して大学受験に失敗した僕は日中は地元の本屋でアルバイトをし、夜は映画館に籠って銀幕の世界に逃避するという生活を送っていた。
京橋のフィルムセンターでは、世界の古典的名作映画を体系的に観ることができた。エイゼンシュテインや溝口健二などの作品もセンターで観ることができた。
文芸坐や並木座では観ていなかった日本映画黄金期の映画を観ることが出来た。中高生の僕に往年の映画を観る機会はなかった。
1960年代からアメリカンニューシネマやフランスのヌーヴェルヴァーグの映画が公開されその新しい映画手法に魅了された。
浪人3年目の夏に大学へ行こうと決心した僕は半年の猛勉強の末希望する大学に合格した。
同級生の多くは有名進学校から来た面白味の無い人間ばかりだったが中には公立高校出身の才人がいて類は友を呼んだ。
映画とロックが好きな連中が集まってきたのだ。
とりあえず僕と何人かで既にあったフィルムクラブへ入部した。
後に僕らはそれまでフィルムクラブで上映したことのない類の映画を上映することになる。
仲間でフィルムクラブを乗っ取ったのである。