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【小惑星の衝突、テロ攻撃、パンデミック…】想定外のリスクをいかに理解し、備えるべきか――近刊『超巨大リスクの定量的評価』序文・訳者序文公開

2021年。コロナウイルスのまん延や大雨による土砂災害など、それらが実際に起こるまで十分に想定されてこなかった事象によって、人々の命や社会は多大な被害を受けています。

これら「想定外」のリスクに対し、われわれはどのように向き合えばよいのでしょうか。企業や行政は、どれだけの予算と人を割いて、対策を講じるべきなのでしょうか。

2021年10月上旬発行予定の新刊書籍、『超巨大リスクの定量的評価』では、定量的リスク評価の第一人者である著者が、その対処法を提唱しています。
同書の「序文」「訳者序文」を、発行に先駆けて公開します。

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序文

本書は社会リスクと環境リスクに関するものである。それらのリスクが発生する確からしさをどのように定量化するかについて論じる。数千人から数百万人規模で人命が失われる、あるいは、大規模な環境被害をもたらしうるようなリスクを、より深く理解することについて、本書は述べている。そのようなリスクの影響をいかに緩和したり低減したりすればよいのか、そのためによい意思決定をするにはどのような知識が必要か、それをどのような方法で獲得するかが、本書の主題である。

私たちの社会が直面している、環境や安全、そしてセキュリティに関するリスクに対する意識は、過去の数十年間で向上してきた。とくに、滅多に発生しないがいったん発生すれば、地域あるいはときによっては全地球にカタストロフィックな結果・影響をもたらしうるたぐいのリスクに対する、気づきの意識が高まった。

稀有でカタストロフィックな事象のリスクを定量化しないときに、しばしば使われる言い訳は、評価するための知識が不十分(lack of knowledge)であるとか、データがほとんどない(too little data)とか、そういったものである。データがほとんどないという主張に対して、最新の根拠(エビデンス、evidence)に基づいて確率論的思考を行う術が進歩しているのだと、本書では抗弁する。もちろん、将来に起こるかもしれない事象について、それがいつ、どこで発生するのか、結果・影響はどのようであろうかといったことについて確信をもてるほどにデータが十分に存在している状況はほとんどありえない。しかし、確信をもっていなくても、よい意思決定を行う可能性を大きく向上させることはできるし、ほとんどの場合、実際にそれは可能である。ある具体的な特定の場所で、特定の時間に、ある事象が実際に発生することを予測することは不可能であるといえよう。しかし、それでもその発生頻度を不確かさとともに計算することは、明らかに可能である。こうして、いつ発生するのか?という質問に対しても重要な知見を与えることができる。たとえ情報が限られていても、ここで必要なことは情報をうまく処理するプロセスなのである。そのプロセスとは、ある特定の場所で発生するあるカタストロフィックな事象について、情報から推論される知見を最大化することである。確率論的リスク評価(PRA)として知られている定量的リスク評価(QRA)は、まさにそれを行うために開発された方法である。

さて、QRAを行う動機はなんであろうか。ほとんど知識がないにもかかわらず、公共の福祉にとっておおいに関心のある稀有な事象の発生頻度を求めようとした、過去の不適切なリスク解析方法に、QRAを行う動機は根ざしている。QRAがうまくいくためには、以下に述べることをより広範に活用しなければならない:
(1)特定の事象についての知識がきわめて限定されていても、そこから推論される知見を最大化するという分析の考え方
(2)私たちが知識を実際にもっており、そして強い関心をもつ、潜在的にカタストロフィックな事象の論理モデル

上記の(1)の分析の考え方を活用するとは、「不確かさ」が答えの本質的な部分であるような科学的方法を手中にすることである。(2)の事象の論理モデルを活用するとは、直接的な経験がほとんどないか、あるいはまったくないシナリオの推移と事象を表現する論理モデルを構築することである。

このような概念を説明し、QRAの理論的な構成要素の説明以上の内容を示すために、本書では、四つのカタストロフィックとなりうる事象の事例研究を含んでいる。事例研究の二つはカタストロフィックな公衆の死亡リスクを扱う。その他の2例は、カタストロフィックな事象の前触れとなる事象の発生までを扱っている。これらの事例研究は、リスク評価、コンピュータ科学、地球科学の分野の著名な専門家の貢献によって進められたものである。Robert F. Christieはハリケーンと小惑星、John W. StetkarとMax Kilgerはアメリカの電力網へのテロ攻撃、George M. Hornbergerは急激な気候変動のリスク評価に、それぞれ貢献してくれた。

