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【内容一部公開】初級ネットワークエンジニア、IoT関連技術・サービスに携わる方に格好の入門書――近刊『よくわかるIoTデータ転送技術』

2024年5月下旬発行予定の新刊書籍、『よくわかるIoTデータ転送技術』のご紹介です。
同書の一部を、発行に先駆けて公開します。



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まえがき

IoT(Internet of Things)は、情報通信技術の進展と併せて、近年急速にその重要性を増している概念です。IoTとは、文字どおり「モノのインターネット」という意味であり、日常生活における様々なデバイスや機器がインターネットに接続され、相互に通信することを指します。この技術の進化により、従来は情報通信の対象とはならなかったような「モノ」や「機器」が、データの発信源として、また受信端末として機能するようになりました。この背景には、センサ技術の進化や無線通信の普及、さらにはコストの低減などが挙げられます。センサは、環境の変化や物体の動きといった情報を電子的に検知し、そのデータをほかのデバイスやクラウドサービスに送信することが可能となっています。たとえば、家庭内の家電などがクラウドサーバと通信を行い、遠隔操作や自動的な設定変更が行われるようになるなど、私たちの生活をより便利にしてくれています。IoTの適用範囲は非常に広く、個人の日常生活の中だけでなく、産業界や公共分野においても多大な影響を及ぼしています。たとえば、工場における製造ラインでは、機械どうしが連携して動作し、生産効率や品質管理の向上が図られています。また、都市インフラの分野では、IoT技術を利用したスマートシティの構築が進められています。また、交通渋滞の緩和やエネルギーの最適な供給方法の確立など、様々な問題解決に役立てられています。

一方で、IoTの普及とともに、セキュリティに関する問題なども顕在化してきています。多くのデバイスがインターネットに接続されることで、これらのデバイスがサイバー攻撃の標的となりやすくなっています。とくに、適切なセキュリティ対策が施されていないデバイスは攻撃を受けやすく、また、攻撃の入口として、ほかのシステムやネットワークへの侵入経路となる危険性もあります。そのため、IoTシステムの設計・開発段階から、適切にセキュリティを確保することが求められます。加えて、IoTがもたらすデータの大量収集には、プライバシーの問題も伴います。日常生活における多くの行動や状況がデータとして記録・蓄積されるため、個人の情報が不適切に利用されるリスクが増加しています。このような背景から、データの取扱いや利用に関する法的な枠組みやガイドラインの整備が各国で進められています。今後、IoTはさらに進化し、その適用範囲は拡大していくと予想されます。技術の進歩とともに、新たなアプリケーション創出が期待される一方で、適切にシステムを設計・構築・運用する重要性が増していきます。

IoTでは一般的に、取得→転送→処理→利用というデータの流れが存在します。取得したデータを転送するというステップに着目した場合、利用可能な技術やプロトコルは非常に多く存在します。ただし、デバイスの種類や取得するデータの特性、利用される環境、アプリケーション側の要求などに応じて、適切な技術を用いる必要があるのです。本書では、IoTのデータ転送技術について、考慮すべき事項やプロトコルスタックを整理しながら解説し、IoTをシステムとして作る際の指針となることを目指します。IoT関連の書籍は多く出版されていますが、内容的には、ほとんどが広く浅い入門書か特定用途向けのマニュアルに近い書籍のどちらかです。すなわち、入門書の次のステップとなるような、汎用的な解説書は少ないようです。そこで本書では、広く浅い入門書の次のステップとして、IoTのデータ転送技術を体系的に解説していきます。

近年、機器どうしをつなぐコンピュータネットワークの発展は目覚ましいものがあります。ここで取り上げる「コンピュータ」とは、一般的には(電子)計算機とも称され、何らかの制御部、計算部(プロセッサ)、保存部(メモリ)、そして入出力部をもつ装置のことを示します。これには、データセンタに置かれる大型サーバや、PCとよばれるデスクトップやラップトップのような機器だけでなく、スマートフォンやタブレットなどの携帯情報端末や、スマートウォッチなどのウェアラブルデバイス、あるいはRaspberry Pi(ラズパイ)やArduinoといったマイクロコンピュータ(マイコン)も含まれます。さらに、IoTでは多様なセンサや家電、車両も「コンピュータ」としての特性をもち、通信が行われています。このように、現在では多岐にわたるデバイスが相互に接続されるようになっているのです。

コンピュータネットワークとは、このような(広義の)コンピュータを結ぶシステムのことです。これは、一つのコンピュータと別のコンピュータが、ケーブルや光ファイバ、電波によって物理的にリンクされることで形成されます。インターネットは、各地に展開されたコンピュータネットワークを連結した、広範囲にわたる分散型ネットワークで、その代表例として知られます。インターネットの始まり以来、相互に接続されるコンピュータの数は増加の一途をたどっており、現在では、孤立して機能する機器やシステムは少数派で、デバイス間の通信をベースとしたシステムが主流となっています。簡単にいうと、すべてのタスクをこなす万能のコンピュータは実在せず、多くのデバイスが協力し、必要な機能を提供しているのです。システムの高機能化、データの種類や量の劇的な増加、計算資源の制約や最適化など、様々な要因がこのトレンドを促進しています。この動向の中で、多くのコンピュータを結ぶネットワークの技術は、現代のコンピュータシステムの基盤となる技術といえるでしょう。

