活用する成年後見制度2       ~やめられるの?やめられないの?~


1 成年後見制度はやめられない?

 「成年後見制度は一度始めたらやめられない」
 皆さんも一度は聞いた事があるのではないでしょうか。
 ある意味正しく、ある意味間違っている。私はそう思います。なぜ、そう思うのか、以下に記します。

 成年後見制度は、民法のなかの「行為能力」という節に規定されています。特に第7条から第19条あたりが補助・保佐・後見の各審判に関するものです。これらの条文から離れて後見制度を語ることは、登記で言えば甲区がないのに乙区の確認をするようなものです。したがって、冒頭の「成年後見制度は一度始めたらやめられない」ということについても、まずは条文で確認すべきです。

(後見開始の審判の取消し)
第10条
 第7条に規定する原因が消滅したときは、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、後見人(未成年後見人及び成年後見人をいう。以下同じ。)、後見監督人(未成年後見監督人及び成年後見監督人をいう。以下同じ。)又は検察官の請求により、後見開始の審判を取り消さなければならない。

 第10条は、後見開始の審判の取消しに関する規定です。「第7条に規定する原因が消滅したとき」は、家庭裁判所は定められた者の請求により、後見開始の審判を取り消さなければならない、と書いてあります。もうやめられるじゃないですか。しかも「審判を取り消さなければならない」という強い力を持った規定ぶりじゃないですか。

(保佐開始の審判等の取消し)
第14条 第11条本文に規定する原因が消滅したときは、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人又は検察官の請求により、保佐開始の審判を取り消さなければならない。
 家庭裁判所は、前項に規定する者の請求により、前条第二項の審判の全部又は一部を取り消すことができる。

 第14条は、保佐開始の審判等の取消しに関する規定です。第一項には「第11条本文に規定する原因が消滅したとき」は、家庭裁判所は定められた者の請求により、保佐開始の審判を取り消さなければならない、と書いてあります。やっぱりやめられそうです。
 第二項は、第13条第二項の審判(拡張同意権付与の審判)について、家庭裁判所は、定められた者の請求により、全部又は一部を取り消すことが「できる」と書いてあります。第一項の「取り消さなければならない」とは違う書きぶりであることがわかります。

(補助開始の審判等の取消し)
第18条 第15条第一項本文に規定する原因が消滅したときは、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、補助開始の審判を取り消さなければならない。
 家庭裁判所は、前項に規定する者の請求により、前条第一項の審判の全部又は一部を取り消すことができる。
 前条第一項の審判及び第876条の9第一項の審判をすべて取り消す場合には、家庭裁判所は、補助開始の審判を取り消さなければならない。

 第15条は、補助開始の審判等の取消しに関する規定で、やはり同じようなことが書かれています。第一項の文末は「取り消さなければならない」です。第二項で言う前条第一項の審判というのは同意権付与の審判のことで、これは取り消すことが「できる」です。
 第三項はこれまでと少し毛色の違う規定で、「前条第一項の審判(同意権付与の審判)及び第876条の9第一項の審判(代理権付与の審判)をすべて取り消す場合」は、家庭裁判所は補助開始の審判を「取り消さなければならない」と書いてあります。

 整理します。

・成年後見制度は、条文で見ると、やめられないどころか、原因が消滅したときは、家庭裁判所は、開始審判を取り消さなければならない。

・拡張同意権付与の審判、同意権付与の審判、代理権付与の審判については、家庭裁判所は、全部又はその一部を取り消すことができる。

・補助開始の審判については、原因が消滅していなくても、同意権付与の審判や代理権付与の審判がすべて取り消されれば、家庭裁判所は、開始審判を取り消さなければならない。

2 原因が消滅したとき

 ハッハッハ、そんなことは、わかりきったことではないか!
 原因が消滅することなんてないだろ!
 認知症が治るとでも思っているのか?言葉遊びを辞めろ!
 そんな声が聞こえてきそうです。

 では考えてみましょう。「原因が消滅したとき」って、どういうときを指すのでしょう。

 考えられるのは2つでしょう。
 1つは「精神上の障害が消滅したとき」です。つまり、認知症等の病気の治癒。完全回復です。こちらの選択肢を【A】とします。
 もう1つは「判断能力の低下という状態が消滅したとき」です。病気が治ったかどうかではなく、判断能力の低下という状態が消滅したかどうかです。こちらを【B】としましょう。
 皆さんはどう思われるでしょうか。

 例えば、認知症の方が後見制度を利用しているとしましょう。この場合、【A】であれば認知症の治癒が求められます。【B】であれば認知症の診断があったとしても判断能力の低下が後見制度利用のレベルでなくなれば、やめられそうです。いや、条文的には、家裁は取り消さなければなりません。