QRAの新しい科学を構成するアイデアを具体的な事例に適用した結果、大きな成功を収めた。この新しい思考方法から多大なる恩恵を受けた産業、サービス、学問分野は、原子力、宇宙、防衛、化学、衛生、輸送の各分野である。しかし、社会全体にとってもっと大きな便益をもたらすことも可能である。本書の目的は、以下の2点が必要であるというさらなるエビデンスを示すことである。それは、私たちが直面している地域的あるいは全地球的なリスクに関する、より良質な情報を社会のリーダーに提供すること、そして、数百万もの生命を救い、さらには社会全体を救済するかもしれない正しい意思決定を行う尤度を、大きく高められる分析方法が存在すると明確に示すことである。

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訳者序文

2012年11月の3日間、東京、“Lessons Learned from the Fukushima Nuclear Accident for Improving Safety and Security of U.S. Nuclear Plants”という招待者参加の会合にて、Garrick博士とリスク評価についてお話をさせていただいた。それは、福島第一原子力発電所の事故の翌年に日本で開催された、全米科学アカデミーが主催した委員会であった。米国は、福島第一原子力発電所事故の教訓を汲み取り、米国の原子力発電所の安全とセキュリティを高めることに真摯に取り組んでいた。日本からは、多数の分野の専門家が出席し集中的な議論が交わされた。優先度が高く日本が取り組むべき重要なリスクに対する向き合い方が当を得ていないこと、労多くして効少ないことを、思い知らされた。

1979年3月に発生したスリーマイル島原子力発電所の事故に悩み抜いた米国の原子力界はどのようにリスク評価に取り組んだのか、なぜそれが安全の向上につながったのか。リスクを活用することは理に適う意思決定に結びつき、米国は安全性と経済性を両立したという。本書の付録Aで述べるインディアンポイント原子力発電所とザイオン原子力発電所は、米国の産業界が主体的に実施した、米国の原子力安全の歴史のエポックメイキングなリスク評価である。日本もいまこそ、もうひとつのエポックメイキングなリスク評価を行うべきである。

Garrick博士との対話の10か月後、2013年の9月、米国はホノルルで開催されたリスク評価に関する国際会議にて、博士から日本のリスク評価の推進に貢献したいという氏の計画をお話いただいた。すでに80歳を過ぎている博士の、定量的リスク評価(QRA)に対するほとばしるような熱意を感じた。その後、2014年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に、Garrick博士の名前を冠したThe B. John Garrick Institute for the Risk Sciencesが設立された。訳者も数度、同研究所を訪問し、お会いする機会を得る。2014年に博士が来日されたとき、原著にメッセージと署名を記して献本いただいた。カタストロフィック・リスクは評価できる、対処できる、そういうメッセージである。当時、大阪大学に奉職していた訳者は、環境・エネルギー工学専攻の大学院講義のテキストとして本書を利用していたので、感謝するとともに勇気づけられた。その後、何度かお会いするうちに本書の日本語版を作りたいと考えるようになった。

本書をご覧になれば、Garrick博士の慧眼に本当に驚かされるだろう。まず、ハリケーン・リスクの評価である。ニューオリンズの地形、人口分布、観光客、住民の貧富の状態、避難誘導、台風情報の収集、避難経験、洪水の復旧など、あらゆる要因を考慮してリスク評価を行い、地方政府が取るべき対策を的確に言い当てている。

リスク評価は、手に入りうるすべての情報を使い、評価対象に固有であることが大切で、それが実行可能で効果的な対策につながる。これこそがGarrick博士の主張である。本書に何度も登場する“エビデンス”という言葉には、そのような含意がある。このリスク評価は2005年7月に完了するが、その1か月後の8月末、ニューオリンズをハリケーン・カトリーナが襲来する。カトリーナは、死者数1,856人、ニューオリンズ市の8割が水没するという被害をもたらした。このシナリオの発生頻度は50年に1回、死者数は1,100人から1,500人の不確かさ幅と評価している。このハリケーンリスク評価がもう1年早く完成し、それを活用したリスク管理に取り組んでいれば、これだけの甚大な被害にはならなかったであろう。まさにQRAの真骨頂である。