コンピュータ群が連動して動作するコンセプトとして、IoTの中にはInternet of Everything(IoE)のような派生的な言葉が存在します。また現代では当たり前になっているクラウドコンピューティングや、「スマート××」という形式で名づけられるスマートホームやスマートシティなどの言葉が、多数見受けられます。「ユビキタスコンピューティング」という、現在では使用頻度の低い言葉も、元来はコンピュータが至るところにある状況を示す用語であり、いまやこれが日常の光景となっているともいえます。ほかにも、ブロックチェーンを土台にもつWeb3のように、次々と新しい(バズ)ワードやトレンドが出現していますが、これらのベースにはコンピュータ間のネットワーキングがあります。実際、実装方法や利用シーン、具体的なサービスや事業的なアプローチが多岐にわたって提案されるものの、コンピュータネットワークが核心技術として位置づけられていることは共通しています。進展が顕著なAI技術など、純粋にデジタルであると考えられる技術でも、利用者とのインタラクションをとるための具体的なデバイスが存在し、その裏側のシステムには多くのコンピュータが稼働しています。現実の世界から収集される膨大なビッグデータを取り扱い、深層学習などのデータ解析を行い、その解析結果に基づいてフィードバックを返すための基礎となるのが、このネットワーク技術です。とくに、迅速な反応を求められるサービスにおいては、ネットワークとしての設計や実装が不可欠です。

では、そのために必要なネットワーク技術の理解とは、どのようなものでしょうか。大まかには、コンピュータが相互に接続されることによって形成されるものをコンピュータネットワークと称し、これが多くのコンピュータで構築された広大なネットワークはインターネットとよばれる、という程度で十分ですが、その具体的な実態を理解することは、じつは少々難易度が高いと感じられることもあります。この難しさの原因の一部は、ネットワークが基本的には目に見えないものである、という性質をもっていることです。小規模なローカルネットワークであればまだしも、とくにインターネットのような巨大なネットワークには数多くのデバイスが参加しており、結果として全体の理解が難しい、あるいはほぼ不可能といっても過言ではありません。さらに、通信手段として有線や無線の選択肢があり、また無線の中でもLTEやWi-Fi、Bluetoothなどといった多岐にわたる通信規格が存在しています。そして、ネットワークの機能を実現するためのTCP/IPなどのプロトコルも種々存在し、似ているが異なるプロトコルが多く存在することが、その複雑性を増しているといえます。本書はそのような観点から、ネットワークの外見的な要素は省き、プロトコルに絞ってネットワーク技術を解説することにしました。

IoTが当たり前のものとなってきている昨今、コンピュータネットワークは生活を支えるインフラとなっています。今後もシステムの設計や実装、利用の際には、ネットワーク技術とのかかわりを無視することはできません。システムのパフォーマンスや安定性、コストなど様々な要件を満足するためには、様々な通信規格やプロトコルの違いを把握し、その特性を考慮する必要があります。しかしながら、ネットワーク技術そのものも急速に進展しており、新たな規格がどんどん登場してきます。近年でも5G、HTTP/3、QUIC、Wi-Fi HaLowなど、枚挙に暇がありません。そうした新たな規格について、標準のドキュメントなどは公開されていることも多いですが、それらを読解するのは大変な作業です。また先述のとおり、学習に適した資料も限られているのが実情です。この分野は初心者にとってはハードルが高いものの、最近では日本の技術力の低下という課題も浮上しています。こうした現象の背後には多くの原因が推測されるものの、未来の技術を担う人材の養成が重要であることは明らかです。この書籍が、新たな時代の研究者や技術者の参考資料として役立てられることを心より願っています。


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 東京農工大学 中山 悠(著)

いまこそ必要なネットワーク技術の知識が身につく!

多様なデバイス、多岐にわたる通信規格、様々なサービスの要求など、IoTが当たり前のものとなりつつある現在、ネットワークは複雑化する一方に見えます。

本書は、プロトコルを中心にしてデータ転送という本質的な仕組みに焦点を絞ることで、IoTのネットワーク技術を関連する基礎知識とともに平易に解説。

近年注目が高まっているQUIC、MQTT、CoAPなどの代表的なプロトコルとそれらの選定指針も紹介しています。

【目次】
第1章 IoTとネットワーク技術

 1.1 IoTの基礎知識
 1.2 ネットワークの基礎知識
 第1章のまとめ 

第2章 IoT階層モデル
 2.1 階層モデルの意義
 2.2 代表的な階層モデル
 2.3 ITU-TY.2060モデル
 2.4 IoTエコシステムとビジネスモデル
 第2章のまとめ

第3章 IoTの多様性とデータ転送
 3.1 IoTにおけるデータ転送
 3.2 IoTの多様性
 3.3 データ転送とクオリティ
 3.4 データ転送とコスト
 3.5 データ転送とデリバリ
 第3章のまとめ

第4章 プロトコルスタック
 4.1 プロトコル
 4.2 OSI参照モデル
 4.3 TCP/IP階層モデル
 4.4 カプセル化とパケット転送手順
 第4章のまとめ

第5章 IoT向けのプロトコル
 5.1 IoTとプロトコルスタック
 5.2 HTTP/3
 5.3 MQTT
 5.4 CoAP
 5.5 その他のプロトコル
 5.6 プロトコルの選定指針
 第5章のまとめ

第6章 IoT向けの無線通信技術
 6.1 IoTと無線通信
 6.2 セルラ
 6.3 LPWA
 6.4 短距離無線通信
 6.5 無線通信規格の選定指針
 第6章のまとめ

第7章 今後の展開
 7.1 ネットワーク技術の捉え方
 7.2 近年の動向と方向性
 7.3 ネットワーク技術にかかわる人に向けて

参考文献
索引

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