 もう一度条文を確認しましょう。第10条の一部を正確に引用すると「第7条に規定する原因が消滅したとき」とあります。「第7条に規定する原因」とはなんでしょうか。「第7条に規定する」ですから、そのまま書かれているはずです。両方並べて確認しましょう。

(後見開始の審判)
第7条 精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。
(後見開始の審判の取消し)
第10条 第7条に規定する原因が消滅したときは、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、後見人(未成年後見人及び成年後見人をいう。以下同じ。)、後見監督人(未成年後見監督人及び成年後見監督人をいう。以下同じ。)又は検察官の請求により、後見開始の審判を取り消さなければならない。

 第10条が言う「第7条に規定する原因」とは、第7条のどの部分を指しているのでしょうか。
「精神上の障害」でしょうか【A】。
それとも「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況」でしょうか【B】。
 保佐も見ましょう。

(保佐開始の審判)
第11条 精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、後見人、後見監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、保佐開始の審判をすることができる。ただし、第7条に規定する原因がある者については、この限りでない。
(保佐開始の審判等の取消し)
第14条 第11条本文に規定する原因が消滅したときは、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人又は検察官の請求により、保佐開始の審判を取り消さなければならない。
 家庭裁判所は、前項に規定する者の請求により、前条第二項の審判の全部又は一部を取り消すことができる。

 補助も。

(補助開始の審判)
第15条
 精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分である者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、後見人、後見監督人、保佐人、保佐監督人又は検察官の請求により、補助開始の審判をすることができる。ただし、第7条又は第11条本文に規定する原因がある者については、この限りでない。
 本人以外の者の請求により補助開始の審判をするには、本人の同意がなければならない。
 補助開始の審判は、第17条第一項の審判又は第876条の9第一項の審判とともにしなければならない。
(補助開始の審判等の取消し)
第18条
 第15条第一項本文に規定する原因が消滅したときは、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、補助開始の審判を取り消さなければならない。
 家庭裁判所は、前項に規定する者の請求により、前条第一項の審判の全部又は一部を取り消すことができる。
 前条第一項の審判及び第876条の9第一項の審判をすべて取り消す場合には、家庭裁判所は、補助開始の審判を取り消さなければならない。

 ふむ。条文をよく読むと答えが書いてありますね。第15条第一項ただし書きをご覧ください。

第15条第一項ただし書き「ただし、第7条又は第11条本文に規定する原因がある者については、この限りでない。」

 これは、「後見開始や保佐開始の原因がある者については、補助開始はできないよ」という意味です。

 ここでいう「原因」は、あきらかに【B】の考え方です。だって、【A】は、原因というのは「精神上の障害」だという考え方ですから、それを第15条第一項ただし書きにそのまま当てはめたら「第7条や第11条の精神上の障害がある者については、補助開始できないよ」になってしまい、あきらかに不都合です。第7条と第11条に精神上の障害の差異はありません。差異があるのは、本人の判断能力の状態、です。
 第15条第一項ただし書きは「後見開始や保佐開始の判断能力の状態がある者については、補助開始できないよ」という意味でしか読むことができません。つまり、【B】の考え方です。

 結局、補助開始取消、保佐開始取消、後見開始取消、それぞれの条文がいう「原因が消滅したとき」というのは、病気の治癒などではなく「補助開始の状態ではなくなったとき」「保佐開始の状態ではなくなったとき」「後見開始の状態ではなくなったとき」になるわけです。

 実は、ここまでの整理は、ものの本を開けば、あっさりそう書いてあります。

『「第7条ニ定メタル原因止ミタルトキ」というのは,本人が事理弁識能力欠如の常況でなくなった場合を指すが,それは,かれが事理弁識能力を完全に回復し,その能力の制限が全く除却されるべき場合のみならず,かれの事理弁識能力がなお著しく不十分ではあるが,それが常況ではないという程度になった場合,ないしは,その不十分さはなお存続しているが,それが著しくはない程度になった場合も,これに含まれる。』

谷口 知平 (元大阪市立大学名誉教授)・石田 喜久夫 (元神戸大学名誉教授)/編集『新版注釈民法(1)総則(1) 通則・人 -- 1条~32条の2 改訂版【復刊版】』(有斐閣、2010年)345頁

『民法七条に規定する原因が消滅したとは、成年被後見人が精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況でなくなったことである。』

石田穣 著『民法総則 民法大系1』(信山社、2014年)204頁

『7条所定の原因が消滅した―「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況」でなくなった―ときは、家庭裁判所は、本人、配偶者・4親等内の親族、後見人・後見監督人または検察官の請求により、後見開始の審判を取り消さなければならない(民10)。』