本稿を執筆しているとき(2021年5月7日)、ハッカー集団ダークサイドが米国の石油の送油会社コロニアル・パイプラインをランサムウェア(システムを乗っ取り、身代金を要求するタイプのウイルス)を使用してサイバー攻撃し、同社はすべてのパイプラインの操業を停止したとのニュースが流れた。1日250万バレルの燃料をテキサス州からニューヨークまで運ぶパイプラインを運営する会社であり、東海岸で消費される燃料の45%の供給が途絶えたことになる。影響が長期化すれば大きなダメージにつながるであろう。これは、第5章の電力ネットワークへのサイバー攻撃を彷彿させる。いまや、テロ攻撃へのリスク評価は必須であると思えるが、私たちに備えはあるのだろうか。このリスク評価は全米工学アカデミーにより実施されたが、日本もテロ攻撃のリスク評価を行う必要があるのではないか。

さて、小惑星衝突のリスク評価はどうだろう。2013年にロシアのチェリャビンスク州に落下した隕石は、火の玉が出現したと報道され、私たちの記憶に新しい。直径17~25 mの小惑星が上空15~50 kmで空中爆発し、複数の破片に分裂した。死者こそ出なかったものの、1,491人が負傷し、4,474棟の建築物で被害が出た。もしも空中で分裂しなければ、直径100m程度のクレーターが地上に形成され、その周囲は壊滅状態になったであろうとの指摘もある。小惑星の直径について、大気圏通過限界は50~100m、もっとも被害が大きくなるのは100~200m、津波を発生させる脅威が最大となるのは200~500mとのことである。もちろん、約6,500万年前のK-T大量絶滅(再来期間が5千万年から1億年)は、もし発生すれば人類の存亡を脅かす。1908年のツングスカの大爆発(再来期間は数百年から数千年)も、地域によっては深刻な脅威である。さらに、小惑星衝突には副次的な作用がある。巨大なクレーターを形成するだけでなく、上空に岩塊を噴出させ、それが大気圏に再突入するときに燃え尽きて大気圏は灼熱状態となる。その後、何か月も衝突の冬が続く。そして数世紀に及ぶ地球温暖化をもたらす。小惑星を探索し地球に衝突する可能性を見いだして、その進路を変更させるスペースガード計画が進められている。こうしてシナリオを提示されると、合理的な対処策をとるのか、放置してよいのか、考えるきっかけになる。小惑星衝突は決して無視できるようなリスクではない。

第6章の地球温暖化では、ただ地球の温度が上昇することを論じているのではない。地球スケールで海洋の熱塩循環が停止することにより地球全体の気象が極端化することを指摘している。本書は、ボックスモデルという、簡単でありながら、透明性と説明性の高いモデルを用いて明快にリスクを評価する。熱塩循環は、流れが大循環している状態と、それが停止した状態のいずれも安定である。いったん停止に向かうとそこからの回復は容易ではない。地球規模での種の絶滅につながるものであり、居住可能域が制限される。温暖化によって、大気で、海洋で、陸地で何が起きるのかを分析する必要性を本書は指摘している。原著の発行当時(2010年)は、各国が疑心暗鬼で温暖化問題に取り組んでいた。いまや、世界の主要国はすべて、2050年までのカーボンニュートラルを宣言している。経済や産業、持続的な発展と環境の保全を両立させる対策をとるためには、地球温暖化リスクを理解する必要性がある。

Garrick博士の見識はこれら事例研究で終わらない。第7章は訳者のお気に入りであり、読者の皆様にとくに読んでいただきたい部分である。15のカタストロフィック・リスク要因をリストアップし、それぞれのシナリオを描述している。本書にはリスク・トリプレットという言葉が何度も現れる。その一つがシナリオを描くことである。15のリスクリストには、巨大津波、大地震、感染症パンデミック、人口爆発や水資源などが含まれ、東日本大震災やコロナ禍を予見しているようである。もしも、感染症パンデミックのリスク評価とリスク制御ができていれば、COVID-19にもより賢明な対処ができたであろう。

