認知症初期段階の親が所有する不動産について、現在から将来にかけて売却するための手段についての相談事ってよくありますよね。

 認知症が始まった親が所有している不動産の売却について、どのような手段が取れるのでしょうか。ありがちな相談の一つかもしれません。この場面で使えそうな、信託、任意後見、補助について考えてみたいと思います。なお、ここで想定しているのは、認知症の本当の始まりの段階の方です。


1 信託

 まず、信託について考えてみます。信託は、当事者間の契約です。典型的な相談例は、お子さんからの相談ですが、託す側つまり親御さんの信託制度の理解が重要かと思います。親御さんの理解はいかがでしょうか。
 また、信託については、昨今、最も有効な認知症対策のような話がなされることが多いように思われますが、果たして、本当にそうなのか以下の点についてのご検討はいかがでしょうか。

(1)法律行為の代理権
 私の考えでは、信託はあくまでもお金の流れを作る仕組みであり、受託者が本人の法律行為(典型的には各種の契約)の代理人とされるわけではない点が、大きなポイントのように思います。具体的には、施設の契約や入院の契約の場面において、受託者=本人の代理人として契約締結ができるわけではないということです。もっとも、現場においては、親の施設入所に際し、お子さんが代理して契約をするということも行われている現実がありますので、そこが気にならないのであれば、この点はあまり気にならないのかもしれません。

(2)将来の受給権(年金)
 これは、具体的には年金の話です。信託は「今ある財産」を託す制度なので、今後入ってくる年金については信託財産の対象外とならざるを得ません。この点も、ご検討いただいた方がよろしいかと思います。

(3)取消権
 ここでいう取消権というのは、認知症の本人が締結してしまった不要な契約について、関係者が取り消すことのできる権限を有するのかということです。信託において、受託者はこの権限を持ちませんので、本人が締結した悪徳訪問販売業者との契約を受託者は取消すことができません。この点を重視したい場合においては、信託は向かないことになります。

2 任意後見

 次に任意後見について考えてみます。任意後見は、信託と同じように当事者間の契約です。法律によって、契約書を公正証書で作成することが義務付けられています(任意後見契約に関する法律第3条)。信託と同じように、親御さんの理解が重要です。任意後見で検討すべき事項は、次の点です。

(1)任意後見監督人
 任意後見は、任意後見契約締結後、本人の判断能力が衰えたときに家庭裁判所に任意後見監督人を選任してもらって始まる仕組みです。任意後見の開始にあたっては、任意後見監督人が必ず選任されますのでご注意ください。
 一般的に、任意後見のメリットとして、任意後見人を自由に選べる点が挙げられますが、対照的に任意後見監督人は家庭裁判所に選任される(つまり、自由に選べない)点を忘れてはいけません。監督人のほぼすべてが弁護士や司法書士でしょうから、ほぼ確実に監督人報酬が発生します。そうすると、任意後見人を親族にして報酬を0円とした任意後見契約を締結したとしても、ほぼ間違いなく監督人報酬が発生することになりますので、この点をどう考えるかは重要と思います。監督人の報酬は家裁が決定します。
 なお、東京家裁においては監督人の報酬について目安を公表しています。その額は、管理財産の額が5000万円以下の場合は月1~2万円、5000万円を超える場合は月2万5000円~3万円、です。

↑ https://www.courts.go.jp/tokyo-f/vc-files/tokyo-f/kouken/010204.pdf
東京家裁『成年後見人等の報酬額のめやす』
この2の(2)を参照

(2)法律行為・年金・取消権
 任意後見では、信託において懸念された法律行為の代理権も付与することができますので、この点だけを考えれば信託よりも任意後見の方がいいかもしれません。また、これから入ってくる年金についても、口座そのものに代理権を付与することができますので、年金が入ってくる口座について任意後見人に代理権を付与しておけば任意後見人が管理可能です。

 冒頭の課題である親所有の不動産の売却についても代理権を付与しておけば、任意後見人が売却できます。このとき、法定後見を利用している際に後見人等に課される家庭裁判所の許可は、不要です。この点だけを考えれば、次に見る補助の利用よりも簡便に思われる方がいらっしゃるかもしれません。