山本 敬三 (京都大学教授)/著『民法講義Ⅰ -- 総則 第3版』(有斐閣、2011年)61頁

『「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況」でなくなった場合、すなわち本人の判断能力が回復した場合、家庭裁判所は、』・・・

新井誠 岡伸浩 編『民法講義録[第3版]』(日本評論社、2023年)24頁

(禁治産制度のころの話ではあるが)
『「禁治産ノ原因止ミタル」こと、すなわち心神喪失の常況でなくなったこと』

我妻 栄 著『民法講義I 新訂 民法総則』(岩波書店、1965年)80頁

『後見であれば事理弁識能力を欠く常況でなくなったとき、保佐であれば事理弁識能力が著しく不十分でなくなったとき、補助であれば事理弁識能力が不十分ではなくなったとき、である。』

額田洋一著『成年後見実務マスター』(新日本法規出版、2023年)46頁

 どこにも「病気が治ること」「精神上の障害が消滅すること」とは書いてありません。後見開始取消は本人の状態が「常況」ではなくなればいいし、保佐開始取消は「著しく不十分」でなくなればいいし、補助開始取消は「不十分」でなくなればいいのです。(もっとも、補助取消は、同意権と代理権の全取消からの自動的に開始取消ルート(第18条第三項)の方が早いかもしれません。)

 認知症が消滅、精神疾患が消滅、などということではなく、本人の判断能力の状態が回復したか否か、そこに注目すればいいのであって、このことを理解できたら「成年後見制度は一度始めたらやめることができない」とまでは言えなくなるのではないかなと思います。

 頭に浮かぶのは、状態が上下するご本人です。上下の時間的幅は人それぞれかと思いますが、必ず全員が右肩下がりに一直線というわけではないと思います。特に精神疾患の方は、認知症の方よりもその可能性があるように思います。完全回復しないと辞められないなどという誤った認識を専門職と呼ばれる立場の人間が持っていては、制度のよりよい改善や発展は望めないことと肝に銘じます。

制限行為能力者から行為能力者へ

3 そうはいってもさ

 成年後見制度は今の法律のなかでも辞められるかもしれない!と思った方には申し訳ないのですが、実は甘くない部分もあります。本人の能力回復というのは実に喜ばしい場面であることは間違いがないと思いますが、一方で、本人の保護という面もしっかり検討がなされる必要があります。

 例えば、被後見人が、保佐の診断書を取得し、後見制度の利用をやめたいと考えた場合、どうなるでしょうか。条文をそのまま当てはめれば、「常況」から「著しく不十分」になった、すなわち後見開始の原因が消滅した以上、家庭裁判所は後見開始の審判を取り消さなければなりません(第10条)。

 このとき、本人の保護ということを考えれば、保佐開始の審判が頭に浮かびます。しかし、家庭裁判所は、職権で保佐を開始することはできません。誰かが申立人になって申立をしないと保佐は開始しないのです。

『理論的には,上述のような場合に,後見開始の審判の取消審判の申立てのみがあって,保佐開始の審判ないし補助開始の審判の申立てがない場合がありえ,かかる場合には,おそらく実務としては,当該の申立人ないしは他の申立権者を指導して,保佐ないし補助開始の審判の申立てをもなさしめることになるであろうが,これらの者があくまでもこの指導にしたがわない場合にも,後見開始の審判の取消審判は,法文上は,これをなさざるをえないかもしれない。しかし,それでは,当該本人が事理弁識能力が著しく不十分ないしは不十分であるにもかかわらず,保佐ないし補助の保護も受けられない状況になり,それは不当である。それゆえ,かかる場合には,後見開始の審判の取消審判の申立てを却下すると解すべきものとも思える。しかし,その結果は妥当ではないから,むしろ,申立てがないにもかかわらず,保佐開始の審判ないし補助開始の審判をなすと解すべきであろう。』

谷口 知平 (元大阪市立大学名誉教授)・石田 喜久夫 (元神戸大学名誉教授)/編集『新版注釈民法(1)総則(1) 通則・人 -- 1条~32条の2 改訂版【復刊版】』(有斐閣、2010年)345頁

  んー、私の頭では、最後の職権開始は無理筋としか思えません。

『もっとも、後見から保佐相当になった場合、単に後見を取り消しただけでは本人が保護のない状況に置かれる結果になるので、通常は裁判所から、同時に保佐開始の申立てもするように促される(それゆえ、申立人側としては、通常はいきなり保佐開始の申立てをし、第二の職権による後見の取消しのルートを選択することになろう。)。』

額田洋一著『成年後見実務マスター』(新日本法規出版、2023年)46頁

 でも、申立てが義務付けられるわけではないしなぁ。「促される」だしなぁ。
 ふむふむふーん、法律ってむずかしいなぁ。もっと勉強しなくては…。
 note執筆の原因が消滅したようです。

 (終)

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