柔らかい物質の物理をわかりやすく解説――近刊『入門 ソフトマター物理学』まえがき公開
2022年11月中旬発行予定の新刊書籍、『入門 ソフトマター物理学』のご紹介です。
同書の「まえがき」を、発行に先駆けて公開します。
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まえがき
ソフトマターは、コロイド粒子、高分子、ゲル、液晶分子、界面活性剤分子、生体膜、タンパク質などが作るさまざまな複合系で、バイオテクノロジー、化粧品、医薬品、食品、新素材など、われわれの日常生活に密接に関係する「柔らかい物質(ソフトマター)」です。私たちの身体もほとんどがソフトマターで作られています。ソフトマターに関する知識を得ることは、われわれの生活にもプラスになることでしょう。
本書の目的は、物理学だけでなく、物理学を専門としない化学や生物学を勉強している大学生・大学院生へ、ソフトマター物理学の基礎を紹介することです。できる限り本書だけで完結した内容になるように、式の導出も詳しく書いたので、独学も可能かと思います。全体を通して、ソフトマターにおける相転移と相分離を主要なテーマとしています。入門編を心がけて書きましたが、原著論文なども紹介しました。ぜひ、インターネットで検索してみてください。各章2、3問の簡単な演習問題を設定しました。理解を深めるために解答してください。相分離、高分子鎖、液晶の計算機シミュレーションについてのモデルも紹介します。付録には、本書を読み込むための基本的事項についてまとめてあります。一部は森北出版のウェブサイトに掲載されているので、こちらもご確認ください。
「ソフトマター物理って何をめざしてる学問ですか?」とよく聞かれます。ソフトマター物理学は、コロイド・高分子・液晶分子・界面活性剤分子などの個性豊かな物質の普遍的な物理現象を探究する学問です。単なる液体論や統計力学ではなく、分子の個性が本質的に重要になります。したがって、ソフトマター物理学は広く材料設計に直結した学問であり、さまざまな応用分野で重要になります。1991年にド・ジェンヌがソフトマター物理の分野でノーベル物理学賞を受賞し、その後ソフトマターという言葉が世間に認知され始めました。それ以前は、コロイド学、高分子学、液晶学などのように別々に議論されてきたように思います。ソフトマターとひとくくりにすることで、数々の共通点や異なる点が明らかになります。たとえば、100nm程度の分子サイズをもつコロイド粒子は、球状コロイドもあれば棒状コロイドもあります。球状と棒状で何が違い、何が同じなのか、詳しく議論するにはコロイドと液晶の知識が必要になります。分子サイズが大きく、分子の形が異方的であることはソフトマターの重要な特徴で、低分子にはない新たな分子間相互作用や液晶構造・相分離が現れます。このような個性豊かな個々のソフトマターの特徴をいかに物理学にするか、本書ではもっとも基本的な事項を解説します。200ページ程度で気軽に読めるようにということを念頭に置いているので、扱っていない重要なテーマも多数あります。ご容赦願います。
筆者が大学で最初にソフトマター物理学の一端に触れたのは、高分子物理学です。その後、研究室で行われていた液晶、コロイド、界面活性剤分子の会合系、タンパク質の結晶化などの実験的研究に触れ、ソフトマターに関するさまざまなことを深く知りたいと思いました。偏光顕微鏡の液晶テクスチャー画像の美しさや液晶の理論に魅了され、自分でも何か研究をしてみたいと思い始めたのが1990年ごろです。その後、所属した国内外の研究室において、数々のソフトマターの実験・理論的研究を間近に見ることができました。これらの経験は筆者にとって大きな財産となっています。現在まで、多くの師、研究仲間、書物からいろいろなことを学びました。その一端を、このような形で次世代の読者に伝えることができるのは筆者の喜びであり、本書が、読者にとってのソフトマター物理学の入門書となれば幸いです。
(以下略)
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相転移・相分離現象をおもなテーマとして、コロイド、高分子、ゲル、液晶、界面活性剤などのソフトマターに関する基礎的事項を丁寧に解説しています。
熱力学の基礎からスタートし、ソフトマターの代表的特徴である「ゆっくりした運動・柔らかさ・メゾスコピック構造」が生むさまざまな物理現象を解き明かします。
図を豊富に盛り込み、途中計算も詳しく示しているので、初学者におすすめです。
明快な文章で親しみやすく、実際に講義を受けているような感覚で読める、最初の1冊にふさわしい入門書です。