母の介護
心筋梗塞で倒れた母の介護が始まったのは僕が実家に帰った翌年、母が80歳、僕が54歳だった。父を亡くしていた母は一人暮らしだった。
当時の僕はオンラインで指導する英語の家庭教師をしていた。
3人の子供たちの内、男の子2人は大学に通っていた、1人娘は結婚していた。
オンラインで指導していたので母の世話をする事は出来た。以来、8年に渡って僕1人で母を介護する事になる。
母を介護するのは長男として当然だと思っていたし、当時の僕にはそれが出来た。離婚していたので妻はいなかったし妹が2人いたが何もしてくれなかった。
結局、母の最後を看取ったのは僕と担当の看護師さんの2人だった。
母を見送った後、自分は母を充分介護出来ただろうかと度々自分を責めた。
終末期医療に同意して良かったのだろうかと悔やむこともしばしばあった。
しかし、その時は仕方なかった。医療を施さなければその時、母が死ぬという事を意味していた。
何もしなかった妹たちに僕が決断した延命治療を責められもした。
しかし、生きている母を目の前にして僕は延命を選択するしか無かった。
現在、脳梗塞の再発とパーキンソン病の疑いという不安に苛まれている僕は子供達に伝えておきたい。
もし僕が意に反して寝たきりになり、意識も無くなったら迷わず延命はしないで。
お葬式も戒名もいらないからね。灰は何処か撒けるところに撒けば良い。