5歳の私と35歳の父
私にとって最初の記憶は5歳の時。家には庭があってそこにが小さなプールが置かれていた。私はそのプールが大好きで、夏は弟と一緒にプール遊びをするのが大好きな行事だった。母は私と弟を見ながらスイカを食べている。母の着ているエプロンは、母が作った特製のエプロンで、赤い花が特徴的で私はそのエプロンを着ている母が一番好きだった。
この場面に、父はいない。仕事だ。お昼だし、そりゃそうだ。
5歳の私にとって、父の記憶はほとんどない。毎朝父が閉めるドアの音だけが私が記憶している父の存在感だ。会話はほとんどない。もしかしたら、夕食時には会話をしたかもしれないが、私の記憶する夕食では母が楽しそうに冷蔵庫の中身をチェックする後ろ姿が鮮明に思い出されるだけ。
その場面に、父はいない。そこには多分いたはずだ。それでも記憶にない。
弟ととても大きな喧嘩をした。しかもクリスマスイブ、しかも真夜中、クリスマスになる瞬間まで喧嘩をしていた。その時、父に言われた言葉を未だに忘れていない。存在感のない父なのに、ほとんど会話のない父なのに、夕食を一緒に食べたどうかもわからない父なのに。
『外に出ていけ。』
その言葉を言われたのは私ではなく、弟の方。私には何も言わなかった。弟だけを家の庭に連れて行った。そのまま鍵を閉めて、泣きじゃくる弟の声が微かに聞こえていた。私の泣いた。弟がかわいそうで、弟しか悪くないみたいに扱われて、私も外に出てもいい気持ちで。それでも父は私に何も言わなかった。気づいたら母に抱きしめられている弟が視界に入った。ホッとした。寒い夜だったから、クリスマスだったから、こんな悲しい思いしたくなかったから。とてもホッとした。
父は、二階の寝室に静かに上がっていた。
その時、5歳の私は、あまり意識していなかった父に意識を向けるようになった。
嫌いという気持ちでいっぱいになった。