 取消権については、任意後見人にはないというのが原則なので、この点については慎重な検討が必要と思います。取消権を使う場面は、典型的には本人が悪質な訪問販売の被害にあってしまったような場合が想定されます。このとき、取消権があれば、当該契約を取り消すことが可能ですが、取消権を持たない者では取り消すことができません。もっとも、この点については、任意後見契約締結時に将来発生するかもしれない取消権の行使についても代理権を付与することができるとする見解・実務もありますので、公証人との打ち合わせ段階で話し合う価値はあると思います(LS会員各位におかれては2022年任意後見ハンドブック5~6頁でご確認を。他のかたは例えば「編集/公益社団法人成年後見センター・リーガルサポート『任意後見の実務 フローチャートとポイント』(新日本法規出版、2022年)24頁)」に記載があります。)。

3 補助

 補助とは、法定後見制度の一つです。法定後見は、本人の判断能力の状態によって、補助、保佐、後見、に分かれます。簡単に言ってしまえば、補助は認知症初期、保佐は中期、後見は後期、という具合です。冒頭の問題設定では、補助の利用が考えられます。個人的な意見は「認知症の診断が出ているのであれば、速やかに補助の申立てをした方がいい」です。

(1)本人の同意
 補助は契約ではありませんが、その利用には本人の同意が必要です。具体的には、①補助の開始、②補助人に対する同意権の付与、③補助人に対する代理権の付与、このいずれにも本人の同意が必要です。②と③は、どちらか片方だけの利用も、双方の利用も、可能です。
 A:同意権のみを有する補助人(①②)、
 B:代理権のみを有する補助人(①③)、
 C:同意権も代理権も有する補助人(①②③)、がいることになります。

 ここで気が付いたのですが(さんざん、そういうこと書いたり人前で話したりしてきて、今更お恥ずかしい限り…)、Bの場合は、本人の行為能力は制限されません。代理というのは、本人も法律行為が可能だからです。一方で、AやCの場合は、審判の中で補助人の同意を要するとされた法律行為については補助人の同意がないと本人は有効に行うことができませんので、本人の行為能力が制限されていることになります。

「新成年後見制度の解説」【改訂版】(金融財政事情研究会、2017年)65頁以下

(2)候補者
 補助が法定後見の一つである以上、その最大のデメリットは家族が選任されないのではないかという点だと思いますが、令和5年の成年後見関係事件の概況(統計)では、親族の候補者の選任確率は80%を超えています。

成年後見事件の概況https://www.courts.go.jp/toukei_siryou/siryo/kouken/index.html
令和5年の8-1(10頁)の二つのグラフをよく比較してみてください

 これを多いと評価するか、少ないと評価するかは、評価者の主観になるので、何とも言えないところですが、少なくとも親族は「ほぼ選任されない」という言い方は真逆のように思います。私からすれば親族の候補者は「ほぼ選任されています」です。巷間叫ばれる「親族は選任されない!」は、そもそも親族の候補者がいないのです。

 もっとも、冒頭の課題「不動産の処分」については、東京家裁が公表している親族の候補者以外が選任される可能性のある事項の一つとして挙げられていますので、不動産処分を目的として闇雲に親族候補者のみで申し立てるのは希望どおりにいかない可能性があります。
 そのような申立てをした場合、親族候補者とはまったく別の弁護士や司法書士が選任されたり、家裁が申立人の意向にかかわりなく選定した弁護士や司法書士が親族とともに選任されたり、ということが想定されます。
 私も実際に、親族候補者のみで申し立てられたケースにおいて、親族候補者とともに専門職後見人として選任された経験があります。こうなると、親族候補者及びそのご家族にとっては、ギャンブル以外の何物でもありません。相性の合う専門職が選ばれればハッピーかもしれませんが、相性の合わない専門職に就任されてしまうと「ザ・成年後見制度の闇」として、制度そのものを糾弾する側に回ることになるでしょう。(まぁ、その場合においても、補助はその開始にも同意権の付与にも代理権の付与にも本人の同意が必要である以上、本人が制度利用の継続に同意しないのであれば、終わることもできるんじゃないかしらという尖った?穿った?ひねくれた?見解も当職は持ち合わせている者ではありますが。)