リスクは評価するだけでは意味がない。そこから得られる知見を活用してこそである。役に立つリスク評価とはどのようなものであろうか。そこには、リスク管理者の意思と適切なリスク情報が必要である。ニューオリンズを舞台にそれを試みたのが最終章、8章である。ニューオリンズはハリケーンが頻来する。また、大都市で人口密度が高く、エネルギーも多く必要とし、典型的な人種のるつぼで富と貧困が共存する。街は容易に洪水に見舞われ、交通のインフラも頑健とは言い難い。原子力発電所も近郊にある。的確な意思決定を行うには、リスク・アット・ア・グランス(リスクの一覧表)が必要である。日本において、このような試みが一日も早くなされることを望みたい。

Garrick博士は語る。確率とは私たちの知識の現在のありようを表すものである。エビデンス全体を用いて仮説の確信度を表すことが重要だ。本当の問題はランダムさではなく、情報の不完全さに起因して発生する。リスク評価とは、「どのような悪いことが起こるだろうか」に英知を絞ることである。本書からもわかるように、QRAはあらゆる問題に適用できる。本書の6ステップのアプローチを適用できない問題はない。私たちの知識の状態に応じたリスク評価とリスク管理が可能である。私たちの知識は完全にはなり得ない。知識の現状を知る方法がリスク評価であるとすれば、カタストロフィックなリスクから社会を、人々を守るために、QRAを使わないという選択肢はない。

Garrick氏は、本書を翻訳する間、コロナ禍の中でメールのやりとりをさせていただいた。悲しくも、出版を前に2020年11月、90歳にて逝去された。本書の完成をお伝えできなかったことに悔いが残る。合掌。


原著:B. John Garrick  訳:山口彰(東京大)


【地域や社会が壊滅する規模のリスクへの対処法を、定量的リスク評価の第一人者が提唱する】

小惑星の衝突、テロ攻撃、パンデミック――。ごく稀にしか起こらないが、ひとたび起これば地域や社会を壊滅させる、破局的な事象の数々。
それら『カタストロフィックリスク』に備えるための枠組みである、6つのステップからなるプロセスを解説する。このプロセスに沿って考えていくことで、限られたデータをもとに論理モデルを構築して、リスクを定量的に分析・評価することができるようになる。

「巨大ハリケーンの襲来」「小惑星の衝突」「電力網へのテロ攻撃」「急激な気候変動」という4つの事例を通して、どのようなデータを利用すればよいかや、1つ1つのステップで何をどう考えたらよいかなど、分析プロセスの詳細が理解できる。またそれ以外にも、核戦争や超巨大火山などのさまざまなリスクも扱っている。

[原題]Quantifying and Controlling Catastrophic Risks


【目次】
第1章 社会リスクを理解し行動する
第2章 定量的リスク評価の基礎をなす方法論
第3章 事例研究1:カタストロフィックなハリケーンのリスク
第4章 事例研究2:小惑星が衝突するリスク
第5章 事例研究3:電力網へのテロ攻撃
第6章 事例研究4:急激な気候変動
第7章 カタストロフィックな結果・影響をもたらしうるリスク事例
第8章 カタストロフィック・リスクの合理的な管理
付録A 定量的リスク評価の歴史といくつかの事例
付録B ハリケーン・リスクの事例研究を裏付けるエビデンス
付録C 小惑星リスクの事例研究を裏付けるエビデンス

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著者について

B. John Garrick(B.ジョン・ガリック)博士、PhD、PEは、リスク科学の研究開発と応用分野、とくに定量的リスク評価(QRA)のパイオニアであり第一人者である。Garrick博士は、国際的な応用科学・工学コンサルティング会社であるPLG Inc.の理事長とCEOを退職したのち、ホワイトハウスの指名により、アメリカの原子力の放射性廃棄物レビュー委員会の委員長に奉職した。アメリカ議会においては、原子力安全に関して専門家として証言者となり、またバンダービルト大学の非常勤講師も務めた。博士は三つの学協会のフェローでもあり、国際学会であるリスク解析学会会長の要職を歴任し、同学会の最も権威ある賞である功績賞を受賞した。さらに、1993年には全米工学アカデミーの会員に選出された。

※博士は2020年にご逝去されました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。


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