 では、どうするかというと、不動産売却のための申立てのような場合は、専門職と親族の二人を補助人候補者として申し立てることが考えられます。経験上、この方式であれば選任されやすいと思います。詳しくはこちらをご覧ください。↓(またその話か、それはもういいよという方は飛ばしてください。)

 補助は法定後見制度の一つですから、契約ではありません。本人に契約能力は不要です。この点は、信託や任意後見とは大きく違う点です。信託や任意後見は契約ですから「どのような契約をしたか」が重要です。一方、補助の場合は、補助開始時点では付与されていなかった代理権について、時間の経過に伴って必要となった代理権を追加的に付与することも可能です。信託や任意後見の場合は、契約になかったことについて代理が必要となれば、結局、法定後見の申立てが必要ですねという話になってしまうでしょう。

(3)法律行為・年金・取消権
 補助は、法律行為の代理権も付与することが可能です。不動産売却も可能です。その際は、居住用不動産の処分の許可が必要です(民876条の10で準用する859条の3)。この点は任意後見よりも手間がかかるように思われるかもしれませんが、真に処分が必要なのであれば、そのハードルは低いでしょう。注意が必要なのは、売却後の補助人管理財産が高額になると、補助では後見制度支援信託が使えないため、監督人案件になることが十分予想される点です。
 年金については、補助人に年金が入る口座の代理権が与えられていれば補助人が管理可能ですし、年金の手続きについても代理権があれば年金事務所での各種手続も代理可能です。
 取消権については、補助人に同意権が与えられた事項について取消権も与えられますので(民17条4項)、心配な事項については、同意権を付与しておいたほうがいいでしょう。ちなみに、補助人へ付与する同意権や代理権については、以下の同意行為目録や代理行為目録を参照していただければと思います。必要なものにチェックをいれたり、記載のない事項については自由に記載したりします。

4 まとめ

 認知症初期段階の親の不動産処分に使えそうな信託、任意後見、補助、それぞれの特徴を書いてきました。結論を申し上げれば、信託と任意後見は契約なので本人の理解が重要ということ、どの制度にも一長一短があること、ここに書ききれていない各制度の特徴も数多くあるなかで、私は補助制度の利用が最も良いのではないかという意見です。理由は以下のとおりです。

1 本人に契約能力が求められていない。
2 補助人にどのような権限を与えるかは、本人の自由。その意味では任意後見のような使い方ができる。
3 代理権は追加できる。反対に与えた代理権をなくすこともできる。同意権も同じ。
4 同意権を付与しておけば取消権も行使してもらえる。
5 居住用不動産の売却も補助人が代理できる。真に処分が必要であれば家裁の許可は得られる。
6 世間で言われるほど親族の選任確率は低くない。不動産売却についても複数補助で対応可能。ただし、売却後の管理財産が多くなると監督人案件になる可能性はあるので、その点は検討が必要。
7 本人の状態が悪化しても保佐や後見に切替可能。

 認知症になったあと頑張って頑張ってどうにもならなくなって課題山積みになってからの後見開始より、認知症になったらすぐ本人が意思表示できるうちに親族(子)を候補者として補助開始を申し立てておくというのが色々と有用かもしれません。本人が望む権限のみ付与する形で開始できますし、必要になったら同意権も代理権も追加できます。ひとまず課題はない状態で親族のみ選任してもらい、本人の状態が悪化したら後見に変更、不動産売却が必要になったら専門職追加選任、売却後支援信託を利用して専門職辞任(補助・保佐の場合であれば監督人へスライド)、という流れが、もしかしたら現場のニーズにもっとも合っている現行制度の利用方法なのかなーなんて気もします。

終わり

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